戴冠式
創作意欲が沸かず、大分時間が経ってしまい、申し訳ありませんでした。
「あー」
「ああーー」
「うああーーーー!!」
「緊張するぅー!緊張しすぎてなんか出そう!」
戴冠式まで一日を切っている。
「大丈夫ですか!?なんか出たんですか!?虫ですか!?」
レオナがすごい勢いでまくし立ててきたので、カイトは少したじろいだ。
「びっくりしたぁー。比喩表現だよ比喩。」
「ひ、ゆ?」
「あー、例えだよ。」
「そうなんですね!安心しました。」
「で、何か用でもあるのか?」
「あ、はい。五剣帝のスラン様がお越しです。」
「分かったよ。じゃあ応接間まで行ってくる。」
(くーっ…あの人苦手なんだよな。)
カイトは城内の応接間まで向かった。
「スランさん、こんにちは。」
(うっ、頭が痛い。最近寝不足だからかな?)
「おう。まぁこっちは客として来てるんだ。そんな丁寧に言わなくていいよ。」
「そうですか。今日は何のようで?」
「まぁなんだ。この前は悪かったな。俺も直前まで酒を飲んでたもんで。カッコ悪いとこ見せちまった。」
「ああ、そんな謝らなくてもいいですよ。そりゃあんな夜遅くに集められたら誰だって怒りますよねw」
「ヘハハ!あんたの言う通りだよ。」
「そのためにわざわざいらしてくれたんですか?」
「ん?まあな。後はあんたへの鼓舞だよ。話はギークから聞いてるけど、あんた異世界から来たらしいじゃねぇか。」
「そうなんですよ。ほんとに、釣りをしてたら鯨に食べられてしまって、そしてこの世界に来た途端に王様になれ、何て言われて。災難ですよ。」
「鯨に食べられたのか?それは災難だ。あんなデカくて黒い物に食われたらそりゃあビビるよな。」
「ほんとそうですよ。」
「まぁ、国王はそんなに気を重くする仕事じゃねぇ。もっと胸を張ったほうがいい。」
「ありがとうございます。」
「それとだ。今日はお前に渡すものがある。ほらよ。」
スランが無造作に投げ渡した。
「これは、ペンダント?」
「ああ。まぁお守りみたいなもんだよ。」
「ありがとうございます。」
(不器用だけどいい人なんだなぁ)
カイトは心のなかでそう呟くと、ペンダントを胸ポケットに入れ、自室へと戻った。
「あ、お帰りなさい、カイト様!」
「おう。そういえばレオナ、先代の国王はどんな人だったんだ?」
「ああ、セシルス国王のことですね。彼はとても偉大な人物だったんですよ。」
「セシルス…か。何をやった人なんだ?」
「この国、マリンチュアの北にある、サンドリア王国との国交を結ばれた方です。」
「それは、そんなにすごいことなのか?」
「そりゃあもちろん!サンドリアはここショーナ半島の北方にあるゴナン大陸の三分の一を治める強大な国ですよ!?マリンチュアは国土が狭いので、大きな国と同盟を結ぶのは他国からの防衛だけでなく、威嚇にもなりますからね。」
「それはすごい…俺はそんな器じゃないなぁ。」
「なにをおっしゃいますか!カイト様だって国王の素質がありますよ!」
「例えば?」
「…」
「………」
「あ、そうだ。いいお茶が入ったんですよ!いますぐ淹れてきますね!」
レオナが全速力で逃げていった
「待て!このやろー!」
翌日、カイトとギーク、レオナは城内にある巨大なクローゼットルームにて、式のための正装をこしらえていた。
「この服なんてどうでしょうか。」
ギークは緑の派手な衣装をカイトに見せた。
「うーん?ちょっとダサくね?」
「そうですよギーク様。それよりこちらの方がお似合いでは?」
レオナはエメラルドブルーに光る、ギークよりも派手な服を持ってきた。
「お前、ブーメランだぞ?」
「ブー?めらん?」
「あーもう!異世界ギャップがすごい!」
カイトが頭を抱えていると、ふと一着の服に目が留まった。
「お、この服とかいいんじゃね?」
「ん?こんな服ありましたかな?」
「でも、とてもいい服じゃないですか。」
「ああ。これで決まりだな!」
マリンチュアの首都、マリンティア最大の教会、鯨信教大教会には、金色に輝く大きな鐘がある。戴冠式では、教会内でギークから冠と短剣を受け取ったカイトがこの鐘を鳴らし、集まった国民に向けて挨拶をするという流れで行われる。
控え室でカイトとレオナが雑談している。
「大事な場面の直前になると、なぜか緊張がほどける時ってあるよな。なんか、妙に冷静になれるっていうかさ。」
「分かります。でも、それってある意味諦めに近いですよね。」
「どう言うことだ?」
「直前に不安な気持ちになるのは当たり前です。でも私なんかは、もうどうにでもなっちゃえ!ってポジティブになれるんです。」
「なるほどな。時には諦めて割りきってしまう方が、案外うまく行くときもあるもんだ。」
