第十四話 短い休息
第十四話 短い休息
鈴花たちは彼女の家に到着する。とは言っても、家は敵に破壊されて見るも無残な姿になっている。中に入れるかも怪しい状態だ。
「もう、住めないなこりゃ。」
ハルは鈴花を見る。そして、再度家を見た。
「俺が中に入って必要なものを取って来てやる。何か必要なものは。」
ハルの言葉に鈴花は彼女の部屋にあるものを口に出して並べていった。これから必要そうなもの。そこで、ふと写真の事を思い出すとポケットの中に手を入れていく。すると、昨日から入れたままの写真があった。面倒なので着替えた服に入れておいたのだ。
「それだけか。じゃあ、宗太を探しといてくれ。」
ハルの言葉に鈴花は頷く。ハルは家の中に、彼女は宗太を探し始めた。彼女たち以外に自ら音を発するものは無いため、声を出せば遠くまで広がっていく。
「おーい。ここだよ。」
少し遠くから声が聞こえてきた。明らかに宗太の声である。鈴花が声のする方向へ走ると、彼がこちらに駆けて来るのが見えた。彼女の前で立ち止まり荒い呼吸を整えようとする。顔は下がり、少々辛そうだ。
「無事だったみたいね。良かった。」
鈴花の言葉に宗太は顔を上げて頷いた。
「荒谷さんも。無事で良かった。」
鈴花はその姿を確認すると頷き、彼女の家のほうを向く。そして、振り返り宗太を見た。
「家に戻りましょう。早く寝たいわ。」
鈴花と宗太は並んで彼女の家への道を歩いた。彼は敵が現れたとき、しばらくはその場に隠れていたが、近くに敵が寄ってきたために別の場所に移動したらしい。いくつか敵と出合ったらしいが、どうにか攻撃を受けずに逃げたそうだ。実際のところ敵から見たら彼女が目標だと思うので彼を積極的に追いかけないのかもしれない。
鈴花たちが家に着くと、ハルは庭に座って家を見ていた。
「おう、二人とも大丈夫だったか。」
ハルの言葉に鈴花と宗太はそれぞれ頷く。ハルはそれを確認すると、立ち上がり二人を見た。そして、家を指差す。
「ご覧の通りこの有様だ。もう住めないだろう。」
鈴花の住んでいた家は傾き、今にも音を立てて崩れ落ちそうな状態である。中で眠れば起きる前に家の下敷きになっているもしれない。ハルはいつの間にか上空に上り、周りを見渡している。そして、彼女の元に戻ってきた。
「この町も破壊されてきている。もうここを離れて別の場所に行ったほうが良さそうだ。」
鈴花は周囲を見る。これまで住んでいた家にはもう住めない。それにこの町も所々破壊されている。
鈴花が別の場所とは例えばどこかとハルに尋ねる。
「ここからだと東京かな。あそこはここよりも色々なものが揃う。」
他に移動する先を考えていないためか、鈴花はハルの提案を採用した。東京ということは移動手段は電車だろうか。
「そうか。ここを離れて移動するんだね。」
宗太を見れば道路に出て辺りを見回している。自分の育った町だから、離れたくないのかもしれない。彼女は宗太の言葉からそんな答えを導き出した。
「家が壊れたんだから仕方ないだろ。」
宗太の言葉にハルが対応する。実際のところまだこの町に残ることは出来る。しかし、住んで居た家が壊れたことでこれ以上この町で戦う理由が無くなってしまった。それにこれ以上この町が破壊されるのも気分が悪い。
鈴花はあくびをしながら両腕を思いっきり空に向けて背伸びをする。まだ睡眠をとっていないためか眠い。
「東京に移動する前に駅前のホテルで休むか。」
ハルの提案で駅前のホテルに泊まることにした。朝からチェックインなどどうやって出来るのかと思う。しかし、ハルの提案なので何かあるのだろうと思って三人は駅前へと向かった。
駅が目の前に見えるホテルは外見に比べて建物内は意外と綺麗で広い。黒い本は何時ものとおりホテル内に存在するスタッフや客人たちを映し出す。動きが嫌に生々しくて本当に居るように錯覚してしまう。宗太を見ればパジャマ姿のためか周囲の視線を気にしている。相手が生身の人間では無いことがせめてもの救いだろう。
フロントに聞けば泊まることが出来るらしい。鈴花とハルで一部屋、宗太一人で一部屋を使うことになった。彼女は三人それぞれの部屋が良いのではと提案する。しかし、ハルはそれを拒否して彼女と一緒の部屋にするように言って来た。ハルがそばにいればすぐに黒い本を取り出すことが出来る。だから、ハルは彼女と一緒の部屋のほうが良いのかもしれない。
「それじゃあ。三時にロビーに集まりましょう。」
