01 穏やかだった日々
スティーブの幼少期は幸福だった。
父親、フィリップは優しく、物知りなヒューマンの男だった。スティーブが投げかける身の回りの様々な不思議な事柄に、一つ一つ丁寧に答えてくれた。彼はそんな父親が大好きだった。
母親、モリガンは美しい、大らかなエルフの女性だった。透き通った金髪に、長く尖った耳を持った…あんな美人を母親に持つ子供は、彼の周りにはいなかった。彼はそんな母親が大好きだった。
二人の間に産まれたスティーブは、『ハーフエルフ』と呼ばれ、彼は母よりも短く尖った耳を持っていた。しかし彼は、その事が理由で不当な扱いを受けた事など、一度も無かった。
彼の父親、フィリップは、『ツァウベラッド』と呼ばれる、魔法で動く二輪車や、『ツァウベラウト』と呼ばれる、同じく魔法で動く四輪車を造り、販売する工房、『パイライトカンパニー』の工房長だった。そのために彼の家は裕福で、ひもじい思いをした事は無かった。
彼の母親、モリガンは、今では信じられない事だが、かつてはとても強い戦士で、鎧を着て重い武器を持って、フィリップと共に『ツァウベラッド』に跨って戦っていたらしい。
二人はかつては冒険者で、しかも大きな手柄を立てた英雄らしく、その事も、彼が差別を受けなかった理由の一つだった。
今でもモリガンは買い物やお出かけの時には、ドレスを着たまま、『ツァウベローラー(魔動スクーター)』に乗り、颯爽と街を走り回っている。
彼が5歳の時、妹が産まれ、彼はお兄ちゃんになった。が、それは置いといて…
彼には幼馴染がいた。同じく冒険者の、アルバートおじさんと、エレンおばさんの娘、エミリー。優しくておしとやかで可愛い子だった。
唯一の弱点は…雷が苦手な事。
幼かった頃、彼の両親は仕事が忙しい時、よくスティーブをアルバートおじさんの家に預けていたので、エミリーと一緒に遊ぶ機会が多かった。
そんなある日、アルバートおじさんやエレンおばさんまで出かけてしまい、二人で留守番をしていた時に…大雨が降り出してしまったのだ。
おじさん達もきっとどこかで雨宿りしてる。当分帰って来ないだろう…と、思った時、
ピカッ!外で稲妻が光った。
「キャッ!」
エミリーは思わずスティーブに抱きついた。
しばらくして、ドカーーーン!と、爆音にも似た雷鳴が轟いた。
「キャー、キャーキャー…」
エミリーがスティーブに抱きつく腕の力が更に強くなり、そのほの温かい体温に、スティーブはドキドキした。
「大丈夫だよ…すぐ止むよ…」
そう言ってスティーブは立ち上がろうとしたが、エミリーは彼の腕をギュっと掴んで、
「お願いどこにも行かないで!!」
と、泣きながら懇願した。
スティーブは座ったまま、自分に抱きついたエミリーの背中を、雷鳴が聞こえなくなるまで優しくなで続けた。
ドクン…ドクン…これは僕とエミリー、どっちの心臓の音だろうか…
短く尖ったエルフ耳が、上下にピコピコ動いてたのを、気づかれなかっただろうか…
(ぼくは大きくなったら、この子をお嫁さんにするのかな…)
スティーブは思った。
スティーブの幼少期は幸福だった。だからだろうか。彼には夢があった。
『今、この幸せな姿を、何かに描き留める事が出来たら』、と…
※ ※ ※
ある日の事、
「お父さん、みんなの姿を、そのまま絵にする事って出来ないの!?」
スティーブはフィリップに聞いてみた。
「誰か、絵のすごく上手い人に描いてもらうって事!?」
フィリップは訊ねた。
「違うよ。見たまま、そのまんまの絵にする事って、出来ないの!?」
「ふむ…」
しばらく考えた末、フィリップは言った。
