2-4
12時25分のチャイムが校舎に響き渡る。
絵を描き始めて、いつの間にかもうお昼を過ぎていた。
「夏川さん、そろそろ切り上げて続きは明日にしましょうか」
描いていた筆を置き、先輩が私の所に近づいてくる。
私は急いでスケッチブックを閉じ、隠すように鞄の中にしまう。
「今日は何の絵を描いていたんですか?」
にっこりと微笑みながら先輩は聞いてきた。
「あ、いえ…」
「また秘密、ですか?」
チラリと先輩の顔を見る。先輩は少し困ったような笑顔をしていた。
その顔を一瞬見てから私はまたすぐに視線を落とし、すぐさま立ち上がった。
「……すみません」
私は小声でそれだけ言うと参考にしていた画集と鞄を持って急いで教室を出て行った。
後ろから呼び止めようとする先輩の声を無視して振り向かないように、立ち止まらないように私は昇降口まで一直線に向かった。
一階に差し掛かったところで、ふと後ろを振り向く。流石にそこには先輩の姿はなかった。
私はそれだけ確認すると昇降口に行き、自分の下駄箱の扉を開いた
中に入っていた靴はズタズタに切り裂かれていた。おそらくあの3人の仕業だろう。
ズタズタになった靴を見て、ため息がこぼれる。
その靴に無理やり足を入れ、校舎から出て行った。
幸いなことに自転車には何もされていなかったため荷物を籠にほりこみ、さっさと学校から立ち去った。
昼を過ぎ、太陽の日差しはさらに強まっていた。
蝉の鳴き声は相変わらずうるさく、漕いでいるペダルが重く感じる。
漕ぐたびに靴の切れ目が擦れて足が痛い。
私は無言のまま自宅への道のりを真っ直ぐ帰った。
家には15分程度で着いた。
自転車を車庫の端に止め、籠のものを乱暴に掴み取る。
鍵を開け、ズタズタの靴を踵を踏みつけるように無理やり脱ぎ捨て、2階の自分の部屋へとすぐさま駆け上がった。
部屋に入るなり、すぐにクーラーの冷房をつけ、カーテンを閉めた。
荷物は机に投げやり、制服を脱ぎ捨てる。
脱いだ制服を踏みつけながら適当な部屋着を手に私は脱衣所へ向かった。
脱衣所にある鏡越しに自分の姿を見つめる。
ーー酷い顔…
まるで悪い夢でも見ていたかのような、そんな顔。
しかし肩に残っている爪が食い込んでいた痕がまるで夢ではなく現実であると言ってくるかのように強く主張してくる。
その爪痕を隠すように私は強く引っ掻き傷を上書いた。
私は下着を脱ぎ、洗濯機の中に叩きつけるように入れて風呂場に入った。
ぬるま湯のシャワーを浴びる。
靴のせいで擦れた足にシャワーがかかるたび小さな痛みが走る。
クソみたいな日常、つまらない生活、見たくもない現実。そんないらないものを突きつけてくる奴らなんて全部全部無くなればいいのに…
擦り傷の痛みを上書きするかのように私は自分の足を何度も踏みつけた。
風呂場から出た私はズタズタの靴と車庫の物置から小さなスコップを取り出し庭にまわった。
昔は芝生が敷いてあった庭だが今は除草剤が撒かれて見る影もない殺風景な庭。
そんな庭の端の一角をスコップで掘る。
掘っている間、ずっと脳裏に学校での光景がフラッシュバックしていた。
痛い事も辛い事も私にとってはどうでもよかった。
そんなものは全て悪い夢、いつもそうやって片付けては夢の世界に行っていた。
でも、傷ついた身体や壊された物がこれは現実だと叩きつけてくる。
鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい
カンッとスコップが石に当たる感触でハッと我に帰る。
気がつくと目の前に大きな穴が空いていた。
スコップを地面に突き刺し、穴の中にズタズタになった靴を埋めた。
埋めた地面を見ると3人の顔がまたフラッシュバックする。
私は埋めた場所を何度も何度も踏みつけた。
物置にスコップをしまい、靴箱から予備の靴を出し、手だけ洗って私は自室へと戻った。
薄暗い部屋。
クーラーの音と窓の外から少し聞こえる蝉の鳴き声。
机にある鞄からスケッチブックを取り出し、適当なページを開く。
何でもよかった。忘れられるなら、ここじゃない世界に行けるなら。
開いたページのまま枕の下におき、耳栓をしてベッドに横たわる。
私は昼食も口にせず、そのまま夢の世界に旅立った。