04 あの雷の日
「初めまして…ライオスだ。」
良く通る声で、その青年は言った。
「ぼ…僕は、スティーブだ」
スティーブは自己紹介した。
「君は…ハーフエルフか!?」
と、彼の短く尖った耳を見て問うライオスに、エミリーは、
「ほ…ほら、以前、話したでしょ!?『パイライトカンパニー』の…」
「ああ…それで…」
一人納得した様な表情を見せた。何だろう、こいつは…!?
「そ…それで…エミリー…」
ライオスとの関係を問おうとしたスティーブだったが…
「話の続きは…雨宿りの先を見つけてからにしよう。」
天を指さしながらライオスは言った。雲行きが怪しくなってきた。
「…もうすぐ降って来る。」
※ ※ ※
10分後…
最悪、雨の中を街までツァウベラッドで突っ切る覚悟をしていた3人だったが、幸い、すぐそこに猟師小屋があったため、濡れずに済んだ。
ドアを開けると、そこはもう何年も誰も使っていなかった様で、すえた匂いがした。が、雨露だけはしのげそうだった。
※ ※ ※
「アルバートおじさんが…亡くなった!?」
エミリーから自分が家出した後の事を訊ねたスティーブは、衝撃の事実を聞かされた。
外の雨音は、段々と強くなっていた。3人は、エミリーを中心に、左にスティーブ、右にライオスの並びで、猟師小屋の壁にもたれて座り込んでいた。
「ええ…トロールの一団に一人で挑んで、返り討ちに会ったの…」
エミリーがそう答えた。
「そんな…だっておじさんは予備役で…そもそもあんなに強かったじゃないか…!?」
少なくともスティーブの中のアルバートおじさんの印象は、そうだった。
「もう強くなくなっていたから、予備役に回っていたの!!」
エミリーが叫んだ。
「あの時だって、他に動ける人がいなくて、『すぐ戻って来るよ』って言って出ていったっきり…」
最期は嗚咽するエミリーを、
「エミリー…」
ライオスが彼女の肩に手を置いた。
何だろう…この感覚は…!?
「それで、お母さんも気落ちして病気になって…」
少女が2人分の生活費を稼ぐためには、冒険者になるくらいしかなかった。
「そんな私を、ずっと励まし続けてくれてたのが、このライオスだったの…」
エミリーが自分の肩に手を置いている青年を見つめた。
彼はギルドで出会った先輩冒険者で、ヒーラーとしての立ち回りを彼女に教え、彼女を自身のパートナーとして、行動を共にしていた。
(な…何でこんな事になっちまったんだ…!?僕は冒険者になって、父さんと母さんを越えて、自分の夢を叶えたかっただけなのに…
僕がいない間に、こんな大変な事になってたなんて…!!
大体…父さんは何をしてたんだ!?あの2人とあんなに仲良かったのに…)
「…それで、スティーブ…探してたものは、見つかったの!?」
ズキン!エミリーの問いに、スティーブの胸が痛んだ。
『私の窮状を放っておいて』、言外にそう言われているように感じた。
「探してたもの!?」
「『今あるこの姿を、そのまま描き留める方法』ですって。まるで夢みたいね。」
半ば笑いながらエミリーにそう言われて、スティーブは顔を伏せた。が、
「いいんじゃないか、そう言うの…」
「ライオス…」
その言葉に、スティーブは顔を上げた。
「太古の文明の復元、だろ!?そういうのを探すために冒険者になった奴だって、いっぱいいるぞ。
かく言うこの俺も、な…」
「初耳ね、そんな話…一体、何がしたいの!?」
「まだあるかどうかも分からなかったから、言ってなかっただけさ。強いて言えば…
俺が俺であるため、かな…」
「何だよそれ、格好いいじゃん!!」
スティーブは会ったばかりのこの男に好感を覚えた。
「太古の文明の復元と言えな、あなたのお父さんも、そうだったわね、そう言えば…」
エミリーはそう言ったが、スティーブは、
「…父さんの話は関係ないだろ。」
と、吐き捨てる様に言った。
「スティーブ…家へは帰ってないの!?」
エミリーは心配そうに言った。
「たった今、王国から帰ったばっかりだ。あと、探し物も、共和国で本格的にする予定だ…」
「何の事だ…!?」
「………親に冒険者になるのを反対された。だから家出して王国で冒険者になった。
君がさっき、『俺が俺であるため』って言ったけど、僕も似たようなもんだ。
父さんの後釜の工房長じゃない、僕は自分の夢を叶えたい。」
「へぇ………」
ライオスの視線に冷ややかな物があった事に、スティーブは気づかなかった。
「そう言えば、君…変わった事、してるね。サーベルとワンドの二刀流なんて…」
「ああ、これ…」
ライオスに言われ、スティーブは腰のサーベルとワンドを抜いて見せた。銀色に輝くサーベルと、黒く、湾曲したワンド…
「サーベルが『クレブランシュ』、ワンドが『クレノワール』だ。」
「ふむ…サーベルとワンドで1揃いか…でもなら…背中の『それ』は何かな…?」
「これは…」
その時…
ピカっ!!外が一瞬、眩しく光った。
「キャっ!!」
エミリーが両手で顔を覆った。
「エミリー…あれ、まだ苦手なの!?」
「『あれ』って…!?」
「この子、雷が苦手なんだよ。」
「言わないでーーー!!」
顔をうずめたままブンブンと首を左右に振るエミリー。その瞬間、
ドーーーン!!
