第四話 壊と解
第四話 壊と解
学校の一階には職員室、家庭科室、校長室の他に理科室がある。黒い本に書かれていた倒し方。それは計十個の数式とその答えを理科室、一年一組以降順に各教室の黒板にチョークで書いていく事。倒し方のページを良く見ると家庭科室は含まれて居ないようである。
鈴花が通う学校は各学年三クラスずつある。故に理科室と合わせれば黒板は計十つ。すべての計算式は単純で既に本のページに書かれている。そのため、彼女は順に書いていけば難なく出来ると考えた。
「まずは理科室よ。」
鈴花が勢い良く階段を駆け下りると、目の前に現れる理科室の出入り口。彼女は引き戸に手をかけた。難なく戸は開き、理科室内に入る。その時、ちょうど窓から外が見えた。緑色の円盤は確実に学校に近づいている。
早くしなければ。鈴花は良くわからない恐怖に怯えながら段差を上って黒板の前に立つ。しかし、大切なものが無い。
「チョ、チョーク。チョークどこ。」
鈴花は辺りを探す。チョーク入れも確認するが一本も入っていない。おかしいぐらいに空である。
「これを使え。」
背後から聞こえるハルの声に振り返ると、白く小さな物が飛んできた。受け取って見てみると新品のチョークである。
「これ、どこにあったの。」
黒板の周りには無かった。ならば、ハルはどこからチョークを探してきたのだろうか。しかも一度も使われて居ない新品である。
「話は後だ。早く書け。」
鈴花はハルの言葉に弾かれるように黒板のほうを向く。そして、黒い本に表示されている一つ目の式を書いた。単純な足し算である。黒板に問題と答えを素早く書き記す。黒板から一歩さがり黒板に書いた式を確認する。単純な問題ほど計算ミスをしやすいからだ。彼女は正しい事を確認するとチョークを持ったまま理科室を出て階段を上る。次は一年一組である。
「なんで、どこにチョークがあったの。」
鈴花は走りながら、後ろにいるハルに言った。走りながらのためか息が荒い。
「出したんだよ。チョークが無ければ書けないだろ。」
ハルが言うには自分の手で新品のチョークを出したらしい。鈴花は手品師なのではないかと言ったが簡単に否定されてしまった。その間に鈴花たちは一年一組の教室に入る。
鈴花は黒板に向かいながら先ほどよりも辺りが暗くなっていることに気が付く。答えを書き終わり、教室外に出る前に外をふと見ると太陽を遮った円盤がさらに近づいていた。
鈴花は叫びそうになりながら順に各教室の黒板に問題と答えを書いていく。自分の教室が終わり、三階へ向かう途中校舎が激しく揺れた。彼女は振動で立っていられなくなりその場に座り込んでしまう。
「来たぞ。早くしろ。」
ハルは鈴花の手を引っ張って立たせる。その時、複数の窓ガラスが割れる音がした。何かが侵入したのだ、何かが。
鈴花は急いで階段を上り、一番端の三年一組に入る。窓の外に見えるのは緑色の円盤。円盤に刻まれた模様が青く光っている。
鈴花は呼吸がさらに荒くなる感覚を覚えながら黒板に新しい式を書いていく。式を書き終えて答えを書こうとしたとき、間近で窓ガラスが割れる音がした。外を見ると案の定窓ガラスの一つが割れている。そして、ガラスの割れた場所から黒く細い手が教室内に侵入してきた。
「いや、いやあ。」
鈴花は答えを書ききり教室を出る。次の教室へ入るとき一組のほうを一瞬見ると既に手が廊下へと伸びていた。しかし、それだけではなかった。二組の窓にも同様の手が居るのだ。しかし、窓は割られておらず侵入されていない。複数の黒い手が窓を叩いているだけである。彼女は素早く問題を見ながら黒板に書き写し、問題を解く。九問目のためか三桁と二桁の数字の足し算となっていた。三桁ではもう暗算で答えを出すのは怖いので、黒板の空いているところで計算を始めた。黒板にチョークが当たる音がする。
