継承
今回の話から、第2章「荒ぶる海女神」編が始まります!導入部分が終わり、次回以降物語が動いていきますので乞うご期待!
戴冠式から2ヶ月が経過した。黒鯨騎士団の襲来は、国民に大きな不安を残した。幸いにも死者や怪我人はいなかったようだ。その後、戴冠式は続行不可能(延期してもまた襲われる危険性がある)と判断され、カイトはひっそりと国王に就任した。
「もっと腰を使って!そうです!その調子!」
カイトはその後、アーヴァンから剣術の指南を受けていた。
「ハッ!セヤッ!テェイ!」
みっともない声を出しながら、カイトは木刀を振っていた。
(やばい…体力には自信があったのに、めっちゃ疲れるんですけど!?)
「まだまだですね…」
カイトの胴に、アーヴァンの木刀が素早く叩きつけられる。
「グッハァ!」
カイトは見た目大袈裟に倒れ込んだ。
(うぅぅ、人が本当に痛いと感じると声が出ないって、マジだったのかよ…)
カイトは腹を抱えて、数分の間悶え苦しんだ。
「アーヴァンさんは…やっぱり強いんですね。」
「まぁカイト様はまだ剣を初めて2ヶ月ですからな。それにしては上出来ですわい。儂は剣を振ってもう70年です。これで弱かったら儂の70年は無駄になりますからな!がはははは」
「あはは…はは。」
(こんな豪快に笑う爺さんとは思わなんだ。)
アーヴァンはどう反応したらいいのか分からない洒落を言っているが、実力があることはひしひしと伝わる。老人とは思えない腕の筋肉、ベテラン騎士を感じさせる慣れた剣さばきと、若剣士のような俊敏かつキレのある動きが同時に存在する。五剣帝の凄さと、それに匹敵する五剣魔の恐ろしさを改めて感じさせられた。
「さあ、稽古は始まったばかりですぞ?そうじゃ、儂の体のどこかに当てるまで終われないということにしましょう!」
「ぬぇーー!?そんなの一生終わらねぇよぉ…」
盛大にフラグを建設したカイトは、言葉の通り、稽古は夜まで続き、レオナに遅すぎるとキレられるまで続いた。
「フフンフーン♪」
カイトは以前レオナと行ったカインズ公園内のナミール湖で一人、釣りをしていた。
「前回は思わぬハプニングで釣りどころじゃなかったからなー。しかも、夜釣りだから誰もいねぇや。ラッキーだぜ!」
カイトは剣の稽古の休暇を利用して、この国の地理や歴史、政治について勉強をしていた。国王として、国について知ることは責務であると考えていたからだ。そして、勉強に区切りがついたため、こうして釣りに来てリフレッシュしていたのである。
「政治も今のところは王族の人たちに任せきりだしなぁ。なんか王様っていう実感が湧かない。こんなんで大丈夫なのだろうか…」
その時、カイトの釣竿が動いた。
「キタキタ!これは大物の予感!」
湖は大きな水しぶきをあげた。そして、そこから出たのは、魚とは言えないほど、また、また大きな海獣であった。
「まてまてまて!海獣はもう出ないんじゃなかったのかよ!?」
これは一週間前のやりとりである。カイトは勉強の合間にレオナと話をしていた。
「思ったんだけどさ、ナミール湖ってたくさんの人が釣りに来たりピクニックとかするところなんだよな?」
「そうですよ。なんせマリンチュアで3番目に大きい湖ですからね。」
「なのにさ、前みたいなデカイ海獣が現れても大丈夫なのか?危ないだろ?」
「恐らく、魔力の歪みが原因だったんでしょうね。時々起こるんですよ。普段は穏やかな波のように流れる魔力が歪んで、一時的に魔力が膨大したり縮小したりするんです。そして、海獣は魔力が強い場所に集まる習性があるので、ナミール湖で一時的な魔力の膨大が起こったんじゃないですか?」
「そうなんだ。なら安心…なのか?」
「はい。しばらくは起きないと思いますよ。」
「グルルォグルァ!」
海獣が咆哮する。その声の大きさは、地面が少し揺れるほどであった。
「やべぇ、あれ本で読んだぞ。ドラニアだ!」
ドラニアは、蛇の様な胴体にピラニアのような頭部がついた、リザードフィッシュの上位眷属である。大きい個体だと5メートルは優に越えるという。
「うわっ!」
