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第4話-お気に入りの獲物

「てやぁぁぁ!!」


 勇ましい掛け声とともに、ドスン!という音が聞こえ、街道沿いの木がメキメキと倒れてゆく。


「ふぅ……やっぱりこのリボンを付けてから、技のキレが今までより凄い気がする」


 薄い桃色の毛で覆われた猫のような尻尾がフリフリしており、先にキュッと結ばれたリボンが揺れていた。


「祝福があるってお父さんが言ってたけど、魔法が付与されていても私じゃどんな効果があるのか解らないしなー……」


 旅に出てから妙に独り言が増えてしまったヨルは視線を倒れた木の方に戻す。

 そこには腹に風穴を開け、息絶えている巨大な犬のような魔物の死体が横たわっていた。


 というか、潰れていた。



――――――――――――――――――――



 村を出てから七日。

 ヨルは樹海を歩き、近くにある街に向かっていた。


 昼間でも薄暗く、この道の終点はあの村しかないため全く人通りは無い。

 行商人ですら半年に一度ぐらいしか通らない道である。


 そのため一人で歩いていると魔獣とも出会うのだが、ヨルはそのすべてを拳一つで沈めてきた。

 それに初日は村に近いこともあり、アレが多かった。


「ホーン……らび? だったかな、あの兎は美味しかった」


 ヨルは魔獣の名前をいちいち覚えていない系女子だった。


 飛び出してきた瞬間右フック一発でサクサクと倒せるのだが、肉と素材に解体する時間がやたらとかかってしまうのが難点だった。



――――――――――――――――――――



「村から最寄りの街まで、十四日ぐらいって言ってたから、あと半分ぐらいかー」


 ちょうど中間地点ぐらいまで来たはずなのだが、歩いている道は既に獣道になっている。


「まぁあと一週間も歩けば着くんだし、ゆっくり行こう」


 彼女は気づいて居なかった。

 昨夜、川で水浴びをして野営をしたところで、進行方向がずれていたことに。



 この"エルツ大樹海"はヴェリール大陸の南側半分を占める大樹海だ。

 樹海の全容は解明されておらず、樹海の浅いところには幾つかの集落が点在している。

 ヨルが住んでいる村は、そんな点々とした集落の中で一番深いところにあった。


 樹海の奥の方には神人族が隠れ住んでいるとか、未発見の遺跡があるという噂もあるらしいが、実際に見たことのある人は居ないらしい。

 また凶悪な未知の魔物も居るとされており、冒険者ギルドや傭兵ギルドでも樹海奥への立ち入りを禁じている。


 それでも貴重な魔物の素材や、未知の生物など一攫千金を狙った冒険者パーティーがギルドの決まりを無視し、樹海の奥に入ったまま戻ってこないこともあるそうだ。




「今日のお昼は何にしようかなー」


 そんな樹海の獣道を歩きながら、のんきなセリフを口にしつつ先程の犬の魔物を解体する。


「この犬みたいなやつ、触手とか生えてるし食べないほうが良さそうね…このやたらと長い舌は素材で売れるのかな」


 ヨルは慣れた手付きで、丁寧に皮を剥ぎ残滓を穴に埋める。


 小さなリュック一つだった彼女の荷物は、木の蔦で作ったカゴいっぱいに魔物の素材が詰め込まれており、そろそろこれを持ち運びながら街に向かうのは億劫になる量になっていた。


「よし、晩御飯は昨日のアレさがそう」


 荷物をまとめ、本来の方向と逆に向かって歩きだすヨルの脳内は、先日食べてみて美味しかった魔物のことでいっぱいなっていた。


 耳をピンと立て周りの音に耳を澄ませ、なるべく足音を立てずに歩いていく。



――――――――――――――――――――



「……く……そっ、この……!」


 日が傾いてきた頃、ふと遠くで誰かの声がすることに気づいた。

 ヨルは荷物をその場に投げ捨て、近くの大樹の枝にひらりと飛び乗り声のする方を探る。


「あっちか」


 声のする方向を特定し木の上を猫の様に枝から枝へ渡っていく。



 時間にして一分もかからなかっただろうか。

 一人の剣士風の若者が泥に塗れながら一匹の魔物と対峙しているのを発見する。



「ポーションも使い切った……装備もボロボロ……だが、ここでやられるわけにはいかない!」


 犬のような姿をした魔物が口を開け、槍のような鋭い舌で剣士を突き刺そうとするのを剣士は左腕の薄皮一枚で避け、伸び切った舌に剣を振り下ろす。


 気力を振り絞った一撃は、クマやトラなど大型獣の首も一撃で切り飛ばせるほどのものだった。



 が。



(あれじゃダメだ)



 ヨルは木の上から割り込んで良いものかどうか悩みながら戦闘を観察していた。

 下手に手を出して横取り呼ばわりされてはたまらない。



「ぐっ……!」



 剣を振り下ろし無防備になった剣士の脇腹に犬の魔物がしっぽ部分から生えた触手で強烈な一撃を入れる。


 その勢いで近くの木に叩きつけられた剣士は、口から血を吐き動けるような状態ではなかった。



(仕方ないか…)



 木の上からひらりと飛び降りるヨル。

 獲物の脳天めがけ、落下する重力と自身の体重を乗せた踵を振り下ろす。



――ギャンッ!!



