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02 試練の日々

翌日、スティーブの姿は王都にいた。


共和国の冒険者ギルドに行くわけにはいかない。父さんの手の届かない、なるべく遠い所で、冒険者にならなければ…

次期工房長として工房の商品知識を身に着けるため、ツァウベラッドを与えられ、操縦術を訓練させられていた。フィリップは、自身が普及させたツァウベラッドが、息子の家出の助けとなったと知ったらどう思っただろうか。


それにしても…


(僕みたいなハーフエルフや、ドワーフがいっぱい…)


王都の外周部は、大勢のハーフエルフや、ドワーフで賑わっていた。


ここ20年の冒険者の活躍で、社会的地位とお金を得たハーフエルフが、純血エルフの人口が減って空き家が目立っていた外周部の家に住み始めたのだ。

中にはドワーフの集落の隣りに集落を形成し、彼等と共生しているハーフエルフ達もいるらしい。


ともあれ…


(ここが王都…母さんが住んでいたという…)

スティーブはこの地に、自身のルーツの一端を感じ、同時に…


(母さん…それからテレサも…何も言わずに出て来てしまったから、心配してるだろうな…)

共和国に置いて来た母と妹の事を案じた。かと言って…いや、だからこそ…


何も成さずに帰る訳にはいかない…


王都に来てまずスティーブがしたのは、共和国から乗って来たツァウベラッド、『フリューゲル』を売る事…父からの施しを、これ以上受けたくなかった。

「まだ乗れる上、大事に乗って来てたみたいなのに、勿体ない…」

ショップの店主の言葉に、フィリップの胸がチクリと傷んだ。


     ※     ※     ※


王都冒険者ギルドの場所は知っていた。ここには何度か来た事があったから…


「ごめんくださーい!!」

スティーブはギルドのドアをくぐり、『酒場』と呼ばれる飲食スペースを横切ると、受付嬢の制止も聞かず、裏手の練兵場に向かって、


「ニェットおばさん、いるー!?」

と、言った。


「…スティーブ!!」


そこにいたのは、ハーフエルフの女性。

かつては現役の冒険者で、父さんの弟子だったらしいが、現在では現役を引退して、ギルドで教官をしている…


「久しぶり!しばらく見ない内に大きくなったわね!!」

ニェットおばさんは満面の笑みを浮かべてスティーブを迎えた。

「お久しぶりです、ニェットおばさん。」

「フィリップさんは元気!?」

「…父さんの事は、言わないでください。」

「ふーん…それで…どうしてここに来たの!?」

問うニェットに、スティーブは、

「王国で冒険者になりに来ました。」

と、答えた。

「冒険者に…そうか、よくぞ決心したな!!」

ニェットおばさんは大いに喜んだ。

「はい!よろしくお願いします!!」

「そうか、なら私は、たった今からお前にとっての上官になるんだなぁ…」

「はい!!」

「なら…」


バキっ!!「ぐへ!」


ニェットに拳で殴られ、スティーブは4~5m後ろに吹っ飛んだ。


「お…おばさ…」


「貴様、上官に向かっておばさんとは何事だーーーーーーーっ!!」

大音声(だいおんじょう)でニェットは叫んだ。


周囲にいた様々な種族の冒険者達が、ヒソヒソと話しを始めた。

「あいつ、度胸あるなー…」「鬼教官をおばさん呼ばわりなんて…」


「成程確かにお前は、私の師匠の息子だ。だがだからと言って、いや、だからこそ、甘やかす訳には行かん!!」


ニェットはスティーブの胸倉を掴んで、


「冒険者になりたいと言ったなぁ。ああいいさ。冒険者にしてやる。決して脱落は許さん。あの二人の息子だ。どうせ優秀に決まってる。」


「おね…がいします…」

スティーブは掠れた声で言った。

「僕を…父さんに負けない…冒険者に…して…ください…」


「………」

ニェットはしばらくスティーブを睨みつけた後、

「ふん!」

彼を地面に叩きつけた。

「その言葉、覚えとけよ!!」


     ※     ※     ※


それから…スティーブにとって、地獄の日々が続いた。