二人は他愛もない会話を楽しんだ。そして、その時がやってきた。
「カイト様、準備ができました。さぁこちらへ。」
衛兵がカイトを呼び出す。とうとう戴冠式が始まる。
豪快なトランペットのファンファーレが教会に鳴り響く。教会の中には白鯨騎士団の五剣帝を含む騎士団の重鎮たち、王室の貴族、役人などが座っている。カイトはギークと共に控え室にいた。
「はぁ、緊張してきたな。」
「カイト様はなぜ、国王になることを引き受けて下さったのですか?」
「え?今さらだな。」
「普通の人、ましてや異世界から来たあなたが、すんなり国王になることを認めるのは、随分と異質なことだと思いまして。」
「ふふ、あんたから誘ってきたくせによく言うな。」
確かに、カイトは何も考えずに国王になったと見られてもおかしくはない。何も知らない異世界に来て、国王になるなんて都合のいい話があるわけがないからだ。
「俺自身もよく分かってない。ただ面白そうだっからかもしれない。おれは前の世界でも肉親がいなくて、漁港のみんなや近所の数人の友達としかつるんでなかった。でも、その生活がいつまで続くかは分からない。大人になれば働かなきゃいけないし、いつまで俺は1人で生活しなきゃならないのかと思うと不安だった。そんな時にこの世界に来た。突然王になってくれって言われて困惑はしたけど…それ以上に楽しそうだった。ここでなら憂鬱な感情とか将来の不安とかを忘れられるのかなって思ったんだよ。」
「そうですか。」
「な、なんだよ!自分から聞いてきて随分塩対応だなこら!」
「ハハハ、予想に反して真面目な回答だったので。」
「なんだよ、語り損じゃねぇか。」
「いいんですよ。あなたはそのままで。何も考えなくてもいいんです。」
「そうだな、そんなに重く捉える必要もねぇか。」
「そうですよ。さぁ時間です。」
扉が開く。ギークは白の鎧に青いマント、胸には白鯨の紋章が、刻まれている。
式は滞りなく進んだ。カイトは参加者の拍手に包まれながら、青白く光る短剣と、隙間から漏れる日光に照らされて威光を放っていた。特に、カイトが着ていた服は、王としての威厳を感じずにはいられなかった。
白を基調としたスーツに、首もとには青い波の刺繍が施されている。そして金色に縁取られた青いマント。カイトが被服室で見つけた衣装だ。
「おお、素晴らしいお姿だ。王にふさわしい。」
教会内に座る貴族が小さい声で呟く。
「ハッハッハ!いいぞぉ、カイトォ!なぁアルガード、アイツはこの中で俺が最初に会ったんだ。」
後方に座っていても誰か分かる大声でアーサーがヤジを飛ばしていた。
「うるっさいんですよ!これは大事な儀式なんですから静かにしてください!」
アルガードもそこそこ大きな声でアーサーにキレていた。
(うっ、恥ずかしいな…)
「気にしなくていいんですよ。」
ギークが優しく声をかける。
「ありがとう。」
カイトが緊張するのも無理はない。教会内にいるのはこの国の権威ばかりである。アーサーのように笑顔で見守ってくれてる人もいれば、完全にガンを飛ばしているように不機嫌な顔をしている人もいる。そんな人に限って前列に居座っているのだから落ち着かない。
(なんでこの人達怒ってんだよ!俺なんかしたか?)
カイトの緊張がほぐれない中、式は滞りなく進んだ。
はずだった。
ドカッ
突然、教会の扉を強く叩く音が聞こえる。
「なんだ!?」
カイトが叫んだ瞬間、扉が大きな音を立てて破壊された。
「みなさん!扉から離れて、裏口へお逃げください!」
ギークは咄嗟の判断で人々を誘導する。破壊された扉付近を粉塵が覆った。しかし、そこには確かに数人の人影が見えた。幸いにも、巻き込まれた者はいなかったようだ。
「なんだなんだ!?テロでも起こったのか!?」
カイトは今まで、体験したこともない出来事に戸惑いを隠せないでいた。
「分かりません。しかし、敵と思われる人物は5、6人。幸いにもここには五剣帝がいますので、よっぽどの敵じゃない限りは対処可能です!」
(そっか、なら大丈夫なのかも)
そんな柔な期待は、一瞬にして砕かれた。
「な、あいつらは!」
ギークが冷や汗をかいている。カイトは本能的に危険な状況であると察知した。
扉の方に目を向けると、5人の剣士がいた。白鯨騎士団と対照に、黒く禍々しい甲冑に紫のマント、胸には銀色に縁取られた黒い鯨のエンブレム。
「カイト様、離れてください。彼らはよっぽどの敵です。」
「なんなんだよあいつらは!」
「彼らは黒鯨騎士団の中核、五剣帝の対となる存在。『五剣魔』です!」
(おいおいまじかよ!いきなりラスボスレベルの敵じゃねぇか!まさか、この戴冠式の日を狙って来たのか?)
