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第十一話  この世界の人間

   第十一話  この世界の人間

    

 鈴花を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。彼女は振り返り、声の主を見た。

「何か用。」

 声の主は宗太であった。鈴花は手すりに寄りかかりながら彼を見る。彼の手には先ほど彼女が渡した写真がある。

「さっきは焦っていて良く見ていなかったけど。よく見れば写真の荒谷さんと君は別の人みたいだ。」

 宗太は写真の子と鈴花を区別することが出来たようだ。彼女はその点に安心した。彼がもしこちらの鈴花と仲良しならば今後色々と面倒なことが起きるに違いない。いや、既に起きているのかもしれない。彼女は宗太から写真を受け取るとポケットにしまいこんだ。

 鈴花はその場に座り込み、宗太を見る。そして、彼女は口を開いた。

 話した内容は、鈴花の名前と、彼女がこの世界に元から居た人間ではないこと。ハルが人間では無いこと。彼は彼女が持つ黒い本の番人であり、彼女を守る者であること。この世界に居る敵と呼ばれる対象を倒すには彼女と黒い本が必要であること。そのために別の世界から彼女が呼ばれたこと。彼女はハル、黒い本や自分をこの世界に連れてきた者のことはよく知らないということ。彼女がすべての敵を倒せば帰ることが出来るということ。敵の数は把握して居ないこと。困ったときはハルがなんとかしてくれること……。

「あまりべらべらと喋るな。こいつはこの世界の人間だ。外部の俺たちと会ってちゃいけないんだよ。」

 ハルの言葉が鈴花の口を塞ぐ。彼女はそれ以上何も言わないことにした。すると、目の前に黒い本が現れた。彼女は黒い本を開いて敵を倒した事を確認する。確認が終わると本を閉じてハルに渡した。ハルは受け取るとすぐに本はどこかへ消えてしまう。その点に宗太は驚くが、彼女はこれが当たり前なのだと言った。いちいち驚いていても疲れる。彼女はすぐに家に帰ることにした。

 鈴花はハルに近づく。ハルも彼女に近づき、彼女の背中に付いた。彼女は宗太を見る。

「あなたも私と一緒に来たほうがいいわ。一人で居たら今度こそ死ぬかもしれないから。」

 鈴花の言葉に宗太は目を伏せた。ハルを見れば彼を連れて行きたくないと言う。しかし、このまま置いていけばどこかで敵に殺されるかもしれない。未だ、帰ることが出来ないのだ。今後も敵は出てくるのだろう。彼女がハルを見れば、彼はじっと宗太を見ていた。

「……仕方ない。」

 ハルは鈴花を抱えたまま浮かび上がり、宗太に近づく。彼がハルの足を掴むと、家へと向かって移動を始めた。

 鈴花たちは彼女の家に到着する。

「早く入りましょう。外は暑いし、お腹空いたわ。」

 鈴花は玄関のドアを開けて、ハルと一緒に中に入ろうとする。そこでふと振り返る。宗太は何も言わず彼女の家を見ている。

「どうしたの。入らないの。」

 宗太は鈴花の声に我に返ると、玄関に居る彼女を見た。宗太は彼女の家に入ったことが無いらしい。知っている相手の家だけに入りづらいのかもしれない。

「入りたくなければ、好きにすればいいわ。」

 鈴花は宗太にそれだけ言うと玄関のドアをしめようとした。彼女がドアを締め切る前に宗太の手がドアを掴む。彼はドアを開けて体を家の中に入れてきた。彼が家に入ると天井につるされた照明に驚く。

「なんで、灯りが。電気なんて通っていないはずなのに。」

 その点について鈴花は宗太に説明する。これもハルと黒い本の力である。

 鈴花が周りを見る。どこをどう見ても先ほどまで水に浸かっていたとは思えない。水に見えて水じゃなかったのだ。

 鈴花はリビングに入り、ソファにダイブした。目を瞑り、ゆっくり息を吐く。ハルの声を聞くと、ハルは宗太を彼女の反対側のソファに座らせたらしい。その後、ハル自身は食事を作るために台所に行ったようだ。

「荒谷さんの家なのに彼女は居ないんだね。彼女も他の人たちと一緒に消えちゃったのかな。」

 鈴花は目を開けて、宗太を見た。

「ねえ、彼女と宗太の関係って何なの。それと、消えちゃったってどういうこと。」

 宗太は少し考えるそぶりを見せた後口を開いた。まず、彼とこの世界の彼女は友達同士らしい。それは彼の言葉を信じればの話である。

 宗太は次に、この世界の人々が消えた理由を話し始めた。ある日、空に白い巨大な円が現れて、そこから巨大な生物が出てきたという。それらは人々を次々に殺していったらしい。彼自身はその中を必死に逃げ回り続けたようだ。気が付けば、自分以外誰も居なくなり、生き延びた人を探して動き回っていたところを彼女たちに助けられたらしい。

「自分だけじゃなく、荒谷さんも一緒に連れて逃げればよかったのに。」

 宗太は鈴花の言葉に少し声を荒げる。声に気づいてハルがリビングを覗いてきたが、彼女はなんでもないと言って返した。宗太は落ち着くと、彼女を見た。

「僕だって一緒に逃げたかった。あいつらが現れたとき、彼女を探しにこの家に向かったよ。だけど、敵が僕の目の前に現れたんだ。なんとか避けて向かおうとしたけど無理だった。だから、僕は諦めて逃げたんだ。必死に逃げて、気が付いたら誰も居なくなっていたんだ。」

