骸骨使いの女 その二
死の国の侍の記 骸骨使いの女 その二
「ご、ごめんよ」
さじめは泣き止むと、直純から頭を離した。直純は何を言って良いのかわからず、直純はざんばら頭をかきむしる。
「まあなんだ、弔ってやってくれ」
骨を集め始めたさじめを横目に見つつ、直純は家を出た。
「・・・まさかな」
直純は隣の家の扉を開ける。
「ごめんよ・・・おっと、飯の所済まんな」
家の中は大きい骸骨が二体、小さい骸骨が三体で囲炉裏を囲んでいた。椀も箸も鍋も無い夕餉であった。骸骨達は空を食していた。
大きい骸骨が直純を見る。虚ろな眼窩は何かを行っているようであるが、薄気味悪い意外何も伝わらない。大きな骸骨は立ち上がると鍬を手に取った。大きく振りかぶり、直純目がけて振り下ろした。
「止めろ!」
直純は転がりながら外に出る。骸骨の父親だろうか。壁に突き刺さった鍬を抜いて骸骨も外に出た。
「おい止めろ・・・って言っても聞こえねえか。成仏しろよ」
直純は太刀をするりと抜き、中段に構える。
「伊予国住人藤原朝臣次郎直純お相手つかまつる」
骸骨は鍬を大きく振りかぶり、ぶん、と音を立てて振り抜いた。直純は太刀で鍬を受ける。余りの衝撃に太刀が飛ばされそうになるのを必死で堪える。
「く・・・人間業じゃねえ・・・」
骸骨の力は人間を大きく上回っていた。直純は力で対応するのを諦め、骸骨がゆっくりと鍬を振り上げる間に右足を大きく踏み込み、突きを繰りだす。突きは正確に胸に突き刺さったが、肋骨を二本ほど折っただけであった。
骸骨に致命傷を与えられなかったがぐらりと骸骨が揺れた。
「成仏しろよ!」
直純は骸骨に生じた隙を見逃さなかった。骸骨を水平に薙いだ。太刀は肋骨の下を正確に振り抜き、骸骨の背骨を断ち切った。
両断された骸骨は精気を失い、地面に横たわるとばらばらの骨となった。
「・・・この村は・・・」
直純は外に出て来た母親の骸骨と子供の骸骨二体に太刀を振るうと三体の骸骨は骨の山となった。
「ああっ、太郎左! おつねまで!」
さじめは叫びながら良人の家から飛び出し、転がる髑髏を抱きかかえる。
「どうして、どうして!」
さじめの目はつり上がり、直純を睨み付ける。
「どうしてってお前、成仏させてくれと言ったではないか」
「言っていないわああ! 言っていないのよぉおお!」
さじめの目は光を失い、口から涎を流し始める。
「女! 正気はでないな!」
さじめの変貌に直純は一歩後ろへ下がる。
「暑いわああ! 暑いぃぃぃぃ!」
さじめは着物を引きちぎり、形の良い乳房を見せつけるがどろりと腐り、異臭を放ちながら崩れた。
「憎いぃぃぃぃ! 侍が憎いぃぃぃぃ! 何もかも奪った侍が憎いぃぃぃぃ!」
さじめは顔に爪を立てると、肉を引きちぎった。器用良しの顔が、血だらけの髑髏に変わり果てる。眼球はずるりと抜け落ちた。
「が、が、が・・・・」
さじめは喉をかきむしると声を失った。眼球の抜けた目で恨めしそうに直純を見る。さじめは長い間動かず、直純を凝視していた。直純は斬ろうと太刀をかまえた時、村の家々の木戸が一斉に開く。
「女・・・お前は髑髏どもの元締めであったか・・・成仏せい!」
太刀を振りかぶった時、直純に骸骨が飛び込んで来た。骸骨はもの凄い力で直純の肩を掴む。
「掴むな! くそったれ!」
直純は骸骨を蹴り飛ばすと、水平に薙ぎ、背骨を断ち切る。さじめが直純を指差すと多数の骸骨が直純を掴もうと近寄ってきた。
一体の骸骨が走って直純に襲いかかった。骸骨を苦もなく水平に薙いだ。二体目の骸骨が動かなくなる。骸骨は四十体ほどであろう。鍬を持つ者、鎌を持つ者、無手の者。骸骨達はにらみ合う直純とさじめを取り囲み始める。
「クソォォォ! 女! 成仏せい!」
直純は囲まれる前にさじめに向かって走り、太刀を浴びせる。袈裟斬りを腕で防ごうとしたさじめの両腕が両断される。
「うらああ!」
直純は太刀を水平に薙ぐ。肋骨下ではなく。首に叩き込んだ。
首は宙を舞い、地に落ちて二回転した。心の臓は既に泊まって居るのであろう。血は吹き出さなかった。首の無いさじめは目が見えなくなったのか、肘から先の無い腕で何をつかみ取ろうとする動きを見せた。
骸骨達の動きが止まり、、動かなくなる。
「女。すでに怨霊であったか。さらばだ」
直純は全身全霊でさじめに袈裟斬りを繰りだす。さじめは上半身を両断されるとようやく動きを止めた。骸骨達も次々に崩れ始める。
直純は村の奥に寺があるのを見つけた。寺は村人の数に対しては大きいように感じる。境内の墓地に目が向いた。新しい卒塔婆が建ち並んでいた。卒塔婆は字が書けない者が書いたのであろう。字に似せた文様が書いてあるだけであった。
卒塔婆が建てられた場所は骸が居たのであろう。腐り果てた肉が異臭を放っていた。直純は荒れ果てて崩れそうな寺に入り、ろうそくに火を付けると観音様に向かって経を唱える。
長いこと経を唱えた。直純はごろりと横になると朝まで寝た。翌朝、ろうそくに火を付け、経を唱える。ぐらりと寺が揺れた。観音様も揺れ、倒れると粉々に砕け散った。
「・・・もういいか」
直純の口から放たれた言葉は問いかけるようでもあったし、自らの行動の確認でもあった。
直純はろうそくの火で破れた障子を燃やす。火はあっと言う間に寺を燃やし始める。直純は何軒かの家に火を付けた。業火は村を覆い尽くし、赤々と燃えた。
「どういう事だ・・・?何故骸骨が動く? 爺様の怨霊が未だに残っているのか? 無念であったか、お祖父様・・・いけねえ、いけねえ」
直純は言霊が生まれる前に祖父藤原純友の話を切り上げる。
ゴウゴウと燃える火は何もかも、怨念や無念、先ほど吐いた言霊をも燃やし尽くし、この地を供養している様に見えた。仏の慈悲で浄土に行くのでは無く、地獄の炎で消滅させられ、空に帰って行くようであった。
「・・・諸行無常とはこのことだな・・・どうやら如来様も菩薩様も見えてねえようだ・・・供養は火だけか・・・」
直純は再び口から言霊が出ぬよう硬く結び、燃える村に背を向けた。