ニェットはスティーブを特別扱いしなかった。いや、ある意味特別扱いしたのだろう。

彼女は来る日も来る日も、スティーブをしごいた。走り込みから、剣、魔法…ありとあらゆる事を叩き込まれ、詠唱短縮した近接魔法すら、直に教えられた。


ついでに彼は、共和国の実家はもとより、王都に住んでいた伯爵夫妻…彼の祖父母と連絡を取る事すら禁じられた。これに反したら破門する、とさえ…

まぁ、実家は家出中、祖父母のもとを訪れたら父親に連絡されるだろうから、最初からその気は無かったが…

実際、フィリップから『スティーブを引き渡す様に』という要請が来たらしいが、『成人男性が自分の意思で入隊したのだから』という理由で突っぱねたらしい。


スティーブは最初の数日、疲労で食事も喉を通らなかった。

毎夜、彼はギルドの宿屋のベッドで呻いた。

(な……何でこんな事になっちまったんだ………)


しかし、彼はそれに耐えた。


ランクE…正式に冒険者になった後、スティーブは時にソロで、時に他の冒険者達と臨時のパーティーを組んで、着実に経験と戦績を積んで行った。


     ※     ※     ※


そして2年後…


「ニェット教官、今までお世話になりました。」


その月日は、一人の少年を、戦士に変えた。

ランクCになったスティーブは、共和国へ帰る事にしたのだ。


要所を金属パーツで補強したスカイブルーの革鎧をまとった詠唱短縮近接魔法戦士のスタイル、脇には王国の『ジルコンファクトリー』製のツァウベラッド、『エクレール』を停めていた。

フィリップの様な一般的な魔法戦士スタイルにしなかったのも、『パイライトカンパニー』のツァウベラッドを使わなかったのも、自分の決意を否定した父への反発心によるものだった。


「うむ…行くのか…!?」

ニェットは厳しい表情を変えずに言った。


「はい。僕の調べでは、僕の望む物は、共和国にある様ですから…」

スティーブの表情は、2年前とは比べ物にならないくらい、精悍な物になっていた。


『今この姿を、あるままに描き留める手段』、そんな突拍子もない方法を手に入れるには、古代文明の遺跡を漁った方が手っ取り早い。そしてそれは、共和国側に多いらしい。


最初からこれが、スティーブの計画だった。父親の手の届かない王国で冒険者としての経験を積み、共和国へ戻って目当ての物を探し当てる…


「スティーブ…」

「向こうへ行っても元気でな…」

こちらでよく臨時パーティーを組んだ同期の冒険者達や、教えを請うた古参冒険者も見送りに加わった。


「それでは失礼します。」


そう言い残して、スティーブは『エクレール』に跨り、2年間世話になった冒険者ギルドを、王都を、ニェットの許を後にする。

(優しかったニェットおばさんも、いなくなっていた。だから…僕は必ず探しだず。今、この幸せな姿を、描き留める方法を…!!)


「スティーブ…」


その後ろ姿を見送ったニェットは…


「何かあったらここへ来るのよー!!、無くても来るのよぉぉぉーーーー!!!」


と、叫んだ。


ニェットは、例え相手が恩人の息子であっても容赦無かった、いや、ある意味、彼に甘かったのかもしれない。

親の了解を得ずに冒険者になった者は、親元へ帰すという暗黙の規則が、冒険者ギルドにはあったのだ。だが彼女は、そうしなかった。


そこには…


『ダブル・ディナイ』として活動中に知り合ったハーフエルフの女性と結婚した兄のナインとは異なり、男嫌いのニェットはこの年齢に至るまで独り身を通していた。

その事に後悔は無い。だが…


(もしかしたら自分にも、今頃あのくらいの子供がいたのかも)

という想いが彼女にもあった、と考えるのは穿ちすぎだろうか…!?

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― 新着の感想 ―
[一言]  昇進だけでいえば訓練制度未成熟だった父親時代よりはるかに早い……それだけ冒険者の需要があるのだろうけど。
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