03 再会と出会い
「あれが『境の村』…」
スティーブの乗るツァウベラッド『エクレール』は、『海岸地帯』の東端にへばりつく様な小さな村の側を走っていた。
20年以上も前、この村がモンスターの一隊に襲撃されそうになり、誰もが王国のエルフ達に遠慮して手を出そうとしなかった時、彼の父親は言った。
『情けねぇなぁ、人間様ってのはよぉぉぉぉ!!』
あれは村を見捨てようとした他の者達を非難しただけでは無い。
『自分たちはヒューマンとエルフだが、問題なくやっている』という意味もあった、と、後にこの時の事を聞いたスティーブ個人は思っていた。
その果てに僕は産まれたのだ、とさえ…
彼にとって誇りで、あこがれであった父さんと母さん、そしてその偉業の証…だが…
今となっては越えがたい壁のように思えた。
考えてみれば、ニェットおばさんを始めとする、王国の冒険者ギルドのメンバー達も、二人の偉業の一つだ。
有名無実化していた王国の冒険者制度を、父さんと母さんが再興した…
彼が跨っている『エクレール』にしても、王国の『ジルコンファクトリー』産だが、結局元をたどれば父さんが復元した技術だ。
ドワーフ達の間で独自進化を遂げたが、その間も『パイライトカンパニー』の影響を絶えず受け続けている。
大体、『ジルコンファクトリー』という工房名自体、『パイライトカンパニー』を意識したものだ。
パイライト(金の偽物)に対するジルコニア(ダイアの模造品)という…
結局、彼は父親の呪縛から逃れられていなかったのだ。
越えなければならない壁は、高く、分厚く、長い…
(親と同じ道に進むって…こういう事だったんだな…)
※ ※ ※
共和国の道を走る事しばし…
「ん!?」
遥か遠くに土煙が上がっていた。
余人にはまだ見えない距離だろうが、スティーブには、見えた。
母さんから受けついたエルフの血により、彼の目は遠くを見通せる。
「巨大な…イノシシ…!?」
ワイルドボア型のネームドモンスター、『フェイタル・ファング』。
彼の両親が倒した物と同一の個体では無い。
動物型モンスターは時折、巨大化、凶暴化する物が現れ、それらが同じ名前で呼ばれているのだ。
彼の両親が遭遇した物は、荷馬車を追いかけていた。
が、馬車が『ツァウベラウト』になった今、そのスピードで振り切る事が可能となり、半ば珍獣と化している。とは言え、放置しておく訳にも行かない。
「倒す…か。」
スティーブは『エクレール』のアクセルを入れた。スピードを上げて『フェイタル・ファング』に近づきつつ、
「***…」強力な攻撃魔法の詠唱を始める。が…
(!?)
不意に、『エクレール』に並走するツァウベラッドが現れた。
特徴的な形で分かる。あれは『パイライトカンパニー』製で、しかも…男女の2人乗りだった。
冒険者だろう。
(………)(………)
向こうのツァウベラッドの、前で運転しているのは、真紅の金属鎧を着てヘルメットを被った男だ。
スティーブは彼に目で合図を送る。そして…『フェイタル・ファング』が魔法の射程距離に入った瞬間、
【ファイアーボール】!!
一瞬だけ、ハンドルから放して手前に掲げた右腕から火球が発せられ、『フェイタル・ファング』に命中する。
ぶ も ぉ ぉ ぉ !!
自身の毛皮に着いた火を消そうとするかの様に転げ回る『フェイタル・ファング』。
こういう行動パターンも同じなのだろうか。
キキっ!!2台の『ツァウベラッド』はブレーキをかけて停車し、スティーブが『エクレール』から降りると、向こうの2人も降りて来る。
「俺が前に出る!!」
ヘルメットに真紅の鎧の剣士が叫び、剣と盾を構える。
「分かった!!」
スティーブは左腰の曲刀と、右腰の短杖を抜き、構える。右手に曲刀、左手に短杖。
「おら!かかって来い!!」
剣士が剣と盾をカンカンと鳴らして挑発する。
「***…」
スティーブが魔法を詠唱し、【スロー】!!『フェイタル・ファング』の周りに靄の様な物がわき、動きが泥の中を泳ぐかの様に遅くなる。
続いて【ダークネス】!!これで更に相手の目の周りが闇で覆われる。
続いて【ポイズン】、その間も剣士は巨大イノシシに何度も剣を振り下ろし、後ろに乗っていた、白いローブの少女の方から、剣士に強化魔法が飛ぶ。彼女はヒーラーらしい。
「よし…僕も…」右手の曲刀を構えて『フェイタル・ファング』に突っ込もうとしたその時…
「スティーブ…スティーブなの!?」
白ローブのヒーラー少女が声を上げる。振り向いて彼女の顔を見ると、その整った顔立ちと金髪には見覚えがあった。
「え…エミリー…!?」
彼女が何故冒険者に…!?だが、
「戦いに集中しろ!!話は後だ!!」
剣士が叫ぶ。
「お…おう!」
「はい!!」
2人が『フェイタル・ファング』に向き直る。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
スティーブが右手のサーベルを巨大イノシシに振り下ろす、その瞬間、
【ウィンド】!!刃の先からカマイタチが発生し、『フェイタル・ファング』を切り刻んだ。
※ ※ ※
10分後…
3人の足元には、『フェイタル・ファング』の死体が転がっていた。
本来ならこの後、倒した事の証明になる、「切り取り」を行うはずだが…彼等はそれどころでは無かった。
「エミリー…どうして君が冒険者に…!?」
スティーブが問うと、
「スティーブ…あなたこそこの2年間、どこへ行ってたの!?」
幼馴染の少女も問い返す。
「詠唱短縮の近接魔法、か…」
そこにもう一人の人物…剣士が、ヘルメットを脱ぎながら話に加わる。
ヘルメットの下にあったのは、耳を覆うまでに伸ばされた、髪…
「エミリー、君のお友達は王国で冒険者になったみたいだね…」
「だ…誰だ…!?君は…!?」
幼馴染の少女の連れの男に怪訝な表情を浮かべるスティーブに、良く通る声で、その青年は言った。
「初めまして…ライオスだ。」
ジルコンファクトリー:フィリップから魔動エンジンの技術供与を受け、ドワーフの集落に残った技術者たちが、ハーフエルフの工員や、エルフのデザイナーとともに設立した工房。
ドワーフ由来の堅牢な実用性一辺倒と、エルフ由来の優雅なフォルムの2系統のコンセプトを持つ。
『パイライトカンパニー』とは販路が被らない事もあり、友好的な関係にある。