第六話 敵対策
第六話 敵対策
鈴花たちは家の中に入る。それとともに家の中に明かりが灯る。彼女は黒い本が明かりを点けたのだと思った。家の中には朝に見た物は一つも無い。リビングやダイニングを見ると食べ物が見つかり、誰かが住んでいたことがわかる。ここに住んでいた人も、やはり何処かへ消えてしまったのだろうか。彼女の家であるのに彼女の家では無い。そんな新しい感覚をもたらすこの家の中を彼女は歩き回った。各部屋を回りどのような使われ方をしているのか調べる。家の中のすべての明かりが点いているわけでは無い。そのため彼女は黒い本を持ったままハルと一緒に回った。
住人がそれぞれ使用していた部屋は三つ。本が沢山ある部屋。両親が使っていたらしい部屋。そして、子供が使っていたらしい部屋である。子供が使っていたらしい部屋は彼女が元の世界で使用していた。
鈴花は子供が使っていたらしい部屋へ入った。部屋中に良くわからないポスターが貼られている。この部屋の主が好きなアイドルだろうか。彼女は机の上を見る。すると、写真があった。家族の写真である。両親とその間に居る彼女、そう彼女。
鈴花は目を見開き、写真から素早く顔を離す。ハルは何かあったのかと聞く。彼女はゆっくりとハルを見る。そして、震える手で写真を指差した。
「ねえ、なんで。なんで私が、この写真の中に居るの。ねえ、なんで。」
二人の間に写っている少女は確かに鈴花であった。今の彼女よりも大人びて見える。よく見れば隣に居るのは彼女の母親である。反対側に居る男は見たことが無い。この男は一体誰なのだろうか。写真から父親だと考えられる。写真の日付を見れば彼女が過ごしたことの無い未来がしるされていた。
ハルは写真に近づき、彼女と交互に見る。
「どういう事なの。これって、私じゃない。」
写真を見れば見るほど彼女の頭の中がかき混ぜられる感覚を味わう。彼女は机に両手を付いてしゃがみこんだ。わけが分からず気持ち悪い。何か得体の知れないものを吐き出しそうだ。
「こっちにも私が居て。私よりも大人びていて……。」
鈴花は何度も首を横に振ると、立ち上がって再度写真を見た。
「意味がわからない。この世界にも私が居たって事なの。彼女も消えちゃったの。」
鈴花は机に手をついてじっと写真を見る。そして、ハルを見た。
「彼女の代わりに私が呼ばれたって事なの。そうなの。」
憶測の域を出ない考えが頭の中を回り続ける。ハルは鈴花の持つ黒い本を見るも首を横に振るだけである。やはり、教えてくれない。
鈴花はその場に座り込み大きく深呼吸した。落ち着かなければやっていられない。ここにはこの世界の彼女と彼女の母親が確かに居たのだ。そして、父親らしき男も。彼女は部屋の中を見る。一見するとこの世界の彼女とは趣味が合わないようだ。
鈴花は落ち着くと室内に配置されているベッドへとダイブした。片手に持つ黒い本をベッドの傍に置く。
「ハルって、敵が来たことがわかるの。」
鈴花の言葉にハルは頷く。ネビュラの時も彼女が本を開く前に気が付いていたため、そうではないかと思っていた。
「じゃあ、何かあったら起こして。」
鈴花はそれだけ言うと布団の中にもぐりこんだ。直後、照明が消えるとともにドアを開け閉めする音が聞こえる。ハルが部屋の外に出たのかもしれない。布団からはどこかで嗅いだことのある匂いがする。その匂いを吸い込みながら彼女は眠りについた。
鈴花は空腹で目が覚める。考えてみれば昼から何も食べていない。外を見れば未だ暗く夜だということがわかった。軽く目を擦りながら起き上がる。黒い本を持つと立ち上がり背伸びをする。それから暗い中スイッチを探して照明を点けた。ひさしぶりに見た光の強さに目を背けそうになる。それから彼女はドアを開いて廊下へと出た。廊下の照明を点け、部屋の照明を消す。彼女は廊下を歩き階段を下りて一階のダイニングルームへと到達した。すると、そこには既に明かりが灯っていた。
「待ってたぞ。腹減ってるだろ。」
