海は広いな大きいな
「ヨーロローロローレッヒー♪」
カイトはア○プスの少女ハ○ジを口ずさみ、スキップしながら城内の庭を歩いていた。
「いやー、今日はとてつもなく曇ってるなー!快晴のテンションでいるけども、空には雲しかないぜい。」
何故カイトが狂気染みたテンションでいるのか。それは今日が稽古の休みで、勉強もキリが良かったからである。例えるなら、月曜日が祝日かつ部活もオフみたいな状況である。それなのにも関わらず、こんな日に限って天気が悪いのはテンプレートであるため、こうやって無理やりテンションを上げないとやってられないのである。
「今日は何しよっかなー。街でも歩いてみるか?」
こうしてカイトはウキウキ気分で城門までやってきた…が、
「だめです。」
「はい?」
城門付近の衛兵がカイトの外出を拒絶する。
「場内及び城門周辺は我々五番隊の管轄ですので。我々の許可がないと出られません。」
「ふっ、あんまり言いたくないが、俺は国王だぞ?」
「逆です!あなたが国王だから、外で何があるか分からないので外出は許可できません!」
「頼むよー…今日は休みなんだよー。なのにこんなに曇りで、レオナも騎士団の仕事、ギークも仕事、暇なんだよーー!!外に出させてくれよぉぉ。」
「だ・め・です!」
「辛辣!無慈悲!人でなし!」
「ハハハ。人でなしで結構!」
「ぐぬぬぬぬ」
どうやら相手の方が1枚上手のようだった。
(まずい!このままでは俺のバケーションが。)
「どうなされましたかな?カイト殿。」
「はっ!」
そこに現れたのは一番隊隊長アーヴァンポルセシウスだった。
「あっ、ご苦労様です!アーヴァン様!」
衛兵が深深と敬礼をする。
「何があったんですかな?えっーと…」
「はい、五番隊所属、ローエン・マウエルです!」
そして、ローエンと名乗る衛兵はアーヴァンに状況の説明をする。
「ガハハハハ。どうやら小競り合いでもしていたようですな。」
「小競り合いとはなんですかアーヴァンさん!こっちは死活問題なんですよ!?」
「なーにが死活問題ですか、暇だから外出しようとしてただけでしょ?」
「こんにゃろぉー!ぶん殴ってやる!!」
カイトが顔を赤くしてローエンに殴りかかる。しかし、虚しくもアーヴァンに軽く止められてしまった。
「まぁまぁ、お二人共そんなカッカしないでくださいな。そうじゃ、儂が付き添いをすればよいのではないですかな?」
「あ、え、それは確認しないと…少しお待ちください。」
ローエンは携帯のような、それよりも丸みを帯びた物を取り出し、どこかに話し始めた。
「あれはなんですが?(スマホみたいだけど)」
「ああ、あれは水流式丸型ホールド通信機です。最近の若者が好んで使うアーティファクトで、頭文字を取ってスマホと呼ばれているそうですな。いやはや、あんな物は儂ら老人には使えますまい!」
「へぇーそうなんですね(マジでスマホだったんだ。)」
「今アルガード隊長に確認取ったんですけど、だ、大丈夫だそうです…」
ローエンは恥ずかしげにそう言った。さっきまであんな態度を取ったから申し訳なく思っているのだろう。しかし、激昴していたカイトには、その思いを汲み取る気は微塵もない。
「へっ!通れるなら始めから通しやがれ!俺の事を煽った罰だ!」
「くっ!す、すみませんでした…」
「え?あの、その、ま、まぁ分かればいいんだけど。お、俺も言いすぎたかもとか思ったり…」
嫌味たらったらに言ったものの、謝罪されるという思わぬ展開にタジタジになってしまうカイトであった。
「いやー付いてきてくれてほんとにありがとうございます。おかげでバカンスを楽しめそうですよ。」
「ばかんす…また難しい言葉ですなぁ」
「要は休日を堪能できそうってことです。城下町周辺に遊べる場所とかあるんですか?」
「そうですなぁ、ジジイには若者が喜ぶ所は分かりませぬ。」
「そっかぁ、元の世界には遊園地とかあったんだけど流石にここには…」
