第七話 物資調達
第七話 物資調達
鈴花が起きたのは午後だった。太陽の光によって部屋の温度が上昇したためだ。暑さに起こされたためかまだ周りがぼやけて見える。再度眠りたいがこの暑さでは難しいので仕方なく起きた。部屋の中を見ればエアコンらしきものも見えるが、使えるかどうか分からないためやめておいた。
鈴花は階段を下りてリビングに入った。カーテンは開けられ、部屋の中に光が入ってきている。しかし、この部屋は何故か涼しい。まさかと思ってハルに聞いてみる。すると案の定エアコンが稼動中のようだ。ハルも暑いのは苦手なのだろうか。これならば自分が眠っていた部屋もお願いすれば良かったと思う。少し汗ばんだ体が冷たい風によって一気に冷やされていく。科学の力は恐ろしいものである。このような冷たい空気や暖かい空気を部屋の中に送ることが出来るのだから。
鈴花はソファに座り、すぐに冷蔵庫に向かう。こんなときは何か飲み物が必要である。確か冷蔵庫の中に麦茶があったはずだ。昨日の食事時に飲んだのだから。
鈴花は冷蔵庫の扉を勢い良く開けた。しかし、中には麦茶なんて入っていない。それどころか食材も残り少ない。
「ねえ、麦茶無いの。」
鈴花はリビングに居るハルに聞く。返答は「無い。」とのことだ。新しく作っていないらしい。何か飲みたい。何か飲み物を。
「のど乾いたわ。どうにかならない。」
鈴花はダイニングからリビングに居るハルに聞く。必要なものがあったら聞けと言ったのはハルである。だったら聞こうではないか。
「蛇口をひねってみな。」
鈴花はハルの言うとおりに台所の蛇口をひねってみると水が出てきた。生ぬるくなく適度に冷たい。彼女はコップに水を汲んで飲んだ。体に水がしみこんでいく。もう一度水を汲むとリビングのテーブルに置いて、ソファに座った。
「水はどうにかなるが、食べ物が無いんだよな。それに……。」
ハルはそこで、鈴花の服を見る。今はまだパジャマのままである。鈴花は彼の視線を感じて逃れようとする。彼は腕を組んで一点を見つめた。ゆっくり一呼吸したのち、彼は彼女を見た。
「着る服も無いしな。買い物に行くか。必要なものを揃えよう。」
ハルの言葉を一瞬理解できなかった。今この世界には鈴花たちしかいないのだ。なのに買い物なんて出来るのだろうか。それとも、品物がそのままスーパー等に残ったままなのだろうか。彼女自身よくわからない状態である。
ハルは夕方になったら出かけようと言った。それまで、彼女はこの涼しい部屋でテレビを見ることにした。映し出されるのは数学の式では無く昔話の世界である。本のように自動的にページがめくれ、文字と音とアニメーションが画面に表示されていく。見ることの出来る作品は、一話完結ものから複数話に分かれた長編まで様々である。鈴花はそれらを見ながら外が涼しくなるのを待った。
午後の日差しが弱まった頃。ハルの声で鈴花は買い物に行くための準備を始めた。
「他に誰も居ないんだからそのままでも良いんだぞ。」
ハルの声を背後に、鈴花はパジャマのまま二階の彼女が眠った部屋へと向かう。そこで、タンスの中やクローゼットの中を見た。良さそうな服を出して着てみるが大きくて似合わない。なんとか体に合うサイズの物を探してみる。見つかったものの、自分の好きになれない服だった。しかし、他に選択肢はないため仕方なく着ることにした。パジャマに入ったチョークを取り出して服のポケットに入れる。その服のまま階段を下りてリビングへと入った。
ハルは鈴花の服にコメントしようが無いようで何度も見るが何も言わない。
「さてと、行くか。」
鈴花たちは玄関から外へ出た。太陽の光が弱まったためかあまり暑くない。
「建物が同じだとしたら。駅前に行けばすべて揃うわ。」
鈴花たちは駅前へ向かって歩き出す。歩いていると所々地面が変形していることに気がつく。何か重いものがこの道の上を通ったのだろうか。彼女たちは変形している地面を避けながら歩いた。