鈴花の声でそれぞれが自分の部屋へと入る。彼女は部屋のベッドに倒れたい衝動を抑えつつハルから着替えを受け取ってシャワーを浴びた。眠いためか立って居ることが出来ず、その場に座り込む。すると、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえてきた。ハルと話をしているので宗太だろう。服が無いとかそういう話かもしれない。着替えて部屋に戻ると、ハルがベッドの上に座っていた。
「東京に行く前に宗太に服を買うことにした。ホテルを出たら前回鈴花と一緒に行った店に行こう。」
前回行った店は今居るホテルから駅をはさんだ反対側にある。東京へ向かう電車にパジャマを着て乗るのはさすがに辛いのかもしれない。
鈴花はカーテンを開けると、先ほど出来なかったベッドへのダイブを実行する。そして、やわらかい感触を肌で感じながら夢の中へと入っていった。
鈴花が目覚めたのは強い日差しを感じた午後だった。隣を見ればハルがベッドに寝転がり天井を見ている。ハルは彼女が起きたことを確認すると、起き上がった。
「起こす手間が省けたな。ちょうど午後二時半を過ぎたところだ。」
鈴花は起き上がり、洗顔や歯磨きをこなしていく。
鈴花とハルは準備を終えるとロビーへと向かった。朝と同様にスタッフや見知らぬ客人がそれぞれの行動をしている。
鈴花とハルは空いている椅子に座って宗太を待つ。しばらくして宗太が来た。変わらずパジャマ姿だ。
「飯でも食おう。昨日の夜から何も食ってないだろ。」
鈴花はハルの言葉にいまさら空腹を思い出す。眠かったためか忘れていたのだ。
ハルは椅子から立つと歩き出した。鈴花と宗太もその後に続く。着いた先はホテル内のレストラン。彼女はハルに導かれるままにレストランの中に入る。そして、三人で一つのテーブルについた。すると、ウェイターがメニューを持って登場する。
鈴花はメニューを開いてもどれが食べたいとも思わない。しかし、食べないことには空腹は満たせず動くことが出来ない。しかし、選べない。
「ハルに任せるわ。」
鈴花はハルにメニューを渡す。ハルはメニューを見ながら料理名をウェイターに告げていく。結果、宗太も同じく食べたいものを言わなかったためにハルの独断で料理が選ばれた。
ウェイターはすべての注文を復唱するとその場を離れて厨房へと下がる。周りには鈴花たち以外居ないため、まるで貸切のように思えた。
しばらくの後にウェイターの手によって料理がテーブルの上に並べられていく。その量は三人には多いような気がした。少なくとも鈴花からみれば多いような気がした。
「よし、食べるぞ。いただき……あれ。」
鈴花はハルの声に彼を見る。しかし、すぐに目の前の料理に視線を元に戻した。
「鈴花は最近軽いものしか食ってないだろ。だから、戦いから帰ってくると何時もぐったりしてんだよ。」
ハルはそこで彼の目の前にある料理を取って鈴花の前に差し出した。料理はご飯もののようだ。しかし、彼女はなかなか受け取らない。
「さっさと受け取って食え。食わなきゃ死ぬ、食っても死ぬ。だったら食って死んだほうが良いだろ。」
鈴花はハルから皿を受け取る。目の前に見える料理の山。以前このぐらいの量の料理なら食べたことがある。そのときはしっかり食べていたような気がする。その時と今と、何が違うんだろう。
鈴花は皿にのった料理を一口食べた。すると、まるでまだ何も食べていないような感覚になる。彼女はもう一口食べる。彼女の食べたものが底の無い胃袋に落ちていくような気がした。彼女は底の無い胃袋を完全に満たすようにゆっくりと食べ進める。彼女の姿を見たハルや宗太もそれぞれ食事を始めた。
ハルが頼んだ料理の山は次第に崩れ始め、遂には新しい料理の山を呼ぶことになってしまった。
テーブルから皿が無くなると、三人はそれぞれ膨らんだお腹をさする。鈴花にとっては久しぶりにいっぱい食べたような気がした。
「さてと、払ったら次は買い物に行こう。」
ハルが席を立つと、つられて他の二人も席を立つ。レストランの勘定とホテルのチェックアウトを済ませてホテルから出た。そこで鈴花は先ほどまで居たホテルを見る。すると、明かり一つ無い建物がそこにあった。
「ほら、行くぞ。」
鈴花はハルの声に応えると、ハルと宗太の横に並んで歩いた。駅を越えて一昨日訪れた専門店へと入る。すると、あの時と同様に人々が現れた。
鈴花は店内のカフェで一人お茶を飲む。宗太は男物のコーナーをハルと回って色々買っている。彼女が一緒に居たからといって何かアドバイスできるわけでもなく、彼自身も彼女の同行を嫌がったので付いていかなかった。彼女は周りを見る。他にもお茶を飲んでいる人が何人か居た。中には仕事をしている人も居る。本当に忙しそうだ。彼女はこんな状況まで再現しなくてもと思った。