 気色の悪い声を出して地面に顔面をめり込ました犬はそのまま動かなくなった。


「ふぅ……あっ」


 慌てて剣士のほうに駆け寄り、状態を見てみると意識はまだあるようだった。

 ヨル家から持ってきたポーションを一本彼に飲ませてやる。



「うぅ……っ……た、すかった」



 どうやら思っていたほど重症ではないらしい。


「だいじょうぶですか?」


「あ、あぁ、まだ少しふらつくが大丈夫だ。嬢ちゃん助かった、ありがとう!」


「いえ……それよりも、ちょっとそこの木のところで座ってて」


「えっ? どうした?」


「まだ……居るわ……」


「なっ!?」


「しっ! 静かに」


 自身の口に手を当て声を出さないように剣士に伝える。


「ちょっとまて、さっきの……ダロスがまだ居るってのか……」


「だから静かに」





 その時、ヨルの左手奥にある茂みがザワッと揺れたかと思うと、そこから黒い塊のようなものが飛び出してくる。


 剣士には茂みが揺れたとしか認識できなかった。


しかしその瞬間。


「――――――っらぁっ!!」


 ヨルは左足を軸にくるりと方向を変え、身体を捻った勢いで右拳を一閃する


――ギャインッッッッッ


 ガラスの割れたような鳴き声を上げながら犬の魔物ーダロスが錐揉みしてバウンドしながら転がっていき、そのまま動かなくなった。




「い……いちげき……だと」


「ふぅ……ごめんなさい、まだ気配がしてたから」


「嬢ちゃん……お前一体……」


「私? 私はヨル。あっちに暫く行った先にあるケルムトっていう村から、森を抜けた街に行こうと思って一人旅中…です」


 相手の素性がまだわからないが、助けた手前適当な対応をするのも可愛そうかと思い、淡々と事実だけ伝える。


「ヨル……か。一人でこの森を抜けようとするなんて、おまえさん凄い強いんだな、さっきもダロスを一撃だったし」


「そんなことないですよ、まだおっちゃんには勝てないし……」




 あのおっちゃんは、小さい頃から何度模擬戦をしても勝てなかった。

 一度椅子に座って寝ているところを後ろから気配を殺して全力で殴りかかったこともあったが、まるで見えているような動作でヨルの腕を取り、投げ飛ばされたこともあった。




「おっちゃん……?」


「私に戦いとか教えてくれた隣の家の人」


「そ、そうなのか」


「ところでダロスってさっきの犬のこと?」


「あ、あぁ、あれはダロスっていう最近発見された犬型の魔獣だよ」


「ふーん」


「ふーんってお前……想定難易度Aと認定されたばかりの未知の魔獣なんだ。中級ランクの冒険者六人ぐらいでやっと倒せるかどうかっていう強さなのに」



 あの村で習える一般常識レベルの知識しかないヨルにはピンとこなかったが、どうやらそれなりに強い魔物らしい。


「で、そのダモス? だっけ? それ相手に何をしていたの……していたのですか?」


「ダロスだよダロス。俺は傭兵ギルドのもので、上からダロスの生態調査を命じられて何人かで樹海に入ってきたんだ」


「冒険者じゃないんだ……ですね」


「敬語はいらないよ、話が進まなさそうだし」


 そう言いながら、にへらっと笑ってヨルの頭をぐしぐしと撫でる。

 剣士にしては優男の手のようだった。


「ちょっ、乙女の髪になんてことを」


「乙女って…ダロスを一撃で潰すようなやつが乙女なって――グハッッ」


「あっ、ごめん」


 とっても失礼なことを言われた気がした瞬間に手が出てしまった。


「そ、そんなことより、あなたの名前は?」


 ヨルは誤魔化すように手頃な岩に腰を下ろしながら尋ねる。

 すでに息絶えたダロスの死体はとりあえず集めてある。


「ぐっ……いてぇ……す、すまん、俺の名はアルフォズル。アルって呼んでくれて構わな……い」




 短く丁寧に切りそろえられた金髪に、ライトブルーの瞳。

 良家のぼっちゃんと言われたほうが納得してしまいそうな整ったパーツ。

 装備も汚れてしまっているがそれなりに上等そうに見える胸当てや脛当て。

 剣は先程の戦いで刃こぼれしたようだが、それなりの一品に見える。




「アルね、で、そのアルは何人かで樹海に入ったって言っていたけど、他の人達は?」


「途中ではぐれちまった。日が沈む前に合流できると思ったんだが、その前にさっきのやつに出会ってしまってな。不意打ちを食らってこのザマだ」


「それは災難だったね。とりあえずお茶でも飲む?」


 そう言いながら背中に手を回したところで、リュックを含め荷物をすべて途中に放り出してきたことを思い出した。


「あっ……」


「どうした?」


「ごめんなさい、あなたの声を聞いて駆けつけたものだから、途中に荷物を…」


「それは済まない……どっちの方向だ?折角だから一緒についていってやる」


 アルは腰に手を当て、仕方ないなーという顔をしながらその目は少し泳いでいる。


「じー……」


「……」


「ジー……」


「……ついて行かせてください。一人だと死んでしまいます」


「素直でよろしい」


 目を伏せて照れながらも素直に返事をしたアルに、ヨルはへらっと笑って答える。


「あ、あとひとついい忘れてた」


「なに?」


「ケルムトから街に向かうって言ってたが、それだと全くの逆方向だぞ、この辺り」


「…………えっ?」

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