「ゆうえんちですか?それならカイト殿が思っているのと同じかは分かりませぬが、以前アルガードが言ってましたな。」
「え、ちなみにどんなとこか聞いた?(スマホの件もあってか信頼できるかも)」
「確か、カインズ公園にある『愉快なウルトラエンタープライズチキンランド』略してゆうえんちですよ。高いところから落ちる馬車やぐるぐる回る馬、高いところで回る車輪などがあるようですよ。」
「まじで!?思ってた通りですよ!」
「ハッハッハ、ならそこに行きましょう。私も若者に近づきたいですしな。」
(まじかよ…でも、大分無理矢理感あったぞ?なんだよチキンランドって…しかも、エンタープライズって…異世界なのに英語とか意味わかんねぇ…)
英語と日本語の混じった異世界のよく分からない言語構造に苦しみながらも、アーヴァンに着いていく。
そして、カインズ公園に着いた時、衝撃の事実が判明した。
「ちなみに、さっき言っておったチキンランドの名前は嘘です。」
「は?え?どういうこと?」
「本当はチキンランドが正式名称です。それ以前の言葉は全部嘘です。」
「え、じゃあエンタープライズとかは?」
「どうしても『え』に合う言葉が思いつかなく、適当に作りました。いやー、お恥ずかしい。」
「うそん…(なんでこの爺さんはちょっと照れてるの?)」
カイトはアーヴァンの謎ブラフに困惑しつつ、カインズ公園の西方に向かう。普段行くナミール湖は北方だから、そっち方面は初めてだ。
「カインズ公園って本当に広いですよねぇ。もう10分も歩いてるけどそろそろ着いてもいいのでは?」
「国1番の公園ですからなぁ。ほれ、もうじき着きますぞ。」
「え、ここ?」
園内を歩くこと15分、そこでカイトが目にしたものとは?
「ガチでチキンランドじゃん…」
そこにあったのは、鶏のキャラクターのような看板がデカデカと飾られた入場門。中を見渡すと全体的に黄色で統一されている。子供が圧倒的に多く、騎士団最年少であるアルガードが話題に挙げていたのも納得である。
「よぉーし!遊ぶぞー!」
「ハハハ、元気ですなぁ。」
「遊ぶ金は全部経費で落とすぞぉー!」
「それは私が報告するので無理ですぞ。」
アーヴァンが、ズルを超えて横領を働こうとしていたカイトを宥め、パーク内に入った。
「ひゃっほぉーい!」
「うわぁぁぁーー!」
「ひぃぃぃぃーー!」
最初は楽しかったものの、想像以上にジェットコースターみたいな乗り物(木製のくせに速いし落差が大きい)やお化け屋敷みたいな施設(黄色い鶏が笑顔で追いかけてくるのはある意味怖すぎる)など、全体的に絶叫要素が強く、後半は悲鳴ばかりあげていた。
「ゼハー!怖すぎ!富○急より怖いわ!」
「いやー、ジジイにとっても存外楽しめるのものですな。どうです?もう一度ドラゴンスライダー乗りませんか?」
「嫌です!なんであんな角度あるんですか!?50度はありましたよ!」
「カイト殿も、貧弱ですなぁ。まだまだ修行が足りませんかな?」
「ぐぬぬ、ならば乗って見せよう!」
「それでこそ国王の器ですぞ。」
「ウプ…し、死ぬ。」
結果、惨敗であった。
「弱いですなぁカイト殿は」
「さっきと同じこと言うな!やば…吐く…」
「それでは向こうの椅子で休みましょう。」
カイトとアーヴァンはベンチに腰かけ、飲み物を飲みながら話をしていた。
「今日は遊び疲れましたよ。へとへとです。」
「確かに、この老体にもキツいですぞ。」
「ジェットコースター4回、お化け屋敷2回、高速コーヒーカップ3回乗っておいてよくそんなこと言えますね。」
「ハハハ。これでも現役の騎士ですから、弱音など吐いていられますまい。」
「いやー、さすがっすねー。」
完全に棒読みで返答するカイト。すると、
「どうです?気晴らしついでに夜景でも観に行きませぬか?儂もたまに行くとこがあるのです。」
「夜景かぁ。」
「本当ははレディと行きたいことと思いますが、我慢をお願いいたします。」
