07 台風娘
夕刻、ギルド『酒場』…
「俺達が遺跡に入れないって、どういう事だ!?」
ライオスがカウンターにいる受付嬢に食って掛かっていた。
「申し訳ございません。BⅦ(ビフォアー・インダストリーⅦ)の遺跡への侵入は、AⅦ(アフター・インダストリーⅦ)の未踏破遺跡の踏破経験の無いパーティーには許可されておりません。」
「そんな事、言わないでさぁ…俺と君との仲じゃない…」
カウンター越しに受付嬢の肩を抱こうとするライオスに、
「…どの様な仲でも無いと記憶しておりますが…」
と、言いつつ、肩に置かれたライオスの手の甲をつねる。
「経験を積むしか無いね…」
後ろでスティーブが言った更に後ろで、
「ライオス…何してるの…!?」
エミリーが静かに怒りを燃やしていた。
「さ…さっき彼女から聞いたんだが…」
3人で囲むテーブルで、ライオスは言い、
「『受付嬢さん』、ね。」
何故か怒ってエミリーが訂正した。
「…と、とにかく、AⅦの未踏破遺跡1か所の踏破、それでようやく、BⅦの踏破済み遺跡の突入許可が降りるらしい。」
「じゃあ、早くその未踏破遺跡を…」
スティーブが言ったが、
「それは早計だ。俺達には経験が足りない。踏破済み遺跡を何件かこなして、その上で挑戦した方が良いと思う。」
「………道は通そうだな…」
スティーブの尖った耳が垂れ下がった。
「…俺達なら出来るさ。」
ライオスが言い、
「わ…私は、安全にお金を稼げれば…」
エミリーが控えめに言った。
と、そこへ…
バタン!と、ギルド入り口の扉が開き、入って来たのはヒューマンばかり5人のパーティー。ランクはスティーブ達と同じCだが、皆かなり強そうな上、強面で、先頭を歩く男の頬には、目立つ傷があった。
途端に『酒場』内の空気が凍り付く。男たちはその中を我物顔で歩いて行き、3人が座っているテーブルの脇を通る際…
「………臭ぇ。」
と、傷の男は低いがはっきり聞こえる声で言った。
「…何か獣臭ぇぜ!このギルド、ロバでも飼ってるのかぁ!?」
ギルド内にはっきりと聞こえる声で叫ぶ男。
「ロバ…!?」
そんな物いたっけ、と、耳をピクピクさせながら、周囲を見渡すスティーブ。
だが、ライオス達以外の冒険者は、彼と目が合いそうになると、皆、目を背けた。
「あーー、こんなとこにいやがったのかーーー!!」
スカ―フェースはスティーブの耳を積まんで引っ張り上げた。
「王国出の耳長がぁぁぁ!!」
「い、痛、痛た……!!」
本当に耳が千切れてはたまらないと、引っ張り上げる男の腕をはがそうとつかみかかる。
「ま、本当に千切っちまったら洒落にならねぇか…」
男はスティーブの耳から手を放し、引っ張られた耳をさすりながらスティーブは言った。
「あのな…僕は王国の人間じゃない。向こうで冒険者の修行はしたが、出身はこの共和国だ。」
「あぁ!?」
怪訝な表情のスカーフェースに、パーティーメンバーの別の男…バトルアックスを背負った重戦士が、
「…こいつ、『パイライト』のあいつじゃないか…あの売国奴の息子…」
蔑む様にその重戦士は言った。
「な…何!?」
「共和国民でありながら、王国の耳長の雌と交尾した非国民、怪しげな機械を売って馬車や馬子の仕事を奪っておきながら、自身はロバに子を産ませた****だ、お前の親父は!!」
「…父さんは関係ないだろう…!!何なんだ、お前ら…!?」
「ね…ねぇ、あの人たち…」
「ああ…厄介だな…」
共和国と王国の冒険者たち…ヒューマンとエルフ、ハーフエルフ、ドワーフ等との交流が始まり、基本的に実力があれば何者でも受け入れる風潮が形成されていたが…ごく一部の冒険者に、彼等の様な差別主義者はいた。
スティーブも自身が差別の対象である事を、知識としては理解していた。が………こう明確に悪意を向けられたのは、これが初めてだった。
見渡すと、周囲の他の冒険者達からも、やんわりとした拒絶の意思が感じられた。わずかにいるエルフやハーフエルフの冒険者達も、関わり合いになるのを避けようと目を背けている。
(何で…こんな事になっちまったんだ…!?)
