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「おはようございます、すみません遅くなっちゃって…」
にっこりと笑いながら美術部部長の森美幸が入ってきた。
「あ、森先輩おはようさんです〜」
「おはざま〜す」
「おはーっす」
教室に入ってすぐ先輩はその返事に動きを止める。
「由里香さん、由美さん、恵那さん、今日は来ていただけたんですね」
目を泳がせながら、少し戸惑うようにか細い声で先輩は言葉を発した。
「すみませ〜ん、うちら中々顔出せんくて…」
「いえ、そんな…」
「本当は来たかったんですけど〜」
「まぁ私達色々家が忙しかったんで、大目に見てくれますよね?」
スマホを弄りながら上辺だけの謝罪と威圧とも取れる言い訳を述べる3人。
その言葉に先輩は小さな声で「しょうがない事ですから…」とだけ言って教室の中へと入ってきた。
勿論、家庭の事情なんてあいつらのついた嘘でしかない。先輩も薄々それには気づいているんだろう。
この部には顧問はいるが滅多に、というかほとんど顔を出してこない。
ここの顧問をしている武田先生は吹奏楽の副顧問もしていて普段はそっちにかかりっきりになっている。
まぁノルマも無ければ大会とかコンクールにも出ないようなこの部よりもそっちのが大切だからなんだろう。
実質、この部を動かしているのは先輩だった。
そんなこの部も私が入った時は先輩1人だけで廃部の一歩手前だったようで、廃部を免れるにはこの年で4人新しく部員を入れる必要があったらしい。
私が入部し、残り3人が見つからずもうどうしようもなかった時、この3人組が条件付きで入部してもいいと言ってきた。
その条件は、自分達のする事に目を瞑るという事。
その条件に最初は戸惑っていた先輩だったが、廃部の期間が迫っていた事もあり渋々了承し、部は継続出来た。
しかし、その代償に先輩はこの3人の素行に対して何も言えず、ほとんど言いなりの状態になってしまった。
「きょ、今日も描きたい絵を準備室から持ってきて描いてください。完成した絵は私が武田先生の所まで持っていきますから、出来たら渡してくださいね」
教卓に立った先輩が大きな声で今日の方針を発表した。しかしその視線は3人の方をチラチラと気にしていて、何処か怯えているようにも感じた。
「あー、すみません。うちら今色々忙しいんで見学で〜」
スマホを弄りながら手をひらひらとたなびかせ由美は気だるそうに言う。
と言っても毎回この3人がまともに絵を描いている所なんて私も先輩も見た事がない。
来たところでうるさく喋っているだけ。
ーーほんと、邪魔でしかない
チラッと3人の方に目をやると恵那と目があった。
瞬間、咄嗟に目を逸らしたがもう遅かった。
「夏川さ〜ん、何か言いたいことありそうだね、どうしたの〜?」
作ったような猫撫で声で恵那は私に問いかけてきた。それと同時に全員の視線が私に集中した。
「…別に、何も無いけど」
「遠慮しなくてもいいんだよ〜?なんでも言って?私達、友達でしょ?」
言い方とその台詞で背筋に悪寒が走る。
気持ち悪い…
こいつは他の2人とは別のねっとりとした気味の悪い何かを感じる。
こいつとは、恵那とは出来るだけ口を聞きたくない。
私は何も言わずに視線を晒し自分の鞄に手をかける。
「ねぇ宮子〜、だから無視は良くないって言ってんじゃん。恵那が可哀想だよ?」
椅子から立ち上がった由里香はゆっくりとこちらに近づき、私の方に手を置いてきた。
「ほら、言いたいこと、言って?聞いてあげるから」
耳元で囁くように言いながら由里香の手にゆっくりと力が加えられ、宮子の肩に由里香の長い爪が食い込んでいく。
「ーーっつ!」
私はその痛さに少し顔を歪める。
徐々に力が強くなってくる。
私はその痛みを黙って必死に耐えた。
「どないしたん宮子ちゃん?黙ってたら分かれへんで?」
ニヤニヤしながらこっちを見ている由美。
あぁ、ほんと…
ーーお前らここにいる意味ないじゃん
「……それが、言いたい事?」
由里香の手の力が一層強くなり、爪がさらに食い込んだ。
「ーー痛っ!」
思わず声が出る。
「宮子ちゃん、流石にひどない?」
低い声で、由美がゆっくりとこちらに歩いてくる。その目には怒りがこもっている。
「あ、あのっ!」
その時、教卓の方からの大きな声が上がり全員の視線がそちらを向く。
「なにか?先輩」
その由里香の声に怯みながら、先輩はゆっくりと続けた。
「せ、せっかく入っていただいたのにまだ3人とも絵を描いていただけてないから…宮子さんもそこが少し不満に思っちゃったのかなって…だから皆さんで一緒に絵を描いて、その、親睦を深めれたら…いいかなって思ったんです…けど…」
目を泳がせながら、必死に言葉を紡いで先輩は3人に提案した。
その言葉に由里香と由美は止まったまま、じっと先輩の方を睨みつけていた。
「ねぇ先輩、なに私らに指図してんの?」
ドスの効いた由里香の低い声が沈黙の教室に響いた。
その声に先輩はビクッと身体を震わせる。
「誰のおかげでこの部続けれてるんだっけ?」
由里香が目の前の誰も座っていない椅子をガンッと蹴り付けながら今度は大きな声で問いただした。
「まぁまぁ由里香、そんなにカリカリしたらダメだよ〜」
そんな今にも爆発しそうな由里香に恵那が笑顔で近づき仲裁に入った。
そんな恵那を睨みつけながら由里香は舌打ちし、自分の鞄を掴み取り教室を去っていった。
そんな由里香にのあとを追うように残りの2人も教室を去っていった。
3人が出て行った後、先輩は地面にへたり込み数分間動かなかった。
私は静かになった教室で肩の痛みを感じながら1人、準備室の中へと入っていった。
ーーー
「クソが!まじムカつく!」
校舎の壁を思いっきり蹴り付け由里香は思いの丈を叫び散らした。
「ほんまに、何様のつもりなんやろね」
スマホを弄りながら由美は同調する。
「何様のつもりだよまじで。誰のおかげであんなくそみたいな部が残ってると思ってんだよ」
「ほんまそれな〜。ってか恵那ちゃんなんで止めに入ったん?あん時うちも結構腹立ってたんやけど〜」
「ん〜、まぁあの人が言ってることも正しいっちゃ正しいからさ〜」
「はぁ?じゃああいつらと混じって絵でも描けって言いたいわけ?あり得ないんだけど」
苛立ちながら由里香は恵那に背を向けた。
「まぁまぁ、ただ絵を描くんじゃ私も馬鹿みたいだしさ、あの人も言ってたじゃん。一緒に仲良くってさ」
ニタリと笑いながら恵那は2人に話を持ちかけた。
それを聞いた2人もまた、にやりと笑みを浮かべていた。