「いやいやそんなことないっすよ!…なんか、おじいちゃんと遊んでるみたいで、楽しかったです。俺には家族がいないので、こうやって誰かと遊ぶなんて考えもしませんでしたから。」
「そう…ですか。それじゃあ向かいましょう。日が暮れてしまいますぞ?」
そうして2人はカインズ公園を抜け、馬車に乗って(アーヴァンの奢り)マリンチュア東南にある鯨誕の丘までやってきた。どうやら、千年前に白鯨が現れた海に近いことからそう名付けられたらしい。
「儂が若い時は恋人やら子供やらが沢山来たのですが、カインズ公園が出来てからはまっぴら誰も来なくなりましてな。儂はここが好きなんですがね。」
「なんだか悲しいですね。自分が好きな物や場所が風化してしまうのは。」
「そうですなぁ。でも、誰も来ないということは独り占め出来るということですからね。」
アーヴァンが微笑みながらそう言う。しかし、その顔にはどこか哀愁が漂う。鯨誕の丘は町に比べて標高が高く、道中は少し坂が急になっている。そうこうしてる間に、馬車は目的地へ到着した。料金を払い、2人はさらに歩く。
「丘をもう少し南に進むと、他より標高が高く、草木が生い茂る廃墟になった小屋があって、そこからの絶景は儂の心を癒してくれるんです。」
気づけば辺りは暗くなっている。空は水色から紺色に変化しており、風の音と草木の揺れる音だけが耳を鳴らす。手入れははっきり言ってされておらず、獣道のようで歩きにくい。しかも、進めば進むほど森のようになっており、登山をしているようだった。しかし、カイトはどこか冒険しているようで、気分が高揚していた。
「着きましたよ。」
「うっ、草がボーボーで何も見えないんですけど?」
「2階に上がるんですよ。さぁ、入りましょう。」
そこにはオンボロの小屋があった。木製で、所々が朽ちて剥がれている。コケやツルが生い茂り、汚いが、雰囲気は抜群だ。
「ほら、ここの窓から見えますよ。」
「す、すげぇ〜!めっちゃ綺麗だ!」
カイトの目に映るのは、満天の星空と、地平線まで広がる海であった。どうやら、この小屋が立つのは丘の端っこで、海に近いようだった。窓からは程よい潮風が吹き、さざ波の音が微かに聞こえる。紺色の空には金色に輝く星々。海は黒く染まるが、月光に照らされて、一部分だけが白く輝いている。今夜は満月ということもあってか、そこだけサークルを描いているようだった。
「これは絶景ですね。どうしてこんな場所、誰も知らないんだろうか。もったいないなぁ。」
「儂も思います。でも、これを独り占めできるのはやはりいい。仕事や戦いで疲れた時はいつもここに来るんです。」
「やっぱり海っていいですね。広くて大きくて、俺たちを包み込んでくれているようです。
「カイト殿にとって、海は母のような存在なんですな。」
「そうかもしれないですね。」
しばらく無言が続く。ボーッと景色を眺めていると、何もかもを忘れられる気がした。
「アーヴァンさん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい、なんなりと。」
「アーヴァンさんは、なんで騎士団に入ったんですか?」
ふと疑問に思った。アーヴァンは騎士団一の古株。何か特別な理由や思いがあったのだろうか。
「親に言われたからです。当時は古い考えの輩が多くて、男は皆騎士になることが家の誇りと言われていた時代だったんですよ。儂の家も田舎で権力を奮ってた家なので、若い時から剣を振らせられました。」
「失礼な聞き方かもしれないですが、なりたくてなった訳じゃないんですか?」
「単刀直入ですな。…そうですね。正直なりたくなかったですよ。何度も辞めたいと思いました。」
「じゃあ、転職とかは考えなかったんですか?」
「綺麗事に聞こえますが、辞めたら負けだと思ったんです。当時は家への反骨心が強かったから。」
(思ったより重い話だった。)
「でも、後悔はしていませんよ。」
