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第一話  開かずの間

   第一話  開かずの間

    

 荒谷鈴花は学校に向かって走っていた。家を出た時点で本鈴まで十分。家から学校まで歩いて約十分。歩いても間に合うが、それでは遅刻する可能性がある。走ると汗を掻いてしまうが、この際少しぐらいは仕方ないと思う事にした。

 鈴花が校門を走り抜ける頃には予鈴が鳴る。彼女が昇降口にて上履きに履き替えるも、周りに居る生徒は少ない。

 鈴花は階段を駆け上がり教室へと入った。教室に入るとクラスメイトのほとんどが着席しており、全員が彼女を見た。彼女は彼らの視線に恐怖を覚えて立ち止まるが、すぐに動き出し自分の席に着いた。彼女は噴出す汗をハンカチで拭う。

 その直後、本鈴が鳴り担任の先生が来た。男の先生でかっこいいと思える先生である。他のクラスの女子からも人気があるらしい。男性教師と女子生徒の関係。その言葉からは危ないことしか思い浮かばない。

「ホームルーム始めるぞ。」

 先生は出席簿を取り出し、出席を確認する。とは言っても先生が持つ出席簿はA4サイズの薄型タッチパネルディスプレイである。各生徒の学生証に内蔵されたICチップに反応して本人が居るか確認するものだ。生徒が学生証を忘れた時は先生が本人を確認した上で画面を操作して出席をつける。入学してからずっと使っているものの未だどんな技術が使われているのかわからない。ただ、紙媒体の出席簿のように一々先生が出席を取る必要が無い点で楽だろう。

「それじゃあ。今日も一日頑張ろうな。」

 先生は必要事項を伝え終わると教室を出て行った。次の授業は担任の先生の授業だ。だったら一緒に教科書類を持ってくればいちいち戻らなくて済むのにと思う。この少ない時間で何をするというのだろうか。

「ねえ、鈴花。おかしいと思わない。」

 鈴花は斜め後ろから声が聞こえたためその方向を見る。すると、友達の小林京子が机に顔を付けてこちらを見ていた。彼女は見るからにお疲れのようであまり見たくない顔をしている。鈴花は笑うにも笑えず顔が引きつった状態になる。

「な、何が。」

 鈴花はその光景に堪えながら京子に聞いた。

 京子は鈴花の発言を聞き終えるとゆっくりと起き上がる。そして、彼女は机の上にあるノートを表紙が見えるように鈴花に見せた。

「何がって。出席簿が電子化しているのに、何で私らは未だ紙媒体のノートを使ってるわけ。」

 鈴花は少々お怒りの京子に細かく何度か頷く。ここでさらっとかわせば良くないことが起きる。彼女は自分の鉛筆を一本持って京子に見せた。

「書かなきゃ覚えないって昔から言うじゃない。先生だってチョークで黒板に文字を書いているんだし、私たちだってノートに自分の手で文字を書いたほうが良いと思うけどね。」

 鈴花の言葉に京子は左手にあごをのせて黒板を見る。京子の表情から彼女の言葉に納得していないように思えた。

「そうね。先生がプロジェクタで全部の授業を行うようになったら、その時は私もノートPCを使いたいわ。」

 そこで、京子は目だけを鈴花に向けて続けた。

「あればだけどね。」

 京子は小さく笑うとあごから手を離して前を向いた。鈴花も同様に前を向く。

 もうすぐ、一時限目が始まる。

 

 

 授業終了のチャイムが鳴り始める。先生はチョークを置き生徒に次回の授業についての説明をして教室を出て行った。先生が出て行くとすぐに教室内が騒がしくなる。

「ああ、終わった。」

 鈴花は安堵の表情とともに机に顔を付けて目を瞑る。この後に授業は無い。つまり、今日はこれで帰ることが出来るのだ。周りの音を聴けばある者は友達と共に部活動へ、またある者は友達と楽しく喋っている。

 その時、肩を軽く叩く感触があった。鈴花は目を擦りながらゆっくりと起き上がる。

「何。」

 鈴花の目の前には京子が居た。しかし、彼女は目を開けたばかりのためか少し視界がぼやけている。

「早く準備しないと先に帰るわよ。」

 京子は教科書の入った鞄を机の上に置く。鞄は重量があるのか微かに鈍い音がした。

 鈴花は理解したことを伝えるために何度か頷くと、自分の鞄に教科書や筆記用具一式を入れた。彼女は立ち上がると鞄を左手に持つ。

「さてと、帰りましょうか。」

 京子は荷物を持って先に歩き出した。鈴花には彼女が朝よりも元気があるように見えた。

 クラスメイトのほとんどは教室から出ており、室内に残っているのは鈴花たちを含めて数人である。彼女たちは教室を出ると階段へ向かって歩き出した。

「今日は早く宿題終わらせて遊ぶぞ。」

 鈴花は朝よりも元気の良い京子を横目に歩く。そして、視線を前に戻したとき、何時もと違う光景に立ち止まった。

 階段奥にある部屋。その部屋には常に鍵がかけられている。開いているところを見たことが無いため、生徒たちの中で「開かずの間」と呼ばれている部屋だ。先生たちに聞いても中には古い書物が保管されていると説明されるだけだ。その書物を読みたいと言っても許可してくれない。あの部屋の中に何か見られては困るものがあるのでは無いか。生徒たちの間でそんな噂が流れたこともある。

 しかし、今日は鍵前が無く、木製の引き戸が少し開いていた。

「あれ、開かずの間に鍵がかかっていない。誰かが開けたのかな。」

 鈴花は吸い寄せられるようにその部屋に向かって歩き出した。京子は言葉では鈴花を止めようとしているものの彼女に付いてきた。

 鈴花は戸に手をかけて力を加える。木と木が擦れ合う音が聞こえてきた。この学校で唯一の木製引き戸。普段扱わないためか戸を引いても中々開かない。ようやく首が入るぐらいの幅になると鈴花は首だけ部屋の中に入れる。