テーブルの上に載せられた料理の数々とお茶。ハルの話では麦茶らしい。そして、それ以上に目を引いたハルのコック姿。空飛ぶコックである。どこからそんな衣装が出てきたのか謎である。
「すごい。これ全部作ったの。」
鈴花は空いている椅子に黒い本を置くと自らも椅子に座った。目の前には湯気の立ち昇るおいしそうな料理が並んでいる。冷蔵庫にあった材料から作ったのだろうか。よくわからない。彼女はじっと料理を見て、ハルを見た。」
「うまいぞ。多分。」
ハルの言葉に鈴花は料理に手をつける。初めは恐る恐るであったが、一口二口と食べるとおいしさに気がつく。それからは箸を置くことなく食べ続けた。ハルを見れば同様に食事を始めていた。なんと、彼は椅子に座って食べているのである。蛙から変身した時を最後に今まで飛んでばかりであったため、椅子に座っている姿は普段とは違う状態に見えた。
それぞれが食事を終え、麦茶を飲みながら落ち着く。鈴花は周りを見渡す。そして、ハルを見た。
「お風呂。入れない、よね。」
鈴花は照明や料理ができるのだから、お風呂も沸かせるかもしれないと思った。しかし、初めから出来るとは考えない。黒い本やハルにも出来ないことがあるだろうから。
「家で生活していく上で行うことは全部出来るぞ。お風呂だって洗顔だって歯磨きだってな。それにいちいち黒い本を持ち歩くのも大変だろ。用が無いときは俺がもっていてやるよ。」
ハルは椅子の上に置かれた黒い本を持つ。すると、次の瞬間本は跡形も無く消えてしまった。
「き、消えた。何処いったの。何処に隠したの。」
鈴花は驚き慌てる。まるで手品である。しかし、彼は手品師では無い。何処に隠したのだろうか。
「心配するな。今は俺の体の中にある。俺はあくまでも本の番人だ。お前が呼べばすぐに駆けつけるし、言えばすぐに本を出すことも出来る。何か必要なものがあったら俺に言え。」
ハルは席を立つと汚れた皿を素早く回収してキッチンに持っていく。そこで彼は何かに気がついたらしくすぐに鈴花のほうに戻ってきた。
「風呂に入るんだったら着替えを脱衣所に用意しといてやる。あとは何かあったら呼べ。」
ハルはそれだけ言うとキッチンに戻っていく。
鈴花はお風呂場へと続く廊下を歩く。窓の外は真っ暗で、今何時なのか全く分からない。お風呂から出たら時計を見ようと思った。彼女は脱衣所に入ると乾いたタオルがあるか確認する。彼女はすぐに服を脱いで風呂場へと入った。風呂場はさすがにこっちの世界もあっちの世界も使われ方はほぼ同じで、あまり変わりがなかった。変わっている部分といえばシャンプー類の銘柄だろう。見たことはあるが使ったことの無い銘柄ばかりである。この際、勝手に使わせてもらっている身分なので品質の問題があるにせよつべこべ言わずに黙って使うことにした。
鈴花がお風呂から出ると、いつの間にか着替えが乾いたタオルとともに置かれていた。彼女はお風呂場の照明を消すと、体を拭いて服を着た。置かれていたのは大きめのパジャマである。彼女は脱いだ服をまとめる。制服は洗えないので軽くたたんで持つ。そして、頭に乾いたタオルを巻きつけながら洗面所へと向かった。
洗面所には新しい歯ブラシ、歯磨き粉とコップが置いてあった。
鈴花は歯ブラシに歯磨き粉をつけて歯を磨き始めた。歯磨き粉についてはシャンプー同様気にしないことにした。磨き終えると口をゆすぎ、タオルで拭いた。歯ブラシとコップを揃えると二階の彼女の部屋に向かった。
鈴花は部屋に入るとハンガーを探して制服を壁にかける。こんなときでもしわになるのは嫌だからである。彼女は制服の表面についた小さなゴミを払うとリビングへと戻った。
鈴花はリビングに置かれたソファに腰をおろして天井を見上げる。ハルも何処からとも無くリビングに来て別のソファに座った。
「さっき寝たから眠く無いわ。」
ダイニングの横に位置するリビングは大きなテーブルを中心に二つのソファとテレビがある。テレビがあっても見られるかどうかは怪しい。鈴花はソファに両足を乗せて横になった。