「え…?」
「儂は騎士になったことを誇りに思っとります。家の言いなりになったのは癪ですが、騎士団に入って60年。色んなことを学びました。仲間の大切さ、戦いの醜さ、怪獣の恐ろしさ、そして自分が剣を振る理由。」
カイトは真剣に話を聞いていた。彼の騎士としての人生は一言では語りきれない。色んな経験、葛藤、失敗、覚悟があったに違いない。
「1番大事なのは、正しい選択をすることじゃない。チャンスをものにしろとは言いますが、そんなの無理です。間違った選択をしてもいい。失敗してもいい。そのような選択をしてしまっても、それを自分の力で正しい選択に塗り替えればいい。最期にそれが良かったと思えれば過程なんでどうでもいい。終わりよければ全てよし。儂はこの考えで生きてきました。だからこそ、騎士になったことも後悔していないし、今ではなって良かったと思ってますよ。楽観主義すぎることもたまに傷ですがな。ハッハッハ!」
「深いですね。やっぱり言葉の重みが違う。」
「いやいや。カイト殿はまだ若いから、これから幾多の困難が待ち受けているでしょうな。でも、しょげないで立ち向かって下さい。それがどんな結果でも、あなたならきっといい方向に変えられる。儂が保証しましょう。」
「ありがとうございます。アーヴァンさんが言うのだから間違いないですよね。」
「過大評価ですぞ?」
そう笑うアーヴァンの横顔は、普段の明るい爺さんではなく、歴戦を戦い抜いた老騎士のように、気高いオーラを放っていた。
「夜も大分更けてきました。このままではまたレオナ殿に叱られてしまいますな。」
「はっ!それだけはごめんですね!帰りましょうか。」
そして2人は丘を下り、また馬車で帰った。長いようで短い、カイトとアーヴァンの休日は幕を閉じた。
しかし、カイトは最後にやり残したことがあり、第5騎士団詰所まで向かった。
「すみません、ローエン隊員はいらっしゃいますか?」
「あ、ローエンマウエルですね?少々お待ちください。」
そう、カイトはアーヴァンの「良い選択に塗り替える」という言葉を聞いて、今朝の小競り合いを謝りに来たのだった。
「はいはーい、何か御用で…カイト様じゃないですか?どうしたんで…」
「ご、ごめん!朝はしょうもないことで声荒らげたりして、国王のくせに大人気ない対応をしてしまった!これは詫びの品だ!」
ローエンが言い終わる前に食い気味に謝罪の念を発する。カイトが深深と頭を下げ、チキンランドで購入したチキンクッキーを手渡す。
「プッ…アハハハハ。頭上げてくださいよぉ。そんな賄賂みたいなもの、受け取れません。」
「え、ああ、これはいらないのか…」
「こちらこそすみません。失礼な真似をして。」
「うう、お前良い奴だな。」
「お褒めに預かり光栄でーす。じゃあ、クッキーは要らないので、1つお願いしてもいいですか?」
「できる限りの事はするが?」
ローエンが何か企んだような顔を見せ、カイトの前に手をさし伸ばす。
「俺と友達になって下さいよ。同期の騎士がいなくて、馬の会うやつが居ないんです。」
「そ、そんなことでいいのか?」
「ええ、なんだかあなたとは仲良くなれそうな気がするので。」
「じ、じゃあまずは友達からで。」
カイトは少し戸惑いながらも手を握る。
「そんな告白の返事みたいなこと言わないでくださいよぉ。」
「こっちも外に出ないから人と会わないんだ!」
「そんな箱入り娘宣言しないでくださーい。」
「なんだと!?生意気言いやがってぇ…」
2人は互いを睨みつけたあと、顔を緩ませた。
「「アハハハハハ!」」
「改めてよろしくな、カイト!」
「切り替えが早いな、お前は。」
そして2人はもう一度握手を交わし、クッキーと紅茶を楽しんだ後、カイトは自室に帰った。部屋の時計を見ると12時を回っており、レオナにブチ切れられたのは言うまでもない。茶髪の一見チャラそうな騎士、ローエンマウエルは、カイトにとって異世界初の友達になったのだった。