カイトの異世界見聞録
カイトが国王になれ、と言われて一週間が経った。ギーク曰く、戴冠式の準備やらで忙しいからしばらくはゆっくりしておけと言われたので、ゆっくりすることにした。
「カイト様、紅茶ができました。」
「ありがとうな、レオナ。そうだ、町を探索したいんだけど案内してくれないか?」
「わ、私でいいんですか!?光栄です!」
(まあ、成り行きでなったとはいえ、一応俺は国王なんだ。町の様子くらいは知っておかないとな。)
外行きの格好に着替えたカイトは、城門の前でレオナを待つ。
「お待たせしましたぁ~。いやー、国王様と並んで歩くので、洋服選びに時間がかかりましたよー」
「ああ、気にしないでくれ…に、似合ってるな」
「えへへ、誉めても何も出ませんよぉー?」
(やべぇーめちゃかわいい)
青いロングヘアーにカールがかかっている。滑らかなその髪は風でたなびいている。服装は白いワンピースで、シンプルだが、レオナの端麗な容姿を一層引き立てている。
「じゃあまずはお昼ごはんを食べましょう。私のおすすめのお店があるんですよ」
「そーだな、ちょうど腹も減ってたところだ。」
「ではレッツゴーです!」
二人は王都マリンティアで一番賑わっている繁華街、「グラン・ケルン」に来た。多くの人が行き交い、せくすぃーなお姉さんからイケメン、客引きからナンパ師まである意味いろんな人種がいた。
「わぁー、すげーなここは。まるで東京だな。」
「とーきょー?は分かりませんが、ここは日が昇ってから沈むまでいろんな人が飲み食いする場所なんです。でも私たちが行くところはこの先の小さな露店街ですよ。」
「あ、そう言ってる間に着きましたよ!ここが私の行きつけのお店『海風食堂』です!!」
「こ、ここ!?」
そこにあったのはボロボロな外観で、哀愁が漂っている小さな民家のような店であった。看板の文字は読めない(この国の言語を知らない)が、おそらく海風食堂と書いてあるのだろう。
(ここ、ホントに営業してんの?客1人しかいないけど)
そう心のなかで呟いていると、レオナはもう店のドアに手を掛かけていた。
「おっちゃん、おばちゃん、久しぶりー」
《いらっしゃい!》
四十か五十代の男女二人が威勢の良い声を出してレオナを迎えた。
「今日も一人かい?あんたもいい加減彼氏とか作りなさいよ。」
女性の方が嫌味たっぷりでレオナに声をかける。
「なっ!久々に来て第一声がそれですか!?酷いですよ!」
「ガッハッハ、なんならうちのせがれをくれてやってもええぞぉ?」
「あんた!あんなバカ息子をレオナちゃんに渡せるわけないだろう!?そういや近所の家の爽やか長男さん、まだ女友達すらいないらしいよ?どうだい?」
「ちょっとー!相手ぐらい自分で見つけますぅー」
「あ、あのー入っていいですか?」
「カイト様!申し訳ありません!」
気まずそうに入店したカイトを見てレオナはあたふたしている。
「あんた、まさかその殿方は」
ブワッ!
二人のおばさんとおじさんが急に泣き出した。
「そうか、レオナ、今日は彼氏報告に来たのか…」
「この娘を幸せにしてやってくださいね…」
「二人とも違うって!私がカイト様の恋人なんておこがましい!」
(この人たちはなにをやってるんだ?)