ドラニアがカイトを目掛けて突進してくる。カイトはそれを咄嗟のところで避けた。
「危なかった。アーヴァンさんとの稽古が役に立ったぜ。」
ドラニアがぶつかった地面は、隕石が落ちたかのように抉れていた。
「あんなの直撃したらひとたまりもないぞ…」
「グルルル」
ドラニアが次の攻撃の機会を狙っている。
「今のうちに武器になりそうなものを…うっ!」
カイトがその場を動こうとしたとき、異変に気づいた。
「あ、足が…」
いくら回避できたとはいえ、受け身ができていないと体への負担は大きい。カイトは避けて倒れ混んだ際に、足から倒れてしまったようで、捻挫したようだ。
「嘘だろ…頼む、動いてくれよ!俺の足っ!」
時を同じくして、五剣帝会議が行われていた。
「この頃、海獣が市街地にも出現しているとの報告が多いのですが、どう対処いたしますか?皆さんの意見を伺いたい。」
ギークが会議を進める。今回はカイトの代理としてレオナが出席している。
「魔力の歪みが多発しているのも最近だ。まずはその予測ができない限りは対策は難しいであろう。」
アーサーが切り出した。
「その通りですが、ここまで歪みが多発するのは珍しいでしょう。しかも、調査によれば歪みの大半は魔力が増えることばかりで、少なくなることはない。何か法則があるように思えます。歪みの元を叩くべきでは?」
アルガードがアーサーの意見に反論する。
「俺はガキの意見に賛成だ。魔力が大きければ大きいほどウザイ海獣が増える。そいつらが大量に出れば雑魚騎士どもは無駄死にするだけだ。」
スランが少々過激な発言をする。
「儂はアーサーに賛成じゃ。我々の調査によれば、夜に歪みが多発すると分かった。なぜかは分からんが、夜の警備を徹底すればある程度は防げるじゃろ。」
「あたいも爺さんに賛成だよ。根本を叩くっていっても、それが分からない間はどうしようもないからね。」
アーサーとクシャーナが続く。
ここで、1人の騎士が紙を持って来た。
「む、現在はナミール湖で魔力の歪みが発生していると報告を受けました。幸い、この時間はカインズ公園も閉園中のはずですし、明日からしばらく封鎖しましょう。」
「え!?」
ギークの提案に思わずレオナが声を出した。
「どうしたんだ?レオナ隊員。」
「今、カイト様が…」
どうやらカイトは、閉園時間を過ぎてもナミール湖にいたようだ。公園は国で一番広いため、どうしても園全体に警備が行き渡るわけではない。
「グルォラァ!」
怪我をして動けないカイトに、ドラニアが攻撃を繰り出そうとする。ドラニアの口内からは強大な魔力を感じる。
「これはいよいよヤバイぞ…チクショウ、今回は前と違って俺一人だからな。」
カイトがいくら試行錯誤を繰り返しても、逆転の方法が思い付かない。
「グァァーー!」
ドラニアがカイトに向けて水のブレスを放った。
「この一瞬だけでもいいんだ!動いてくれよ足!」
強大な水流がカイトへと近づいてくる。
「ここが俺の墓場なのか!?いや、そんなことにはさせない!せっかく異世界に来て楽しくなってきたところなんだ!ここで終わってたまるかコンチクショー!!」
カイトが何かを投げた。それはポケットにあった予備の釣り針であった。もちろん、こんなものであの巨体を倒すのは不可能だ。しかし、カイトは死ぬ前に一矢報いてやりたいと考えていた。
幸運なことに、ドラニアは投げられた釣り針から身を逸らした。それによって水流の向きが少しずれ、直撃は免れた。しかし、その威力は凄まじく、衝撃によってカイトの体は吹っ飛んで湖に落ちてしまった。
「ボボボボボ…助け…ボボボ」
湖底に沈んでいくカイトは徐々に息が続かなくなり、意識も遠のいていく
(やっぱ水って冷たいんだな…溺れて死ぬなら、漁師としては本望かもな…)
「起きろ、我が魂を継ぐ者よ。」
どこからか声が聞こえてくる。
(へへ、とうとう幻聴まで聞こえてきやがったぜ。)
そんな事を考えながら、カイトの意識は完全になくなった。
「これは幻聴などではない。さぁ、我が力を使って試練に立ち向かうがいい!」
