異世界の戦士たち
前話のあらすじ:ドフとリーヴスに連れられて里奈は彼らの野営地にたどり着いた。
彼らの目的は、大量殺戮を犯したある魔女を討伐することだった。
「ボク達の任務は、魔女討伐。かつて殺しに殺しを重ね、世界の人口の3割を殺戮し尽くした、邪悪な魔女を殺すことだよ」
小動物の声を受け、里奈は言葉を失った。自分も体験したことだし魔法というものが存在することは認めよう。しかし、世界の人口の3割となると……。
「23億人……?」
「こいつアホじゃね?そんな多くねぇよ」
リリィが吐き捨てた。
「だいたい3億人くらいだ、ぶっ殺されたのは……。まぁ国ごと消えちまって犠牲者の数も分からねぇところもあるからな」
「え、でも世界の人口は77億人なんじゃ……」
確か何かのニュースでそう聞いたはずだ。いくら何でもこの地球上にいる総人口が10億人ということはないだろう。
リリィは不機嫌そうに言った。
「何の話だよ。そんなに人いたら食い物に困るだろうが」
「で、でも」
「あ、いい機会だから、ここで言ってしまおう。腰を折ってごめんなさい」
おもむろにミューイが口を開いた。
「実はわたし、ここに来る前にリナちゃんの出自を探ってみたんですよ」
「出自?」
リーヴスが近くに来て言った。
「魔術師の占術か」
「そう、わたしたちは自分の出自を大切にします。前世とか生まれた場所とかですね。それによって運命をある程度推測することもできる。リナちゃんは記憶を失っているということですし、助けになればと思ってサクッと占ってみたんですが……」
「どうだった?」
リリィが身を乗り出した。
「それが、何にも見えなかったんです」
とミューイ。
「ふむ」
リーヴスが唸る。ドフは黙って眉根を寄せた。
「なんだよそれ」
リリィが言い放つ。
「この辺りの生まれではないということなのかな?」
小動物が小さな口で言った。
「この辺り……というよりも……」
ミューイは里奈を見て、何度も頷いた。
「あの……私がどこで生まれたか、分かるんですか?」
「ええ、分かります。びっくりしました」
「教えろ」
ドフが言った。
「この子の記憶を取り戻す鍵になるやも知れぬ」
「驚かないでくださいよ」
そうミューイは前置きし、
「この子の生まれはこの世界ではないようです。異世界の存在は実証されていないはずなんだけど、そうとしか説明がつかない」
「異世界だと?」
ドフとリーヴスは顔を見合わせた。リリィはぽかんと口を開けていた。
「そう、異世界。わたしたちの研究対象のひとつですね。全く違う時間、法則、過去を持つ世界のこと。そう考えると、リナちゃんのいう世界人口とリリィさんのいう人口の違いも説明がつきます」
ミューイの言葉を聞き、里奈は内心舌打ちした。まさか異世界とは。他国に拉致されていたほうがマシだったかもしれない。
だが、確かに腑に落ちることもある。ドフ達の話す耳慣れない地名、魔狼をはじめとする未知の生物、そして「魔女」。異世界ならなんでもありだ。
「それで、記憶の修復はできるのか?」
「……ごめんなさい。わたしの技量では難しいです。原因が分からなすぎる」
ミューイは困り顔で言った。
「わたしもこういう人を見たのは初めてなのです。異世界だって、理論上存在するということしか分かってなかったから……。もっと凄い魔術師なら何か知ってるかもしれません」
「ラネッシュ老師にお伺いを立てたいところだ」
「あとで通信の魔術を試みてみます」
トントン拍子に話が進む。里奈は焦って言った。
「私、自分の世界に帰れるのでしょうか」
「それも分からない……。来た原因とか、少しでも覚えてないんですか?」