「…昔、父さんと母さんが、結婚する前に最後に行った冒険で、ある遺跡の探索を行ったんだ。」
「遺跡…!?」
難しい言葉にキョトンとするスティーブ。
「おとうさん、すてぃーぶにはまだむずかしすぎますよ。」
まだ幼い妹をあやしながらモリガンが言った。
「遺跡というのは…大昔の人が作った建物とか…で、いいのかな…おほん、とにかく…」
父さんの言葉をスティーブはドキドキしながら聞いた。
「その遺跡には、本物そっくりの絵が描かれていたんだ。あれは、遺跡の使い方を説明した物だと思う。」
「本物そっくりの…絵!?」
「ああ。あれは、絵の上手い人が描いたとか、そういう次元の物じゃあ無かった。見たものをそのままに描き留めたみたいだった。」
これだ。スティーブは思った。大昔の人は、今この姿を描き留める方法を持っていた。大昔の遺跡を探索すれば、その方法がきっと見つかる。
そして、遺跡を探索するには、冒険者になればいい。父さんと母さんみたいに…僕ならきっと出来る。
※ ※ ※
スティーブが20歳になったある日、
「父さん、僕、冒険者になりたい。」
と、言った。
当然諸手を挙げて賛成され、協力なり助言なりを得られる物と思われたその発言は…
「許さん!父さんは絶対に許さんぞ!!」
フィリップは烈火の如く怒った。そもそも父さんが怒ったのを見たのは、スティーブはこれが初めてだった。
「でも、父さんと母さんも昔、冒険者だったって…」
「お前は何も分かっておらん。あれは命の危険を伴う仕事だ。命を懸ける必要のない者は、してはならんのだ!」
「僕は父さんを…」
父さんを超えたい、その言葉は、父からの平手打ちで遮られた。
「と…父…さん…!?」
左頬の痛みに困惑するスティーブ。
「お前は私の後を継いで、『パイライトカンパニー』の社長となるのだ。明日からもそのための勉学に励みなさい!!」
「…僕の生き方を父さんが決めるって言うの!?」
「もうこの話はこれまでだ!!部屋に戻りなさい!!」
※ ※ ※
部屋に戻ったスティーブは、未だ混乱の中にいた。
父さんの考えが分からない。
父さんは僕には冒険者なんて務まらないと思っているの!?
父さんは自分が通った道を僕が歩むのを許してくれないの!?
僕が自分の夢を叶えるのを、許してくれないの…!?
分からない。分からないけど…ひとつ分かるのは、
あの優しかった父さんは、もういない、という事だ。
そして、美しかった母さんも、もういない。
母さんは同じ年ごろの母親たちの中でも、十分美人に入るだろう。
だが去年、スティーブの祖父母にあたる、王国の伯爵とその夫人…オリヴィアおばあさんが遊びに来たことがあった。その時、見てしまったのだ。
母さんと並んだオリヴィアおばあさんは、見た目、母娘関係が逆に見えた。モリガン母さんの方が、オリヴィアおばあさんの母親みたいだった…
「何でこんな事になっちまったんだ……」
人は必ず変わる。
優しかった父さんは、もういない。美しかった母さんも、もういない。
だから…
その夜、スティーブはこっそり家を出た。元々旅支度は整えていたのだ。それが、家出に変わってしまっただけ。
優しかった父さんは、もういない。美しかった母さんも、もういない。
だから…
幸せな今、この時を、永遠に描き留める方法を、僕は探し出す。
LightningS ~僕はほんの少し魔法が使える・第三部~
そう言えば、第一部でもキャラクターの年齢設定を公開しておりませんでした。
第一部開始時 第三部第一話終了時
フィリップ:20歳くらい → 40代前~中ば
モリガン :考えてもしょうがない
ナイン/ :10代後半 → 40歳くらい
ニェット
スティーブ: 20歳くらい