しばらくしてハルと宗太が戻ってきた。動きやすそうな短パンにTシャツ。鈴花とは男物か女物かの違いだけだ。
「さてと、準備も出来たし、東京に行くか。」
三人は店を出て駅構内へと入る。ここでも人々が行き来している。鈴花はハルを見る。
「東京までの切符を買わないと。」
鈴花たちは券売機で切符を買う。彼女はハルをどれに区分するか少し迷ったが、大人と考えて購入した。改札機に切符を通すと階段を下りてホームへ出る。周りに何人か電車を待つ人が居る。ここまで再現しなくてもと思った。
しばらくして電車が来る。鈴花たちはそれに乗ってよく知る町から東京へと移動を開始した。乗客は時間帯のためかまばらで簡単に座ることが出来た。そこから外の景色をじっと見る。彼女は特にすることもなくただただ景色を見た。彼女が見る外の景色には人一人居ない。ハルは当たり前だと言うが、それでも本当にみんな居ないんだと彼女は思った。映っているはずのTVスクリーンは何も映さず真っ黒い。見る人間も映す人間も居ないのだから仕方ないと思う。
鈴花は外から目を離して深呼吸する。朝寝たためか体がおかしい。彼女は目を閉じて到着するまで待った。
鈴花たちは東京に到着すると、電車を降りてエスカレーターと階段を含んだ長い道のりを歩いた。駅構内は表示しなくても良いほど人は溢れ、ごちゃごちゃして気持ち悪い。彼女たちは駅を出るも、先をどうするかは考えて居ない。そこで彼女はまっすぐ西へと歩き出す。それにつられてハルと宗太も歩き出した。車も人も居ない広い道路を歩く。歩き続けると皇居が見えた。
「生まれて二度目だわ。まあ、それだけ。」
鈴花が再び歩き出そうとしたとき、ハルが彼女を抱えて上昇を始めた。地面が遠のいていく。
「見てみな。」
地面ばかりを見ていた鈴花は、そこで上空から皇居を見ることが出来た。写真では無く自らの目で。ハルの足につかまっている宗太は感嘆の声を上げる。それからぐるりとハルは回転する。すると、南方向に東京タワーが見えた。
「せっかくだから港の赤い塔へ行こうよ。」
鈴花は何時敵が来るか、何時終わるか分からない。だから、出来ることは今のうちにしておきたかった。だって、こんな状況はもうこの先無いだろうから。
鈴花たちは地上に戻ると東京タワー目指して移動を開始した。東京タワーに到着したときには少し薄暗くなり、夜が近いことを感じる。彼女たちはエレベーターで展望台へと入った。せっかくなのでハルが特別展望台も見られるようにしてくれた。それに他の客は表示させず必要な人だけ表示させている。貸切みたいでちょっと贅沢な気分になった。
鈴花は展望台に上ると、周りを見渡した。
「荒谷さん。すごいところに立ってるね。」
鈴花は宗太の声で床をみる。直後彼女の背中に嫌なものが走った。床が透けて真下が見えているのだ。これはどう見ても反則技な気がした。彼女はゆっくりと透けている床から離れた。宗太が彼女のそんな姿を見て笑っている。彼女たちは二階に上がり一階との差を比べ、特別展望台へとさらに上がる。地上を見れば足がすくむほどの高さ。高いところが好きなら良いと思うが、こんなに高いと怖い。この高さから落ちたら命が無いと想像するからだ。外は暗くなり、真っ暗な世界で星だけが光っている。
「真っ暗だ。ただ星だけが光っている。」
宗太は窓に張り付いて見ている。その隣に鈴花は並ぶ。そして窓に手を触れた。
「また、安心して星が見られる世界が来れば良いわね。」
鈴花の声に宗太はこちらを見たがすぐにまた前を向いた。
鈴花は離れて背後に居るハルに近づく。彼の表情に彼女は歩みを止めた。彼は黒い本を素早く取り出すと彼女に差し出した。
「敵さんが来たぞ。」
ハルは鈴花を見る。彼女は本を受け取りゆっくりと開いた。開いたページにゆっくりと絵が表示されていく。
「なんだあれ。」
宗太の声に鈴花とハルは彼が見る方向を見た。地平線の辺りが白く光りだしている。その白い部分は徐々に大きくなっているように見える。彼女が再度本を見ると絵は表示され、情報が表示された。絵はただただ白いもやが描かれているだけである。
「blankだ。」
鈴花は本から目を離すと地平線に見える敵を見た。先ほどよりも明らかに白い部分が多くなっている。
「すべてを真っ白にしようっていうの。」
鈴花はエレベーターに向かって走り出した。
敵は世界を白く染める。出来上がるのは、昼も夜もない世界。