スティーブは、知った。英雄の両親の名が無い自分の弱さを…いや、英雄の両親の子である事の重荷を…
と、そこへ…
バタン!再び威勢よく扉が開かれ、
「兄っっっっちゃ~~~~~~ん!!!!!!!!!」「ぐあ!!」
凍り付いた空気をブチ壊し、突風の様に入って来てスティーブに抱きついたのは、ハーフエルフの美少女。喜色満面に、耳をピコピコさせた…
「て…テレサ…!?」
彼女はスティーブの5歳下の妹である。20年前を知る者がこの場にいたら、その顔立ちからフィリップに抱きつくモリガンを思い浮かべただろう、が、二人とも、耳の長さと、中身が違った。モリガンとテレサの方は、特に…
「久しぶりだね!!久しぶり!!!!兄ちゃん何してたの!?何してるの!!??その恰好何!?鎧だよね!?冒険者なの!?兄ちゃん冒険者になったの!!??すっごーーーーーーーーーーーーーーい!!」
テレサはここまで、一切息継ぎなしで叫んだ。その間も両耳のピコピコを決して止めなかった。
テレサは、モリガンとは別方向のバ…もとい、天真爛漫さがあった。ゲフンゲフン…
「お…おい、何だこいつは…」
訊ねるライオスに、
「テレサちゃん…!!」
エミリーにとっても彼女は幼馴染だった。
「…僕の妹です…お恥ずかしい…」
共和国にいた頃は、この妹に散々振り回されたスティーブの言は辛らつだった。
「ちっ…!!耳長がもう1匹増えやがった…!!」
スカーフェースは舌打ちをした。
しかしそいつの言葉に、
「母さんの耳はもっと長いよーー。」
あっけらかんとテレサは言った。
「でねーーー、でねーーーーー、知ってるーーーー!?知ってるーーーーー!!??エルフやハーフエルフの耳ってねーーーー、感情に合わせて動くんだよーーーーー!!いいーーーーー!?見ててーーーーー!!!
びっくり!!」驚いた顔のテレサの耳が、左右にピンと伸びた。
「怒ったぞーーー!!」ほっぺたを膨らませてみせたテレサの耳が上へ上がった。
「ざーーーんねーーーーん!!」がっかりした顔のテレサの耳が下に下がった。
「ヘロヘロ~~~」両目をクルクルさせたテレサの耳が、半ばから下に垂れ下がった。
「そして…」
満面の笑みのテレサの両耳が、上下にピコピコと動いた。
「うれしーーーーい!!楽しーーーーーい!!はい皆さんご一緒にーーーーー!!」
「出来るかーーーー!!」
周囲で見ていた冒険者の一人が突っ込みを入れ、
どっ!! と、他の冒険者達が大笑いした。
「あー…そういえば、エルフやハーフエルフの冒険者の耳が時々ピクピク動いてたのは、そういう意味か…」
ヒュ―マンの冒険者が思い出した様に言うと、
「い…一応、人前でみだりに耳を動かすのは非礼とされてるんだぞ…」
「まぁ、モリガン奥様やあの娘は全然気にしてないみたいだけど…」
エルフとハーフエルフの冒険者が注釈を入れる。
「あ、俺も耳、動かせるぞ。」
ヒューマンの冒険者が、自分の耳をピクピクとわずかに動かして見せる。ヒューマンの中にも、たまにこういう事の出来る人がいる。
「エルフだエルフだーー!!」
再度、みんなからどっと笑い声が起こった。
「く…っ!!」
スカーフェースは歯噛みして
「くだらねぇ!行くぞ!!」
他の4人に促し、2階の自分の部屋へ引っ込んで行った。
「すごいわね…テレサちゃん…」
あの気まずい雰囲気を、一瞬で一掃してしまった。
「…世の中の厳しさを知らないだけだよ…」
額に手を当てながらスティーブが言い、
「同感…」
ライオスが言った。
「…そう言えば、テレサは…!?」
いつの間にかいなくなった。もう他の事に興味が向かって、そっちに飛んで行ったらしい。
「…本当に嵐みたいな奴だな…」