そうこう考えている内に、カイトの目の前に、水の斬撃が迫る。
「うわっ」
カイトはおもわず目を瞑った。
(くそっ、俺はこんなとこであっけなく死ぬのか!?)
しかし、数秒待っても痛みは来ない。カイトは恐る恐る目を開いた。
「突然攻撃とは、礼儀がなっていないようだな。」
目の前にはギークの剣が水滴を纏っている。間一髪のところでギークが守ってくれてたようだ。
「式では帯刀禁止と聞いていたが?」
五剣魔のなかでも、一際強そうなやつ(多分団長的な)がギークに話しかける。その男は長髪で、片目は隠れている。紅い目を持ち、手に持った柄の黒い太刀には同じく水が滴っている。おそらくこいつが斬撃を繰り出したのだろう。
「ふっ、良く下調べしたようだが詰めが甘かったようだな。団長である私だけ帯刀することが許されているのだよ。」
「そうか、まぁいい。お前ら、殺れ。」
「「御意」」
後ろにいた騎士たちが一斉に教会内へ侵入する。
「行くぞ、白鯨騎士団の腕の見せ所だ!ここにいる誰1人にも、小蝿1匹さえ触れさせるな!」
「「おう!」」
カイトが後ろを振り返ると、先ほどまで賓客を誘導していた五剣帝たちが各々剣を携えて五剣魔のもとへ走り出す。
「さぁ、ここは彼らに任せて、カイト様はお逃げください!」
「で、でも」
「あなたはこの時より国王になられたんです。すなわち、あなたはこの国の象徴であり、希望なのです!」
「分かったよ。」
カイトが逃げようとすると、
「カイト様!」
「レオナ!」
「私についてきてください。」
「分かった。」
「ふふ、確かに私は頼りないかも知れないですが、これでも騎士なんですよ?ご安心ください!」
こうして、カイトとレオナは教会外への脱出に成功した。
「カイト様、どうかご無事で…」
ギークはがカイトのことをみていると、ボスがギークの間合いに入る。
「よそ見するな、死ぬぞ?」
「くっ!」
ボスの剣がギークを襲う。他の五剣帝たちも目の前の敵に手一杯な様子だ。
(相手は4人。アーヴァン殿がぎっくり腰でここにはいないにしても、対してこちらは私を含めて5…なっ!)
「どうした?そちらは2人も足りないようだが?」
「はっ、人数差は、変わらないさ。」
(スラン殿はこんなときにどこをほっつき歩いているんだ!)
ギークとボスの対戦は激しさを増す。二人とも卓越された剣技で、互いに剣が体に当たるギリギリで守り、攻めている。
一方で、他の剣士も激しい戦いを繰り広げていた。
「フハハ!奇襲とはなかなかに腐った根性をしているな!このアーサー・カリルが叩き直してやる!貴族として、騎士としてなぁ!!」
アーサーは短髪で左目に傷を負った槍使いと死闘していた。
「ケッ!お前みたいな熱血バカ、大っ嫌いなんだよ!」
こちらはギークとは異なり、互いに強力な一撃を何度も繰り返している。
「ほぅ、そんな華奢な身体で我が大剣を受け止めるか…」
「そりゃどうも。防御の堅さには自信があるんでね!」
アルガードは、自分の体の二倍はあるであろう獣人と剣を交えている。
「貴殿は女にも関わらず、私と互角とはな…」
「だまれ…あんたみたいな冷たく、人を蔑むような目を見るとムカつくんだよ!」
クシャーナは貴族のような成りの吸血鬼と戦っている。彼女は以前の会議のように上品な態度ではなく、1人の騎士として剣を振っていた。
「それにしても、なぜそちらは1人いないのですか?」
ギークが問う。
「ああ、道中1人の男に絡まれてな、対応を任せておいた。」
「…!まさか、その男は白いローブを着ていなかったか?」
「?そういえばそうだった。」
(よし!スラン殿だ!)
「おいおい、聞いてないぜ?こんなこと!」
1人の女騎士が逃げ惑う。
「お嬢ちゃん、逃げずに俺と遊ぼうぜぇ?」
そこには彼女を追いかけるスランの姿があった。
「おまえ、騎士だろ?なんで銃なんか持ってんだよ!」
スランの両手には、水で作られた拳銃が握られていた。
「みんなが剣を持つなか、俺は銃を使う。他とは違うことをする。それが一匹狼ってやつだろぉ?」
「お?国王はどうした?」
「はは、もう避難しましたよ!」
ガキン!
剣と剣が弾きあって、ギークとボスが間合いを取った。
「そうか。お前ら、ミッション失敗だ。引き上げるぞ。」
「「はっ!」」
「な、待て!」
ギークの叫びもむなしく、五剣魔はその場から立ち去った。
新たな国王の誕生という希望の戴冠式は、五剣魔の襲来によって、絶望の戴冠式になってしまったのだった。
カイトの華々しいはずだった国王生活は、最悪のスタートを切ったのだった。
次回からは第2章「荒ぶる海女神」が始まります!