鈴花は計算の答えが分かると、すぐに結果をイコールの後に書いた。そして、教室を出ようとしたとき、教室の前の出入り口から手が見えた。彼女は後ろ側の出入り口へ向かって走る。その時、背後で窓が割れる音がした。その音を聞きながら二組の教室を出てそのまま三組の教室へ入る。入る直前、奥の階段から何本かの手が見えた。彼女は泣きそうになりながら最後の問題を黒板に書く。最後は三桁同士の足し算だった。しかし、単純な数字だったため別途計算を書かずに直接書き込んだ。
「これでおしまいかな。あとは。」
鈴花は最後の答えを黒板に書き記すと黒い本を見た。するとすべての数式が青白く光り、その下に最後の行動が浮かび上がった。
「屋上。」
最後の場所は屋上であった。鈴花は教室から出ようとする。しかし、既に前後の出入り口からそれぞれ複数の手が侵入している。窓を見れば複数の手が窓を叩いている。ガラスが割れて外からも侵入されたらおしまいだ。
「ここは俺の出番だな。付いてきな。」
ハルは鈴花の前に出る。そして、教室の後ろ側の出入り口に向かって飛んだ。しかし、出入り口には既に複数の手があり、出る前につかまりそうである。それでもハルは一直線に出入り口に向かっていった。教室内に入ってきた手がハルを捕まえようと手を伸ばしてくる。ハルはその手を回避し、彼女の手を掴む。そのまま出入り口を通って廊下まで引っ張った。彼女はハルに引っ張られたことによって黒い手に触れず宙に浮いたまま廊下へと出た。彼女はハルの手を掴んだまま着地する。すると、すぐにハルは彼女から手を離した。あとは自分で走れと言うことだろう。
鈴花は黒い手を避けながら屋上へ続く階段を上り、屋上へと出た。屋上に出て初めに目についたのは緑色の円盤である。校舎とほぼ同じ高さの円盤はいまやぴったりと校舎にくっついている。円盤が屋上に目標が移動したことを認識したのか、細い手が円盤の中から生えてきた。すぐに、彼女は本に書かれたとおり黒い本を開いたまま足元に置く。
鈴花は本から少し離れて何かが起きることを待った。ハルは本体と三階から来る手に注意を払いながら彼女の傍に来る。すると、倒し方のページに書かれたすべきことが順に白く光る。最後にすべきことが白い光を失ったとき、黒い本は自ら宙に浮いた。
そして、黒い本は跡形も無く消えてしまう。直後、再び校舎が揺れる。それとともに鈴花たちに近づいていた手が本体へと戻っていった。
鈴花は円盤へと少しずつ近づいた。すると、少しずつ円盤の高さが低くなっていることに気が付く。円盤の高さが校舎の高さを下回ると、彼女は屋上から円盤を見下ろした。すると、校舎の側面に大きな黒い円が出来ていた。その中へ少しずつ緑色の円盤の体の一部が吸い込まれていく。緑色の円盤はまるで空気が抜けるように小さくなっていく。最終的に緑色の円盤は小さな丸い塊に圧縮されて黒い円の中に吸い込まれた。吸い込まれると、すぐに黒い円は消える。
鈴花は校舎の側面から目を離し、再び屋上を見る。すると、黒い本が再び宙に浮いた状態で姿を現した。彼女は近づき本を手に取る。倒し方のページから自動的にページがめくられ、緑色の円盤の絵が描かれたページになる。そして、絵の横にある未だ読めない言語で書かれた文章の下に赤い文字列が浮かび上がった。やはり、この赤い文字列も彼女には読めない。ハルも同じページを覗き込んでいる。すると満足そうに本から顔を離した。
「倒せたみたいだな。」
鈴花はハルと本のページを見る。これが倒せたということなのかもしれない。すると、黒い本は自動的にめくれて「倒し方」の次のページになった。しかし、何も書かれていないし何も書かれない。
「さっきの緑色の円盤はどこへ行ったの。」
鈴花はハルに尋ねるも、彼は首を横に振るだけである。ハル自身にもわからないのだろう。再び黒い本を見ても何も書かれていない。彼女は黒い本を閉じた。
「ひとまず、現状がどうなっているのか。知っていることを話してもらうわよ。」
鈴花はハルを見た。彼だけが彼女よりも先に黒い本に関わっている。何かわかるかもしれない。
日が落ちた空はゆっくりと光を失い始めていた。