鈴花たちは住宅街をぬけてさらに歩く。駅前の大通りに入った途端、彼女の背筋に何かが走った。普段は車も人もひっきりなしに通る大通り。しかし、今は彼女たち以外動くものは見えない。それにどの店も閉まっているように見える。「世界の終わり」という言葉が見事に当てはまってしまう光景である。彼女はしきりに周りを見ながら大通りを歩いた。
「びくびくすんな。俺たち以外誰も居ないって言っただろ。」
鈴花はハルの言葉を聞くも、それでもやはり周りを見る。駅が見える位置まで来ると目の前に大きな建物が見えた。巨大な専門店だ。ここに入れば衣料品や雑貨が一通り揃う。それに地下一階には食品売り場もある。しかし、今は他の店と同様に閉店しているかのような状態だろう。誰も居ない店内は気分の良いものでは無い。それに品物を勝手に持っていくのも良くないように感じた。
「この大きなお店よ。ここで全部揃える。」
専門店の入り口に着くと、案の定明かりは無く寂しい状態であった。まるで閉店したあとのようだ。鈴花は太陽を見る。まだ明るく辺りを照らしているが、彼女がこの店から出てくる頃も辺りを照らしているのだろうか。
鈴花は入り口のドアを開ける。そして、ハルとともに中に入った。入った途端、中にある照明が手前から順に点されていく。彼女は驚くがすぐに黒い本がしたのだと理解した。それ以上は気にせず歩き出すと、目の前に複数の半透明の白い物体が現れ始めた。それは人の形をしていて、次第に白から違う色に変化していく。
「ど、どういうこと。」
鈴花はゆっくりと後退する。色が実際の人の色に到達すると、その物体は人として動き出した。彼女はすぐにハルを見た。彼は驚きもせず彼女と動き出した人を交互に見ている。まさか、これも黒い本が見せているのだろうか。彼女は再度現れた人たちを見た。ある人は店の従業員。またある人は店の客。まるでここだけ人の居る世界であるように思えてしまう。
「さてと、さっさと買い物するぞ。」
ハルは店の奥へ向かって移動を始めた。鈴花もその後を追って歩き出す。彼は器用に人と人の間をすり抜けながら進んでいく。まるで、人とぶつからない最適なルートを知っているかのようである。
「ハルちょっと待ってよ。」
鈴花はハルに追いつこうとして正面から歩いてきた女の人にぶつかってしまう。彼女はすぐに謝る。すると、相手も謝ってどこかへ歩いていった。見せているものといえども相手は形あるものである。彼女はすぐにハルを追いかける。彼女はその途中でよく服を買う店を見つけた。
「ハル。こっち来て。」
鈴花の声にハルはすぐに戻ってくる。ハルが何処まで行っても、物を買いたいのは彼女のほうである。
「悪いな。こんなところ初めてだから気になってね。」
鈴花は一度ハルを見ると目の前の店へと入った。中には店員と数人の客。どれも黒い本が見せているのだろう。彼女は早速良さそうな服を選ぶ。ハルを見れば彼女の後ろで黙って見守っている。そういえば、ハルは男か女かと言えば男なのだろうか。
鈴花は気に入った服を見つけては試着してハルに見せていく。数回の試着後、ハルのやる気の無い視線が彼女に向けられる。正直彼にとってはどれでも良いのだろう。
鈴花は最終的に決めた服を着て試着室を出てきた。それは上が橙色と黄色が混じったTシャツ、下はデニムのショートパンツ。パンツにした理由は動きやすさを重視した結果である。彼女は他に色違いのプリーツスカート二着とTシャツ三枚を持ってハルの前に立つ。
「おまたせ。」
鈴花はハルの前で軽くポーズを取ってみる。その姿を見たハルは呆れ顔で何度か頷く。彼女は店員に、今着ているものはこのまま着て帰ると伝える。すると、服から値札類を取り外し、着てきた服を袋に入れてくれた。二人は会計を済ませるためにレジに向かう。しかし、ここで問題がある。そもそも彼女はお金を持っていない。それでは誰が出すというのだろうか。
「これでお願いします。」
店員が会計を伝えるとハルがお金を出す。鈴花はすぐにそのお金を見て本物かどうか確認する。紙幣にはしっかり透かしが入っていて、どのように見ても本物である。彼は感嘆する彼女の手からお金を取り上げると店員に渡した。金額ちょうどで支払い、レシートと袋に包んだ商品をもらう。そして、二人は店を出て歩きだした。