謎の声がカイトにそう囁くと、湖底に沈もうとしていたカイトの体が青白い光に包まれ、水面に浮き上がる。カイトの体はまだ光を纏っており、濡れた髪は月光を反射させ、瞳は黒から青に変色している。しかし、その瞳にはコントラストがなく、まるで別人格、言い換えれば誰かがカイトに憑依したようだった。目の前にいるドラニアを、獲物を狩るが如く、じっと、そして冷たく睨みつける。
「グルルル…グルァ…」
ドラニアは、さっき自分が湖まで飛ばしたはずの敵が突然現れたことに驚き、警戒しているようだった。
「これが、カイトの体か。少しばかり貸していただこう。」
そう言うと、カイト(仮)はドラニアに向かって攻撃を始める。
「グルォラァー!」
ドラニアが何十もの水の弾幕をカイト(仮)に向けて発射する。それは先ほどよりも威力が高いように見えた。
「この程度で、私を殺せるとでも?」
カイト(仮)はその弾幕を全て右腕1本で破壊していく。そして、カイト(仮)はドラニアと数メートルまでの所まで距離を詰めた。ドラニアも危険は察したのか、後ろへと下がる。しかし、カイト(仮)はその一瞬の隙を見逃さなかった。ドラニアが後ろに下がる際、その巨躯から、どうしても胴体ががら空きになる。
「ふんっ、青二才が。」
カイト(仮)が体を下げ、足を踏み込み、右腕に力を込める。すると、カイト(仮)の右腕に青白い水の膜ができ、それなだんだん大きくなり、遂に先程ドラニアが放った弾幕1つ分くらいの大きさになると、それをドラニアの体にダイレクトに叩き込んだ。
「グォォォ!」
水が破裂する音と同時に、けたたましいドラニアの断末魔が響き渡ると、その巨体が地面に倒れ込んだ。
「ふぅ、お前に死んでもらっては困るのでな。護身用にも、これを持っておくといい。」
そう言うとカイト(仮)は、魂が抜けたかのように倒れ込んだ。カイトの横には、白い鞘に入った剣が置いてあったのだった。
「んっ…ここはどこだ?確か昨日夜に…」
「カイトしゃまぁーー!!」
「うわっ!いきなり…グヘッ!」
カイトが目を覚ますと、周りの状況を確認する暇を与えず、レオナが胸元へ飛び込んできた。
「生ぎででよがったですぅーー。」
「お、おう。心配してくれてありがとな。」
(この秘書、引くくらい泣いてるんだが!?)
「ふぇぇ、カイト様がもし海獣にボッコボコのギッタンギッタンにされてたらどうしようかと思いました〜〜」
「いや、俺がそんな18禁グロ画像みたいになってるとこ想像すんなよ!?」
「ぐろがぞー?よく分かりませんが、無駄口叩けるまでには回復したんですね!良かったです。」
レオナの天然強烈毒舌はしっかりカイトをノックダウン寸前まで追い込んでいた。
「無駄口て、そこまで言わなくても…」
「カイト殿、お目覚めですか!」
ギークが血相変えて飛んできた。それはレオナ同様、カイトの胸元に飛び込む勢いであった、
「ちょっと待った!美女ならともかく、おっさんには飛び込んできて欲しくないね!」
「はぁ、無駄口叩けるまでには回復したようですね。一安心ですよ。」
「うっ!全く同じ皮肉を…」
カイトはそこで、昨晩何があったのかを知らされた。あの後、レオナの報告を経てギークと五剣帝は早急にナミール湖へと向かったらしい。そこには腹が大きく凹んだドラニアと、その胴体にもたれかかったカイトが発見されたそうだ。カイトの腰に付いていた剣は騎士団に回収され、研究されるとのこと。カイトは3日間意識がなかったようで、この後検査があるとの事だった。
「ぐへぇーー、疲れたぁー。」
検査は1日中行われ、自室に戻れたのは夜更け頃だった。
「それにしても、なんで3日前、俺は生き残れたんだろうか?確か湖に沈んで、幻聴が聞こえて…そこからの記憶がないんだ。どうしちまったんだろうな、俺は。」
ギークが城内の研究施設から出て、騎士団本部へ戻ろうとする中、廊下でスランと出会った。
「よぉ、団長様。遅くまでご苦労だねぇ。」
「こんばんは。お心遣い感謝します。」
「今回の件、どう思うよ。」
「と、言いますと?」
「国王様は戦闘面でみたらど素人だ。なのにあいつが倒れた場所には伸されたドラニアもいた。」