感動して泣く二人と、それを止めようとする少女。カイトはこのカオスな状況を理解できず、一瞬帰ろうかと思った。
「なぁんだそう言うことなのね。へぇーあんたが新しい国王様かい。爽やかで良い男だね。」
「はいよ、焼き魚定食大根おろし付きごはん大盛りだ!」
「ありがとうございます。いただきます。」
(うおー、なかなか良い魚だな。)
脂ののった魚は照っていて海斗の食欲をそそる。若干焦げ目があるがこの店の雰囲気とマッチして風情がでている。米は一粒一粒が輝いていて、漫画みたいな大盛りだ。味噌汁の具はシンプルにワカメに豆腐だけ。これこそ大衆食堂と言わんばかりのメニューである。
「!!」
(美味い!多分これは秋刀魚だな!身はホロホロで柔らかい。しかも骨も少ないから食べやすい。)
「これめっちゃ美味いですよ!ごはんが止まらないです!!」
「ガッハッハそれは良かった。」
「国王様に喜んでもらえるなんて料理人冥利に尽きるよ」
「どんどん食べてくださいね、カイト様」
ガツガツと食べ進めていくカイト。ここ一週間はデカイ皿にちょびっと料理が乗った高級な良く分からないものばかり食べていた。しかも、カイトはもとい漁師である。何よりも魚を食べたかったのである。
「ゲフッ」
「食った食った!ごちそうさまでした!」
「やっぱりこの国は魚とかいっぱい獲れるんですか?」
「当たり前だよ!何てったってここらには百種類以上の魚がいるんだ。高級魚から庶民向けの魚までね。」
「へぇー、釣りとかできる場所有るんですか?」
「ああ、漁港とかに行けばできるさ。」
「今度行って見ようかな?」
「満足そうで良かったですよ」
「レオナは良くここに来るのか?」
「はい。ちっちゃいころから私の両親は共働きで、ここでいつも晩御飯食べてたんです。」
「てことは家もここら辺なのか?」
「二年前に引っ越しましたので、ここら辺ではないんですけど、馬車で二十分くらいなので、ちょくちょく食べに来てたんです。ここの二人にはとてもお世話になっていて、どうしてもここを紹介したかったんですよ。気に入ってもらえましたか?」
「もちろんだ!おっちゃん、おばちゃん、また来てもいいですか?」
「ああもちろんだよ」
「いつでも待ってっからよ!」
海風食堂を出た二人は、マリンティア最大の自然公園であるカインズ公園に来ていた。
「ここはこの国でも最大級の公園です。休日に家族でピクニックしたり遠足で使われたりするだけじゃなくて、生態観測とかもされてるんですよ。」
「自然が多いんだな。見たこともない花ばっかりだ。」
(やっぱここは異世界なんだなぁ)
「カイト様、あそこの湖で釣りができるみたいですよ!」
「よっしゃー!」
この公園の端っこにあるナミール湖は豊富な魚がいることで有名で、連日釣りマニアたちが訪れる。しかし、生態系を壊さないためにも、キャッチアンドリリースが鉄則だ。
「どっせぇーーい」バシャーン
「うおりゃあーー」ドシャーン
「いーよいしょおーー」ズシャーン
「うははは!大漁大漁。」
カイトはどんどん魚を釣りあげる。
(俺は元々は漁師だ!やっぱり釣りしてると興奮するぜぇ)
「わぁー、カイト様すごいです!頑張ってくださいね♪」
にっこり笑顔でカイトを応援するレオナに、カイトは頬を赤らめる。
(なんかいいなぁー。こうやって呑気に釣りをしてられるのも)
「お?」
今までにない勢いでカイトの釣竿が引っ張られる。
「こ、これは…でかい!」
カイトの脳裏に、あの鯨がちらつく。
(なんだ!?俺はビビってんのか?くそー!)
「大丈夫ですか!?カイト様!」
(くそっ、絶対に釣り上げてやるぜ!)
「おんどりゃあーーーーーー!!!!」
ドパァーーン
「グオオオ」
「な、なんだこいつは」
そこに現れたのは、ドラゴンのような生物であった。しかし、それには水色の魚鱗のようなものがびっしり付いていて、魚特有の生臭さを放っていた。顔は蜥蜴のような顔で、襟巻き蜥蜴のようなエラが付いている。
「キャー」、「うぁーー」などと人々の悲鳴が響く。
「皆さん下がって!」
レオナは周りの人々に避難を要請した。
(くそぉー、こんな時に海獣なんて!しかもよりによってリザードフィッシュ!?)
レオナは、いつもは帯刀している剣を、生憎持ち合わせていなかった。
「カイト様も早く逃げて!!」
「あいつはなんなんだ!?」
「話しはあとです!」
(どう闘う?私、知恵を振り絞れ!私!)
「グアアーー!」
リザーフィッシュが爪をレオナに向けて振り下ろした。
「くそっ!」
その爪がレオナの足をかすめる。しかし、威力が強かったのか、レオナは、相当な痛みを負った。
(やばい…このままだと…)
「ガァーー!」
リザードフィッシュが口から水の弾を発射した。
「くそぉー!」
ファサァ
絶体絶命かと思われた矢先、レオナの前に白いマントが通りすぎた。
ガキン!
目の前に現れた金髪の長髪の男が、水の弾を真っ二つに切り裂いた。
「フハハハハ!蜥蜴ごときに私が屈する訳がなかろう。」
「さぁ、お前のその醜き首、顔、体、爪、四肢を切り刻んでくれよう!!」