「なんで、どうやってお金を出したの。」
鈴花はハルに聞く。彼女にとってハルがお金を出すこと自体が不思議でならない。何故お金を持っている。何故それがここで使える。いや、お金までも黒い本が見せているものなのかもしれない。
鈴花は次に別のお店で下着類を選んだ。やはりまわりがあっても中身が無ければ意味が無い。選んだ下着類をレジに持っていく。今回もハルがお金を出した。選んだ下着を彼に見られるのは恥ずかしいが、この際仕方が無い事とした。彼女は新たな袋を持って店を出た。対象が服のためか、体積が大きい割に重さはほとんど無い。そのため、複数持っていても気にならなかった。
鈴花たちは次に地下へと降りて食品の調達を開始する。カートにかごを置いて押していく。ここでも周りには主婦や子供が沢山居た。彼女は保存の出来るものを中心にかごに入れていく。少なめに購入して、またあとで買いに来るなど面倒である。彼女が新たな品物を入れたとき、彼女の手の上に沢山のお菓子が投下された。彼女はびっくりして手をひっこめる。見れば、ハルがお菓子を持ってきたようだ。
「菓子類は賞味期限が長めだからな。それに甘いものは必要だ。」
鈴花はハルが持ってきたお菓子を見るとスナック菓子やクッキー類があった。小腹が空いたときに食べるのには良さそうである。しかし、その中に乾パンが無い。非常食ならこれは欠かせない。彼女は菓子類のコーナーに向かう。そして、缶入りの乾パンをかごに入れていった。
鈴花は改めてかごを見てみた。今や二つのかごがほぼ満杯となっている。缶類、麺類、菓子類といったところである。
「そうだ。飲み物。」
鈴花はカートを押してペットボトルが置かれているコーナーへ向かう。食品が重いためか、カートを押すために力を使う。ハルが先に向かい、適当な清涼飲料水を箱ごと持ってきた。彼女はそれを確認すると、そのままレジに向かう。ここでもハルが取り出すお金を用いて支払いを済ませた。ふと彼女は気になった。ハルが使えるお金はいくらぐらいなのだろうか。
鈴花はかごに入った品物をビニール袋に入れていく。缶類がぶつかって金属音を響かせる。品物を全部袋に入れると手に持とうとした。しかし、持ち上がらない。缶類ばかりが袋に入っているためか、彼女の筋力では持ち上がらないようだ。
「しゃあねえな。」
ハルはそれだけ言うと、食品の袋を軽々と持ち上げる。次の瞬間には彼の手にある袋はどこかへ消えてしまった。
「黒い本と一緒に保管しといてやる。ほら、それもだ。」
ハルは鈴花が持っている服が入った袋も一緒に消してしまった。彼の話では黒い本と同様に必要なときは出してくれるらしい。全く、ハルの体は何で出来ているのだろうか。興味深いところである。
鈴花たちは手ぶらで食品売り場を後にする。そして、階段を上って店の外へ出た。
鈴花は歩き出したが、ハルがついてこないことに気がつき振り返る。彼はじっと空を見ている。彼女はハルに横に立ち、彼の見る方向を見る。しかし、何も見えない。
「来るぞ。」
ハルは黒い本を取り出し、鈴花に渡す。彼女はすぐに本を開いた。自動的にページがめくれ、何も書かれていないページに絵が現れ始める。絵が完全に表示されると、横に文字列が表示された。絵はヒトデのような星型の姿をしている。ネビュラとは違い、まるで空飛ぶ円盤のようだ。円形では無く星型である点が違うが。
鈴花は空を見る。ビルの陰から、絵と同じ物体が現れ始める。
「Tanithだ。」
タニスと呼ばれた星型の物体、その下部の一点が光り始めた。
鈴花は何かと思い、よく見ようとする。すると、ハルは彼女の腕を引っ張る。彼女はその力でバランスを崩し、そのまま地面に倒れた。その直後、彼女が居た場所に光の線が走る。光の線が走った場所はまるで大きな電動カッターで切ったかのように綺麗に線が入っていた。彼女は目を見開き、タニスを見る。
「私を真っ二つに切ろうっていうの。」
鈴花は立ち上がり、タニスを見る。その下部が再び光り始めていた。