「暇だわ。」
鈴花は目を瞑り仰向けに寝る。眠くないもののすることが無ければ眠っていたい。
「仕方ないな。」
鈴花は目を開きハルを見る。彼はテレビに近づく。そして、彼は彼女を見た。
「眠れないならこれでも見て勉強すると良い。」
ハルは手をかざすと、すぐにテレビに映像が映される。彼は映し出されたことを確認するとソファに座った。テレビに映し出されたのは数学の各分野の名前である。
「本当は古典文学もあるんだけどな。今後を考えればこっちを見ておいたほうが良いだろう。」
ハルはテレビの画面を見ながら言った。数学の各分野のお勉強が出来るようだ。ハルに言えば彼が操作してくれるらしい。ざっと中身を見てみると範囲は中学数学だ。夕方戦ったネビュラを見る限り、敵を倒すには数式を解いて答えを書いていかなければならない。理由はどうであれそれが敵を倒す方法なのである。だとしたら、多項式や方程式といった数式の計算を重点的に調べておけば良さそうだ。今は単純な足し算だけだが、今後それだけでは終わらないだろう。なぜなら、これをハルが出した時点でそれ以外の分野の問題も扱いうると言っているようなものである。照明のようにこれらは黒い本が裏で行っていると考えられるからだ。黒い本は多くを語らない。しかし、必要と思われるものは提供する。だとしたら、これも必要と思われるものなのだろう。
「部屋に行って紙とペンを探してくる。」
鈴花はソファを立つとリビングを出て、彼女の部屋へと向かった。耳や目で分かったとしても脳が理解しなければどうしようも無い。手で書かなければ覚えないのだ。彼女は照明を点けると部屋の中へ入り、筆記用具と紙を探す。部屋主には悪いが無駄に浪費するわけではないので見逃して欲しいところだ。机の上にあるペンと机の中にあった何もかかれて居ないノートを取り出す。表紙にはただ彼女の名前が書いてあった。まるで前から自分のものであったかのような感覚と、それでも自分では無い人間のものであるという感覚が混ざり合う。
鈴花は写真を見る。眠る前に見た三人が写った写真である。一度眠ったためか、今は落ち着いて見ることが出来た。この三人はこの世界の鈴花とその両親なのだ。ペンとノートを右手に持ち、左手で写真に軽く触れる。
「何故こんなことが起きたの。」
鈴花は写真の中に居るもう一人の自分に問う。この世界で何かが起こったのだ。けど、彼女は何も知らない。知ることができない。
鈴花はしゃがみこみ机の引き出しに背中をつける。
「私は誰のために戦っているんだろう。」
見上げた天井には、ただ鈴花のために光を放つ照明だけがある。彼女は立ち上がり、照明を消すと部屋を出た。
鈴花は紙にペンで数式とその答えを書いていく。基本的な問題でも解法が分からなければ解けない。忘れていた解き方を思い出していく。まるで実力テスト前の状態である。広範囲の数学を勉強して、試験に挑む。違うのは間違えればただでは済まされない点だ。何故敵を倒すために数式を解かなければいけないのか疑問である。このことはハルも黒い本も教えてくれない。ただ、そうであると理解したほうがよさそうだ。
「もうだめ。疲れた、寝たい。」
鈴花はソファにもたれかかり、薄目で天井を見上げる。時計を見ていないがそろそろ明るくなる頃かもしれない。彼女はゆっくりと立ち上がりカーテンを開く。瞬間、太陽の光が目に入る。彼女は目を瞑って顔を背けた。ゆっくりと目を開くと明るい朝が見えた。
「休んだほうがいいだろう。」
背後からハルの声が聞こえる。鈴花はゆっくりと振り返った。
「部屋で眠ってくる。消しといてもらえる。」
鈴花はテレビの画面を見た。今も画面には数式が表示されている。
鈴花は大きくあくびをすると部屋を出て階段を上った。そのまま彼女の部屋へと入り、ベッドに倒れこむ。カーテンを少し開けると部屋の中に差し込んでくる朝日。彼女は疲れたためかそのまま眠ってしまった。