雷鳴が轟き、
「キャーーーーっ!!」
エミリーは叫び、そして…
左側にいるライオスの腕にしがみついた。
(エミ…リー…!?)
また自分の腕にしがみついて来ると思っていたスティーブは、そんな幼馴染の反応に困惑する。が…
「あ、安心してエミリー、あの雷はまだ遠いよ。」
努めて平静を装ってそう言った。
「雷が…遠い!?」
聞いた事の無い情報に戸惑うライオス。
「うん…お父…あ、ある人から聞いたんだ。『遠くの雷ほど、遅れて聞こえる』って…」
「遠くの雷が…遅れて聞こえる…!?」
ライオスはその言葉を反芻した。
再び外がピカっ!と輝き、しばらくしてゴロゴロと雷鳴が轟いた。今度はさっきよりも早く音が聞こえた。
「だ…段々、雷が近づいて来てるって事か…!?」
「キャーキャーキャー!!!」
エミリーはライオスの腕の中で悲鳴をあげ続けていた。
「……ま…窓、閉めるね…音は、耳塞いで我慢して…」
スティーブはエミリーの隣りを離れ、木の押し上げ窓を降ろすと、唯一の光源が無くなった室内は真っ暗になった。
が、エルフの血を引く彼は暗闇でも中の様子…ライオスにしがみついているエミリーの姿が見えた。
いたたまれなくなり、二人の反対側、入り口側の壁にもたれる様に座った。が…
そのせいで、ライオスに抱きつくエミリーの姿を、真正面から見る羽目になった。
(何でこんな事になっちまったんだ…)
雷が鳴る度に、僕に抱きついてた幼馴染の少女は、もういない。
(さっさと『今、あるこの姿を、ありのままに描き留める方法』を探そう…)
その時、窓の隙間から再び稲光がピカっ!と光り…
「…え!?」
瞬間、エミリーとライオスの後ろの壁に、『下から上へ伸びる木』が映った。
「な…何だ、今のは…!?」
「どうしたんだ!?何かあったのか!?」
スティーブの様子がおかしいのに気づいたライオスが、彼の方へ行こうとして、
ゴロゴロゴロ!!
「嫌ーーーーっ!行かないでライオスーーー!!」
エミリーに更に強くしがみ付かれ、立ち上がれなかった。
エミリーをなんとか宥めすかして、スティーブが座っている入り口側の壁に移動する。
しばらくして再び、ピカっ!と稲光が輝き、反対側の壁に、さっきの『下から上へ伸びる木』が映った。
「…お前がさっき見たのって…これか!?」
「ああ…」
ゴロゴロゴロ…
「二人とも…冷静に何話してんのよーーーー!!」
やがて、稲光と雷鳴との間隔は長くなっていき、そして、
「雨…晴れたみたいだな…」
「え…ええ…」
窓の隙間から漏れる光が一段と眩しくなった。が…
「ま…まただ…」
向こうの壁には、またも『下から上へ伸びる木』が、ぼんやりと映っていた。
「な…何これ…!?」
雷が去ったおかげでエミリーもようやく2人が見た物を見る事が出来た。
「これ…よく見ると、上に大地、下に空も見えるな…」
スティーブが言う通り、上の大地には、草の様な物まで、下へ向かって生えている。
「みんな見て見ろ。壁の向こうの外の景色が、逆さまに映ってるみたいだ。」
ライオスがドアを開けると、そこからは、上に空、下に大地、そこから木が伸びた風景が見えた。
が、反対側の壁に映っていたのは、下に空、上に大地、そこから下に、木が伸びている。そして、その『ぼんやりした逆さ映しの風景』は、ドアを開けると消えた。
「どうやらこれだな…」
スティーブが入り口側の壁の一点を指さした。そこには小さな節穴が開いており、これを塞ぐと反対側の『逆さ映しの景色』も消えた。
「…この穴を通して、壁の向こうの景色が天地逆になって映ってるみたいだ…」
「もしかしたら、これなんじゃないか…!?
『今ある姿を、ありのまま描き留める方法』、その端緒は…」