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殺人少女、異界に遊ぶ  作者: 広瀬 月草
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目覚め

前話のあらすじ:ある朝、里奈は街の人々が薄汚い巨漢によって次々に惨殺されていくのを目撃する。人間離れした頑丈さと膂力を持つ巨漢には、人殺しに慣れた里奈の格闘術も通用しなかった。里奈は駆けつけた警察官もろとも、彼によって殺害されてしまった。

 瞼を透かして光が瞳を刺した。頭がズキズキと痛む。

(……なんだこれ、眩しい)

 里奈はぼんやりとした意識の中で考えた。

(ああ、殺されてしまったな。まともな生き方ができるとも思っていなかったけれど、まさかこんな形で終わるなんて)

 汗が額を伝う。顔全体が熱を持っているようだ。殴り殺された痛みがじんわりと顔を覆っている。

(暑い……暑すぎる)

 この熱は異常だ。今は12月も半ばを過ぎ、雪がチラつくような季節だったはず。

 慌てて飛び起きた。

 空から降り注ぐ閃光が瞳を突き刺し、脳を苛む疼痛が鋭さを増した。思わず顔をしかめる。手で庇を作り、辺りを見渡す。

 最初に目に飛び込んできたのは、鮮烈な緑色だった。

 里奈を囲むようにして膝ほどの高さの雑草が繁茂している。雑草の向こうには背の高い木々が蒼空に向けて青々とした枝葉を伸ばしていた。

(ここは森……いや、草原?)

 少なくとも里奈の周囲に関していえば、草原と呼んで差し支えなさそうだった。広さはサッカーグラウンド程度。いびつな円形をしており、四方を森に囲まれている。

(暑いのも当然ね)

 里奈は自分の姿を見下ろして思った。ここには日光を遮るものが何もないし、きっちりと着込んだ冬用の制服は熱を逃がしにくい作りになっている。草原を横断して森に向かえば日陰があるかもしれないが、それより先に考えるべきことがあった。

(……私はいつからここにいるの)

 男に殴られた。それは覚えている。何度も殴られ、そこで死んだものとばかり考えていた。

 ペタペタと自分の頬に触れて、首を傾げた。

(外傷もない……気絶するまで殴られたのに?)

 里奈の眉間のシワが深くなった。様々な想像が頭をよぎる。もし男が里奈を気絶させてこの草原に連れてきたのだとすれば、その狙いは何なのだろうか。

(こんなに大きく気候が違っているということは、ここは日本ではない。南半球のどこかかな。ということは最速で移動したとして八時間はかかる。殴られた結果の失神でそんなに長時間気を失っているというのは考えにくい)

 両腕を眺めまわし、首筋にも触れてみる。注射痕や火傷の跡はない。続いて左手を口に含んだ。舌の根元、口蓋垂の真下を強く押すと、吐き気がせり上がってくる。

「うぐっ!げほっ」

 目に浮かんだ涙をそのままに、草の上に散らばった吐瀉物を観察した。

(変なものは見当たらないな。匂いも)

 ベンゾジアゼピン系と呼ばれる一種の睡眠薬にはアルコールと併用することで記憶障害を生じさせる効果があるが、吐瀉物からは酒の臭いもしない。何らかの薬で失神させられたのかと思ったが、外れのようだった。

 「さて……どうしましょう」

 里奈は呟いた。現状がまったく把握出来ない。なぜここにいるのか。ここはどこなのか。なぜ殴られたはずなのに外傷がないのか。謎が山積みだ。

 とりあえず誰か、人がいる場所に行きたい。話ができれば助かるし、新聞なりテレビなり情報媒体を見つけられれば、今がいつでここがどこかも分かるはずだ。

(そうだ、スマホ)

 里奈はふと思い出し、スカートの懐からスマートフォンを取り出した。幸い壊れてはいない。しかし、

右上には「圏外」の表示があった。続いてWiFiのネットワークを探してみる。それなりに発展している国であれば、何かしらの電波は拾えるはずなのだが……。

(これも無しか…)

 そもそもここは森である。日本でも圏外になる山道はあるし、移動すればどこかの電波が拾えるかもしれない。

(希望的観測ではあるけどね)

 里奈はコートとブレザーを脱ぐと、下に着ていた制服のシャツの袖を折り曲げ半袖にした。スカートを脱いでハーフパンツ姿になる。人前には出れないようなチグハグな格好だが、この暑さの中冬服で歩くよりはマシだろう。脱いだ服はその場に放置しておくことにした。持ち歩くには邪魔だし、一昔前の女学生のように腰に巻くと動きにくい。

 スマホをハーフパンツのポケットに滑り込ませると、里奈は歩き出した。草原を囲む森を目指して。


 

(ここの生き物は興味深いな。初めて見る)

 数十分後、里奈は森の木かげで屈みこんでいた。都会育ちの里奈にとって、整地されてない地面を歩き回るのは重労働だ。足が攣らないよう適度に休憩を入れていく。

 草原からここに来る途中、森に住まう生き物をいくつか見つけていた。

 例えばバッタだ。草に紛れて小指ほどの大きさのバッタが紛れていた。外見はショウリョウバッタに似て細身だが、腹部がはオレンジ色に膨れている。里奈が手を伸ばすと、尻から臭い液体を飛ばしてきた。腹はこの液体を貯めて膨らんでいたようだ。里奈の知識の中にはない生物だった。

 彼女の興味を引いたのは虫だけではない。草原の大部分を構成しているのはネズミムギ(よく牧草に使われる)によく似た草だが、所々背の低い木が点在している。それは一般的な灌木に見えるが、肉厚で綺麗な赤色の葉をつけていた。葉を指で押し潰すと、透明感のある赤い汁が滴った。同時に腐った魚のような悪臭が鼻を刺し、里奈をたじろがせた。

(赤い葉……葉緑体に寄らない有機化合物への変換反応が可能なの? この臭いにも意味があるはず。人間にとっては悪臭でも、他の動物にとってはもしかして……)

 もともと里奈は、新しいことを知ろうとする欲求が人一倍大きい。幼い頃から叔父の書斎にあった医学書を読みふけり、学んだことを殺人という形で実践してきた。殺人に役立たない知識はない。その実感が勉強へのモチベーションになっていた。

(あのバッタの液、効果が知りたいな。何とかして採取できないかしら。他にも見たことない生き物がいるのなら、もう少しゆっくりしていきたいところではあるけれど)

 しかし、そうもいかないことは分かっていた。食べ物も水もない現状で、無駄に時間を食っているわけにはいかないのだ。

 さて歩くかと立ち上がったとき、背後に気配を感じた。

 里奈が身を固くすると同時に、低い声が聞こえた。


「お前を狙っている。ゆっくりこちらを向け。魔女の眷属め」


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