「失礼します。誰か居ますか。」

 鈴花は部屋の中に聞こえるように言った。もし、誰かが中に居るなら即退場だろう。しかし、全く反応が無い。室内には沢山の書物があり、どれも埃を被っている。目の前には本の壁があり、奥の様子は分からない。後ろを見れば、京子がしきりに辺りを気にしている。

 鈴花は京子の行動を不思議に思い、声をかけた。その言葉に京子は驚く。

「今誰かに見つかったら大変でしょうが。」

 再度周りを見る京子。よっぽど心配なようだ。

 鈴花は京子に応えつつ再び部屋の中を確認する。誰も居ないことを確認すると、さらに引き戸を引いて体ごと入れるようにした。そして、部屋の外に居る京子を見る。

「誰か居た。」

 鈴花の質問に京子は心配そうな表情で首を振る。今のところ誰にも見つかっていないようである。

「じゃあ、入ろうよ。」

 鈴花は開かずの間に体ごと入った。背後から京子の声が聞こえたが構わず進む。室内に入ると以前どこかで嗅いだ事のある匂いがする。具体的にどこであるかは記憶に無いが古い匂いだ。それに粉っぽい匂いもする。粉は埃だと考えられるのであまり体には宜しく無いだろう。

 鈴花が二、三歩歩くと、その隙間に京子が入ってきた。そして、すぐに引き戸を閉める。京子は大きくため息をつくと彼女を見た。

「見つからなかったみたい。放課後で良かったわ。」

 京子の視線はそのまま部屋の中へと移動する。まず、真横に本の壁がある。見るからに厚い本が沢山積まれている。背表紙が見えるものもあるが全部日本語以外の言語で書かれているためか何と書かれているか分からない。

 鈴花は部屋の奥へと進んだ。真横にある本の壁を越えると、窓からの光に照らされた木のテーブルを見つける。テーブルの上にはやはり本の山がある。テーブルもその上に置かれた本も埃を被っている。見える範囲で最近何かが移動された形跡は見当たらない。

「この窓、曇りガラスなんだね。」

 京子は本に埋もれそうな窓を見ていた。彼女の目の前には彼女の身長ぐらいの本棚があり中には沢山の本がある。入りきらない本が棚の上に無造作に置かれ窓からの光を所々遮っていた。

 鈴花が周りを見るとテーブルを中心に四方向に本棚があることが分かった。出入り口側の本棚は小さく、同様に棚の上に本が置かれている。それでも置ききれないのか本棚の背後に本の壁を形成している。他二方は壁一面の本棚があり、本を取る為の小さな梯子もあった、

「なんだろう。この部屋。」

 鈴花はテーブルの横を通って壁一面の本棚に近づく。本の背表紙に目を通すも、見たことの無い本ばかりだった。

「そうだね。図書館にしては小さいだろうし。」

 京子は壁一面の本棚を見る。鈴花もつられて本棚を見た。この本がすべて落ちてきたら怪我は免れないだろう。

 鈴花は棚に入っている一冊を取り出して開いてみる。ページをめくっていくも彼女には理解できない内容であった。彼女は本を閉じて元の場所に戻す。

 鈴花が本を見ることを止めて京子の所へ戻ろうとした時、彼女の目の前に何かが降ってきた。それは床に落ちて鈍い音を発する。突然の事だったために彼女は飛びのき、遅れて気が付いた京子も同様に飛びのいた。

「な、何。何が降ってきたの。」

 鈴花はさらに後退しようとすると、動揺しているためか足を滑らせて尻餅をついた。彼女はさらに後退しようとしたが、本棚がそれを拒む。後退することが出来なくなり、ようやく降ってきた物体を見た。そして、天井を見る。そこには黒い穴が開いていた。彼女は物体にゆっくりと近づく。それはビニールに包まれた本のようで、上から紐で縛ってあった。彼女はそれを恐る恐る手に取る。ビニールは汚れていて、新しい物では無い事はすぐにわかった。

「ねえ、先生に知らせようよ。」

 京子は心配そうに鈴花に言う。しかし、鈴花自身は彼女の声よりも目の前の本が気になった。

 鈴花はゆっくりと紐を解き、ビニールを取る。中には黒く分厚い本があった。しかし、不思議と重くは無い。

「綺麗。ビニールに包まれていたからかな。」

 鈴花は表紙や背表紙、裏表紙を見る。それぞれの表紙には文字の代わりに模様が描かれていた。彼女は黒い本を開く。しかし、いくらめくっても白紙のページのみである。彼女は首を傾げながらも本を閉じた。本を閉じると表紙の模様が一瞬光り、本その物が跡形も無く消えてしまった。

「え、なんで。どこいったの。」

 鈴花は今さっきまで本を載せていた手を見る。そして、辺りを見た、しかし、先ほどの本は見当たらない。本を包んでいたビニールも紐も同様に見当たらない。

「この部屋なんか怖いよ。早く出よう。」

 鈴花は京子に腕を引っ張られながら開かずの間を出た。その間も、彼女は消えた本が気になった。何故消えたのだろう。そして、何のために。

 鈴花はもう一度開かずの間に入ろうとしたが京子が止めた。

「戻っても何も無いよ。今日はお互い疲れているんだと思う。帰って休もうよ。」

 鈴花は京子の言うとおり素直に帰宅した。しかし、帰宅してからも黒い本の事が頭から離れず結局そのまま次の日を迎えた。

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