里奈は迷った。「殺されました」と素直に言ったほうがいいような気がする。だが現状里奈は、記憶喪失という設定だ。今回は設定を守ることにした。
「う〜ん、覚えていないです……」
「そっか……でも落ち込まないで。王都にはわたしよりずっと強い魔術師がいます。その人とお話しできるようにしておきます」
「ありがと……ひっ」
里奈は飛び上がった。濡れた感触が首筋を走った。
「へぇ、これが異世界人の味か……あまり変わらないなぁ」
「リリィさん!」
ミューイが軽く杖を振る。里奈は体が弾かれるのを感じた。リリィから離れるように斥力が働いている。
「ちっ、軽く味見するくらいいいじゃねぇか」
「異世界人の皮膚には毒があるかもしれませんよ?」
「研究のために死ねるなら本望だよ」
ミューイとリリィが騒ぐ中、小動物がトコトコと駆け寄ってきた。
「ごめんね、彼女はちょっと……いやだいぶ変人で……とりあえず座りなよ。焚き火のそばにおいで。あったかくなるよ」
「ありがとうございます……」
里奈は天を仰いだ。
(異世界か……とんでもないことになったな)
「夕食になりそうな獲物を仕留めてくる」
ドフは弓を担いで立ち上がった。焚き火を取り囲んでいた一行に背を向けると、結界の外に歩み出る。
「獲物って……ひとりで?」
「心配は要らない」
リーヴスは薬草茶を飲みながら言った。
「彼は一流の狩人だ。「百獣狩り」のドフなんて呼ばれてる。森に慣れていない人間が一緒にいると、むしろ邪魔になる」
「百獣狩り……」
「その呼び名に偽りはねぇ」とリリィ。
「南の森を根城にしている狩猟団の首魁としてその名を知らぬものは居ない。アタシの研究室の標本も提供してもらったんだ」
「今回の任務で最初にお呼びがかかったのが奴だ。王からの信頼も篤いのさ」
そういうリーヴスの視線は穏やかだった。ドフに対して嫉妬のひとつでも抱いているのではないかと思っていたが、そうではないようだ。
「ドフとミューイが組んだ時点で魔女狩りは達成されたようなもんだ。俺はおまけだな」
「そんなことないよ!わたしの方が全然おまけです!」
ミューイはかぶりを振った。
「ミューイは歴史上最高の魔術師、老ラネッシュの一番弟子だ。魔術の力量は国内でもトップレベルだ」
「いやいやそんな」
リーヴスに褒められ、ミューイは顔を赤らめた。
「リナに昔話を聞かせてやろう。2年ほど前、北の蛮族を平定するために戦士と魔術師の合同部隊が送られてな」
「ちょっと!」
ミューイは立ち上がった。
「その話はしなくていいじゃないですか!」
「いや、リナはまだ君の強さを知らないから」
リーヴスは素知らぬ顔で続けた。リリィがクスクスと笑う。
「で、敵の族がなかなかやり手で、ゲリラ戦法に苦戦しているうちに部隊は散り散りになってしまった」
「リナちゃん!聞かなくていいから」
「ミューイは透明化の魔法で族の根城である大きな谷にたどり着いた。奴らは谷底に住んでたんだ」
「それでそれで?」
里奈は身を乗り出して聞いた。
「ミューイは仲間が来るまでしばらく待った。しかし皆苦戦しており、誰も谷までたどり着けなかったんだ。しびれを切らした彼女は、自分1人で族を全滅させることにした」
「1人で……どうやって?」
「谷を閉じた」
「は……?」
「言わなくてもいいじゃないですかリーヴスさんのいじわる!」
ミューイは杖でリーヴスを突いた。リーヴスは動じずに続けた。
「魔術で大陸ふたつを雑に動かして谷を閉じてしまったんだ。当然大地震が起きて辺境の村がいくつか消え、新しい谷ができ、湖が干上がった。結果彼女は半年間の謹慎を食らった。まぁ半年で済んだのは奇跡みたいなもんだが……彼女の重要性を鑑みての措置だ」
「すっごい」
