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第54話-北へ③

「聞いてくださいよお姉様! エイブラムさん、この間突然やめちゃったんです!」


 ヨルとしてはカリスは関係が無いとは思っていたが一応カマをかけてみたのだが、カリスの反応を見てヨルは少し安堵する。


 確かに、カリスが関係者とかエイブラムと仲間だったりすれば、あの時(さら)われて命の危険だった状況は何だったのかということになってしまう。



「エイブラムさんってぇ~ギルドのサブマス~?」


「そうそう! あのメガネに一度文句言ってやろうと思ってたのに、マスターにも言わず勝手に辞めて姿をくらましたらしいぜ」


 兎耳をピコピコさせながらリンが隣のエアハルトに尋ねると、エアハルトは腕を組んで目をつむりながらエイブラムのことを思い出しながら唸るように答える。



「へぇ~なんだか事件の予感だったりぃ~?」


「んなこと判んねぇよ、あのメガネは始めから何考えているかわからん」


「あはは、エイブラムさんちょっと取っつきにくいけれど、普通にいい人でしたよ」


「まぁカリスはあいつが元担当官だったしな」



 エイブラムに対する評価は三人の中で分かれていたが、カリスだけは元担当というだけあってエアハルトよりは少しマシなものだった。

 しかしリンもカリスも、彼が取っ付きにくい性格だという点は共通しているようで、ヨルもそれには同意する。


(――ヴェルのことで嗚咽してたけれど……)





「あっ、噂ですけれど傭兵ギルドのマスターも辞めたらしいですよ?」



「えっ?」


 その時、思いもよらぬ発言がカリスの口から飛び出した。



 ガラム傭兵ギルドマスターのアドルフ・フォン・ウォルター。



 あの筋肉隆々のいいオヤジという感じだったアドルフが辞めたという情報にヨルは首をひねる。



 ヨルはアドルフの事は、ギルドでの姿しか知らず普段どういう人物なのか、昔なにをしていたのかなど個人的なことは殆ど知らないため、辞めた理由についても推測が出来ない。



(もしかして今回のことに関係するのかな……)


 ヨルはお茶の入ったカップを両手で持ちながら、ガラムでアドルフと会話の記憶を思い返す。



(初めて会った時、アドルフさんは私が住んでいた村のことを知っているような雰囲気だった。あと、アルが「俺より強い」と言っていた)


 ヨルが色々と思い出そうとするが、カリスを助け出した時に状況説明をした、あの会議以外だと、別れ際にヨルの事を教会の監視から逃れるように南門から出るようにメモを残してくれたことぐらいしか思い出せなかった。



「王都の傭兵ギルドから新しいギルマスが来るって噂か? 俺も聞いたけど、エイブラムも辞めるし何かあったのか?」


「さぁ〜ね〜。上の方のゴタゴタなんて関わらないほうがいいと思うわよぉ〜。それに傭兵ギルドのマスターってシンドリの貴族でしょう〜?」




(シンドリの貴族……)



 リンの口から、また聞き捨てならない単語が聞こえた。



 シンドリはこれから向かう貿易都市である。

 エイブラムは、シオンがシンドリに向かったと言っていた。

 シンドリ出身の傭兵ギルドマスターアドルフも、突然ギルドを辞めた。

 アルもシンドリに向かった。



(……シンドリで何かが起こっているの?)


 今の情報、状況を並べるとすべてが貿易都市シンドリが関わっている。

 ただ、現時点では結論どころか、目的も見えてこない状況である。



 結局アドルフの事も、今は色々考えても無駄だと割り切りることにした。



「カリスたちはシンドリに着いたらすぐに戻るの?」


「いや、しばらく休養してからガラムか王都行きの護衛があれば受けようかと思っている」


 ヨルの疑問にエアハルトが答えて、リンも隣でウンウンと相づちを打っている。



「ヨルはぁ〜向こうで何かお仕事? 聞かないほうがいい〜?」


 リンがヨルの気を使いながら質問をするとヨルは「まぁお仕事という事で」と軽く濁した。


「そっかぁ〜じゃぁ私たちが到着して、まだお仕事が片付いていなかったらお手伝いとか必要なら言ってねぇ〜」


「わかりました、その時はよろしくお願いしますね」


「むぅ〜もっと気軽な感じでいいのに〜」


「リン、前から言ってるけど初対面でそんなに心開けるのはお前ぐらいだからな」


 エアハルトはリンの両耳を軽く握り、左右に振っているが、側からみれば仲の良い二人が戯れているようにしか見えない。


「仲のいいパーティーだね」


「えへへ、そうなんですよー。たまに悲しくなりますけれど私」




「あー。うん、そうだな、一応こいつ俺の嫁なんだ」


 エアハルトはリンの耳をフニフニしながら少し照れたような顔でそんな事を言う。

 先程からリンへのスキンシップが妙に多いのと、なんだか「通じてる」感があったためヨルはもしかしたら恋人かな?と思っていたが、まさかの夫婦だった。



 カリスはそんな二人を羨ましそうに見ながら、ヨルの側に寄ってくるのでヨルは少し離れる。


「むぅ……」


(悪いけど私はノーマルなの)


 ヨルはガツンと言わないなと思いつつ、そんな台詞を心の中で呟いておくことにした。





 そんな様子を眺めながら、ヨルはカップに残ったお茶を飲み干した。


「じゃあ、私はそろそろ行きますね」


 そろろ出発する旨を伝えると、案の定カリスが一緒にいこうと引き下がったが、シンドリで会えたら食事でもと約束をしてなんとか納得してくれたのだった。

 なお、商人はずっと丸太に腰掛けてお茶を飲んでおり完全に空気だった。



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