第二話 違和感
第二話 違和感
聴こえてくる目覚まし時計の音。鈴花は時計が鳴り始めるとすぐに目を開けて止めた。あくびをしながら起き上がる。身支度を済ませると鞄を持って一階にあるリビングへと移動した。ちょうど鈴花の母親が出かける所であった。
「鈴花。おはよう。先行くからあとお願いね。」
母親が玄関から出て行く。ふと今日は早番だっただろうかと鈴花は思った。しかし、仕事なのだから急遽変わることもあるだろう。母親が家を出たために鈴花一人となった。この家には母親と鈴花の二人しか住んでいない。父親は鈴花が小さいときに病気で死んでいる。だから、鈴花は父親を知らない。知っていたとしても思い出すことができない。
鈴花はリビングの椅子に座り、横に鞄を置く。彼女の目の前にある皿にはサンドイッチが二つ載せてある。彼女は一つを取って食べた。パンのためかのどが渇き冷蔵庫から牛乳を出して飲む。残りの一つも平らげ皿を台所に持っていって洗う。彼女は皿を洗い終えて、濡れた手を拭きながら時間を見た。すると、予鈴十五分前であった。昨日のようにぎりぎりでは行きたくない。タオルを定位置に戻すと鞄を持って玄関から出た。外気温は高くないものの太陽が温度を上げようと光を発している。
鈴花は玄関に鍵をかけると学校へ向かって歩き出した。何人かの小学生が列を成して歩いている。彼女はその様を見ながら、彼女自身も昔同じようにしたことを思い出す。あれから何年たったのだろうか。
そんなことを考えている間に学校の校門を抜けて昇降口へと入った。まだ予鈴が鳴っていないためか昇降口に居る生徒は多い。
鈴花は素早く上履きに履き替えると階段を上る。階段を上り終えたとき、ふと昨日入った開かずの間を見た。すると、今日は鍵がかかっている。やはり、昨日鈴花たちよりも先にあの部屋に入った人間が居るのだと思った。しかし、それが誰なのかは分からないし知る方法も無いのでこれ以上考えないことにした。
「京子。おはよう。」
鈴花は先に来ていた京子に挨拶をしながら自分の席に鞄を置いた。そして、椅子に座ると京子のほうに体を向ける。
「ねえ、さっき見てきたんだけどさ。やっぱり、開かずの間に鍵がかかっていたよ。昨日は誰が開けたんだろうね。」
鈴花の言葉に京子は首をかしげ困惑しているように見える。鈴花はその姿に、自分が何か良くないことを言ったのかと考えてしまった。
「昨日誰かが開けた。何を言ってるの。開かずの間に鍵がかかっているなんて当たり前じゃない。開いている所なんて一度も見たこと無いわよ。」
京子は鈴花の発言に理解出来ないようで、冗談として捉えているようだ。
鈴花は京子の反応が理解できなかった。何故なら昨日彼女と二人で確かに開かずの間へ入ったからである。彼女は京子が何故昨日のことを覚えていないのか気になった。しかし、京子にその話をしたとしても、彼女が望んだ答えが返ってくるとは限らない。そのため、この話はここまでにした。
鈴花は前を向いて、鞄の中の教科書類を机の中にしまおうとした。しかし、机の奥に何かあるようで教科書類が机の中に収まらない。彼女は教科書を机の上に置いて、奥にある何かを取り出そうと手を入れた。触れた感触は硬く厚い物。すぐに机の奥から引っ張り出した。
鈴花が机の中から現れた物を見たとき、体の中を衝撃が走った。机の中から出てきたもの。それは、昨日見た黒く分厚い本である。本の表紙には昨日見たとおりの模様が描かれている。彼女は危うく悲鳴を上げそうになったが、今はホームルーム前の教室内なのでどうにか堪えた。
「な、なんで。なんでここにあるの。」
鈴花は誰にも聞こえないように一人つぶやく。そしてすぐに昨日のことを思い出した。黒い本は開かずの間で見つけ、そしてそこで消えたのだ。机の中にあるはずが無い。必死に現実に抵抗するも実物が目の前にあるために勝ち目は無いと思い考えることをやめた。
鈴花は黒い本を素早く鞄の中にしまうと机の上に置いた教科書類を机の中にしまった。そして、鞄の中にしまった黒い本を取り出し、恐る恐る開いた。適当にページを開いたが中は昨日見た通り白紙である。突然の本の登場から何かあるのではないかと期待した。しかし、結局何も無かったのである。
鈴花は首をかしげ、本を閉めようとした。その時、ひとりでにページがめくられ始めた。彼女は目を見開き、自動的にページがめくられる様を見た。ページめくりは本の最初のページで止まる。彼女が一ページ目を良く見ると、ゆっくりと白紙に黒い文字が浮かび上がっていく。一ページに浮かび上がる文字は鈴花の知らない言語で書かれており、彼女は読むことができない。文字が浮かび終えるとページが自動的にめくられた。彼女は瞬時に本から顔を離すと、周りに居るクラスメイトを見た。見た限り何時もと同じである。しかし、何だろう。この表現しがたい違和感は。
鈴花は再び本に視線を戻した。新しいページに絵がゆっくりと浮かび上がってきている事が確認出来た。絵は本の上部からゆっくりと印刷されていくように表示されていく。しかし、途中までしか表示されていないためか何なのか分からない。
その時、チャイムが鳴った。
鈴花は反射的に前を向く。ホームルームのチャイムだ。先生が教室にくる。彼女は絵が浮かび上がる途中のまま本を勢いよく閉じて、鞄の中にしまった。すぐに何時も見る担任の先生が現れた。そして、朝のホームルームが始まる。
ホームルームが終わり担任の先生が教室を出て行く。鈴花はそれを確認すると鞄に入れた本を取り出して見ようとした。しかし、確かに鞄に入れたはずの本は跡形も無く消え去っていた。昨日と同様にまた何処かへ行ってしまったのである。彼女は仕方なく授業に向かう事にした。