里奈は言った。正直スケールが大きすぎて凄さが伝わらなかった感じはするが。彼女の力量は神の御技に等しいのかもしれない。
「くそぉ……わたしの失敗談を語られてしまいました……こうなったらリーヴスさんのも話してもらいますから!」
「俺?何か話すようなことがあったかな」
「リーヴスは王族近衛隊第一部隊の副団長……要するに国で2番目に強い戦士だ」
リリィが口を開いた。
「第一部隊ってのは武官5名以上からの推薦がなければ入隊試験すら受けられない、精鋭中の精鋭が集う部隊なんだよ」
「魔狼相手に情けないところを見せてしまったからな……信じられないかもしれないが」
里奈はかぶりを振った。確かに彼は魔狼と戦って負傷したが、そもそもあの怪物と戦おうとしたことが彼の強さの証明だ。あれに対して勝算があったということなのだから。
「リーヴスは対人戦で無類の強さを見せるって話だ。アタシは見たことないが……。王宮に忍び込んだ暗殺者3人を相手取って一人で戦ったこともあるらしいな?」
「昔の話だ、あれはひどかった……」
「そんなに強かったんですか?」
里奈は尋ねた。
「さてな。王宮に忍び込んだのは3人で、2人は仕留めた。残る1人が王の寝室まで入り込んでな……王を起こさないように戦わないといけなかったんだ」
「え、それはどういう……」
「現在即位しておられるイルス王は、就寝中に起こされるのを嫌う。俺としてもたかがネズミ一匹のために彼の逆鱗に触れるのはごめんだ。なので、剣を打ち合わせることもせずに素手で戦ったんだ。王がそれを知ったのは翌朝だ」
里奈は驚いたと同時に呆れてもいた。普通賊の侵入を許した時点で王は叩き起こすべきなのではないか。
(異世界の常識ってわかんないなぁ)
考えながらなんとなくリリィに視線を移す。
「見るんじゃねぇ。アタシにはそんなエピソードねぇよ」
「リリィさんは研究体質ですからね。表に出ることがあんまりないんですよ」
「確かに喧嘩は得意じゃねぇ。だが研究のためには、危ない橋を渡らないといけないこともある」
腰のホルスターを軽く叩いた。
「そのためのコレだ。戦いの経験はねぇが、強さならなかなかのもんだと思うぜ?」
「魔女と戦うには彼女の知識も必要だ。銃の弾丸は手製だが、魔術を破壊する特殊な印が刻まれている。魔法に当たれば一方的に破壊し、魔狼や魔女のような魔術を帯びた生命体に当たれば内側から魔力を暴走させる」
「つまり、わたしが受けたら終わりですね」
ミューイが呟いた。
「大丈夫、狙わねぇよ。……ああ、あとそいつ」
リリィは焚き火のそばで寝ている小動物を指した。
「そいつはヤマネの肉体に、魔術的に作られた仮想人格が入っている。ドフも言ってたが、ラネッシュ老師の使い魔だ。こいつが見ている風景は先生も見ていることになるし、こいつを介して会話もできる。便利なもんだろ?」
「確かに。魔法ってすごいんですね」
「そう、確かに凄い、便利な能力です」ミューイは杖を指先で弄びながら、
「しかし、魔力を高めるには大きな代償が伴います」
「代償?」
「ええ、それは」
「今、戻った」
声に振り返ると、ドフが結界を越えて戻ってくるところだった。後ろ手に大きな鹿の死骸を引きずっている。
「大物を獲った。これから解体する」
「俺も手伝おう」
とリーヴス。
「気持ちは嬉しいがそれには及ばん。貴公は野生動物の解体をしたこともなかろう。体を休めておいてほしい」
ドフは鉈を抜くと、手慣れた様子で鹿を捌き始めた。里奈は射殺された鹿の頭部に目をやった。矢が一本、眼球から後頭部まで貫いている。他に外傷がないことを考えると、ドフは正面からの一撃で鹿の目を射抜いたのだろう。
(百獣狩り……)
その呼び名に違わない、圧倒的な実力を感じた。