 鈴花は起き上がり宗太を見る。彼も彼女をじっとみた。先ほどの敵と戦っている中、彼は彼女を見つけたと思ったのだろう。彼が一緒に逃げたかった彼女を。

「飯が出来たぞ。」

 ハルの声で二人はダイニングに向かう。テーブルの上にあるのは素麺。昨日とは違って麺はザルに、汁は小さな器に入っている。三人は椅子に座り、挨拶をすると食べ始めた。二日連続素麺であるがわがままは言えない。食事らしい食事が出来るだけ良しとしたほうが良い。三人は食事を食べ終わると、ハルは食器の片付けを始める。鈴花が手伝おうかと尋ねるも、休んでいろと言うだけだ。彼女と宗太はリビングのソファに座る。お互い何も言わず、結果彼女は横になって目を瞑った。

「隣座るぞ。」

 気が付けば鈴花の隣にハルが居た。彼女はそれを確認すると再び横になる。ただ、今は休みたいと思った。もうあんなことはしたくない。まるで自分自身が単純な計算機になったような気分。そう、計算機みたいな。だけど、それをしないと私は元の世界に帰れない。良く分からないしやりたくないけどするしかないのである。彼女は起き上がり、頭を軽く掻く。

「勉強するわ。ハル映しといて、問題。歯磨いて紙とペンを取ってくる。」

 鈴花は立ち上がり、洗面所にて歯磨きをすると二階に紙とペンを取りに行く。彼女の部屋は朝のままだった。水から急いで逃げたままである。彼女は紙とペンを掴むとそのまま一階のリビングへと戻った。

 しばらく続くペンが紙の上を滑る音。鈴花が宗太を見れば、実に暇そうにしている。

「家の中を探して面白そうなものを探してくれば。だけど、私が使っている部屋は入らないで欲しいわ。彼女の物があるし。」

 宗太はゆっくりと立ち上がる。彼は鈴花から彼女が使っている部屋の場所を教えてもらうとリビングを出ていった。彼女はそれを確認すると再びペンを走らせた。

 それからどのくらい経ったか分からない。鈴花が顔を上げればいつの間にか目の前に宗太が居た。彼は何処からか持ってきた本を読んでいる。

「おい、こっちを見ろ。」

 鈴花はハルの言葉ですぐに勉強を再開する。正直中学数学を数時間、数日ですべてまとめようなんてこと自体が間違っているような気がした。それですべて理解できたというならば彼女が天才か内容が薄いかのどちらかだろう。

 変数と定数の入り混じる式をこの世界に来てからずっと見ている。そのためか、何時か夢の中に数式が出てくるのではないかと考えてしまう。彼女は自分が心配になった。

「今日はこれぐらいにしてよ。」

 ハルはテーブルに張り付いた鈴花を見て何度か頷く。そして、テレビに映る問題を消した。

 それから三人は夕食を済ませ、ハルの映し出す昔話を見る。時間はあっというまに過ぎて、お風呂に入って眠る時間となった。

「お風呂入って寝るわ。服出して。」

 鈴花はハルが出した袋を受け取ると宗太を見る。そういえば、彼はどうしたらいいんだろう。彼女はハルを見た。

「ハル。宗太の事をお願い。」

 鈴花はそれだけ言うと脱衣所に向かおうとした。彼女はそこで立ち止まり、再度ハルを見る。

「宗太が覗き込もうとしたら縛り付けといて。」

 鈴花はそれだけ言うと脱衣所に入る。服を脱ぎ、お湯に触れた。

 鈴花にとって良く分からない事だらけである。壁にもたれかかりながらも温かいお湯が体の表面を流れていく。何故、彼女はこんな事をしなきゃいけないんだろう。

「この世界って、何なんだろう。私って何なんだろう。」

 そんな言葉がふと鈴花の口から出てくる。正直に思ったことである。なんで彼女がこんなことをしているのだろうか。教えてくれる相手が居ないことが辛い。

 鈴花はお風呂から出ると、着替えて脱衣所を出る。すると、宗太が着替えを持って向かってきた。

「ちょうどよかった。」

 宗太はそのまま脱衣所に入る。鈴花はそれを確認するとリビングに戻った。

「宗太の着替えってどうしたの。」

 ソファに寝転がっていたハルは起き上がり鈴花を見る。

「予想外だからな、この家にある男物の服を探して渡した。次に買い物に行くときはまともな服を買ってやったほうがよさそうだ。」

 ハルの言うとおり、宗太が再びリビングに来たときの格好は見るからに中年。多分こっちの鈴花のお父さんの服なのだろう。突然来たのだから仕方がないと言えば仕方が無い。

 三人がそれぞれソファに座り、無言の時が流れる。無言に耐えかねたのか、ハルが何かテレビに映すかと言ってきた。しかし、鈴花がそれを止める。これでは戦うか買い物以外はずっと家の中に居るようになってしまう。

「決めた。散歩に行く。」

 鈴花は勢い良く立ち上がり、チョークを持っているか確認する。もし、外に出ているときに現れてもこれなら焦らないで済む。正直相手は何時出てくるか分からない。それも察知するのはハルであって彼女では無いのだ。

「おいおい、こんな時間にか。構わないが。」

 ハルもソファから立ち上がる。宗太を見れば、彼は座ったまま鈴花を見ている。彼だけ置いていくのはどうかと思う。

「宗太。一緒に行きましょう。」

 鈴花は宗太に手を差し伸べる。彼は返事をするとその手を掴んで立ち上がった。彼女はそれを確認すると玄関へ向かって歩き出す。その後にハルと宗太が続いた。

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