「ああ、恐らくそれはカイト様が携えていた剣のおかげでしょうな。それを誰が与えたのか。大体の検討はついているので、後日五剣帝会議で報告します…」
「俺が気になってんのはそこじゃねぇんだよなぁ!」
ギークが言い終わる前に、スランが声を荒らげた。
「出来すぎてるとは思わねぇのかよ。いくら魔力の歪みが多発しているからと言って、だだっ広いカインズ公園の、しかもナミール湖に、ピンポイントで魔力の膨張なんて起きるのかね?」
「はぁ、たまたまに決まってるでしょ?万が一その歪みが人為だとしても、どうやってそれを操作するんですか?」
「…」
「少なくとも、白鯨騎士団にそのようなことができる騎士はいない。黒鯨騎士団にもそのような輩がいるとも思えない。というか、魔力の操作は神の領域ですよ?」
「そうか…それも、そうだな。俺の考え過ぎだったわ。」
「分かってもらえればいいんですよ。それでは。」
「ああ、お務めご苦労さんだ。」
ギークが去った後も、スランは怪訝そうな顔をしていた。
次の日の夜、臨時で五剣帝会議が開かれた。
「今回の騒動について、何故カイト様が素人にも関わらずドラニアを倒せたのか、そして、傍に落ちていた剣はなんだったのか、ご説明させていただきます。」
(え、素人とか、なんで今ディスられたんだ?)
「カイト殿が覚醒したんだろうな!ガハハハ!」
「喋らないと死ぬんですか!?アーサーさん!」
今宵も、アーサーの天然ボケとアルガードの強烈なツッコミによって、会議が幕を揚げた。
「まずは剣のことからなんですが、あれは、千年前の、我々の主神、白鯨の体の一部だということが分かりました。」
(えぇーー!俺そんなもん拾ったのかよ!)
カイトはとても驚いているが、他の隊長たちは冷静であった。
「あの、それがもし白鯨の一部だったとしても、どうやってそれを判別したんですか?千年前の生き物の死骸が保存されていたとでも言うんですか?」
アルガードが至極真っ当なことを言う。確かにそうで、カイトのいた日本でもお馴染み、非常食にも便利な缶詰でさえ10年も経たぬうちに食べることも危ぶまれる。それを千年だなんて、現実的ではない。
「この国には、特別な結界によって守られた白鯨の骨の一部が残されています。そして、剣の成分が大体それと一致しました。硬さ、色から見て、その剣は恐らく白鯨の牙であると判断致しました。」
(まじかよ…てことはもしかして、あの幻聴は…)
「白鯨の魂は未だカイト様の中で生きている。だからこそ白鯨がカイト様の中で蘇り、憑依し、ドラニアを倒したのだと思われます。これが事の顛末だと推測しました。」
衝撃の事実が告げられ、各々理解が完全に追いつかないまま、会議は幕を閉じ、1週間が過ぎた。
「なんか大きい話になってきたな。俺が白鯨の魂とその力を継承したってことなのか?でも今日の稽古ではアーヴァンさんにボコボコにされたからなー。」
「カイト様、コーヒーですよ。」
「あ、ありがとな。」
「何か、お悩みで?まあ、大体はお察ししますが、私で良ければ話聞きますよ?」
「やっぱり、俺には荷が重すぎる。こんなファンタジーみたいなこと起こっていいのかよ。」
カイトは元々一人暮らしだから高校には通えてはいないが、中学までは通っていた。学校で流行っていたマンガやアニメにもそう言う展開が多かったため、いざその立場になると戸惑いを隠せない。
「ふぁんたじー?は存じ上げませんが、私はカイト様を信じてますよ?」
「そうなの?新参者の俺になんで?」
「女の勘ってやつですよ♪」
「ハハハ、面白いこと言うな。」
「いやいや、カイト様だって。」
「あー、なんか笑うと元気出てきたわ。じゃあ、眠いし寝るわ。今日は稽古で疲れたからな。明日は筋肉痛不可避だ。」
「ふふふ、おやすみなさい。」
「おう。」
(後々のことは後で考えればいい。とりあえず今はこの日常を楽しもう。)
ポジティブな考えになったカイト。自分のあまりにも数奇な運命を、そう容易くは受け入れられないが、今与えられた役割、生命を大切に生きようと心に決めた。