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第31話-山の民

(女の子同士だからセーフ! ぷーちゃんは今更だし気にしなーい!)


 頭に殴られた痕をつけ、ボロ雑巾のように岩陰に転がっているサタナキア。

 ヨルは涙目になりながら自分に言い訳しつつ巾着から取り出した服を着る。 




「ふぅ、それで、コルリスはこの辺に住んでいるの?」


「あ、あぁ。この山脈を定期的に移動しながら数家族で住んでいる」


 タオルで頭を拭きながら、ヨルは岩でできた浴槽に穴を開け少しずつ水を流しながらコルリスに尋ねる。


「でも、こんなところに住んでいる人がいるなんて思わなかったわ」


「私たちは草原から追われた民の生き残りだから」


「……迫害ってこと?」


「何か大昔に色々あったらしいけれど、私はこの山で生まれて育ったから」


「そっか」


「それより、ヨルはずっとこの山を抜けてきたのだろう? 驚かせた詫びもしたいしウチに寄って行かないか?」


 それは数日間、野営を続けててきたヨルにとってはありがたい申し出だった。


「ほんと? じゃぁ、せっかくだしお願いしてもいい?」


 スラリとしたモデルのような体型のコルリスは一度だけ頷き、踵を返す。そして少し振り返ってヨルがこれから進む方向に歩を進める。さらさらと長い黒髪が風で揺れて岩石だらけの山道では少し幻想的に見えた。



 ――――――――――――――――――――



 岩肌に掘られた横穴式住居。それがヨルの率直な感想だった。



 とはいえ、岩肌をくりぬいただけではなく随所に飾り彫がなされて、扉や窓も設置されていた。室内には絨毯が敷かれ、奥の方には他にも部屋がいくつかあるようだった。そしてなんと水回りも完備されているという充実ぶりだった。


 両親はちょうど狩りに出かけて家にはだれ居ないらしい。



「水は魔石から? それとも魔法?」


「基本は魔石だな。壊れてしまった家などは新しい魔石が用意できるまで魔法で代用することもあるが」


 台所で手を洗わせてもらい、荷物を奥の部屋に置かせてもらう。


 この様な住居が五十メートル半位ぐらいに幾つか点在しており、コルリスの話では六家族がほぼ自給自足で助け合いながら生活しているとのことだった。


 この場所は麓から普通のコースを進んでいるだけでは発見できず、探そうと思っても見つからないように岩肌が入り組んだ奥にあった。

 今まで外からの客人は山で遭難していた人を助けて連れてきたぐらいで、コルリスが覚えているだけで片手で数えるほどしか居ないそうだ。


 出されたお茶を一口飲み、ふぅと息をついたところでコルリスがヨルをじいっと見つめる。




「それにしてもヨル、猫の獣人なんて初めて見たよ。最近はセリアンスロープというのだったか」


「えっ……?」




 ふとコルリスの口からこぼれた言葉は、ヨルにとって理解するのに時間がかかるものだった。




「その…どう言えばいいのか判らないのだが」


「私もどういう意味かよく判らないんだけれど、コルリス、気にしなくていいから話して?」


 説明する言葉を選びきれないようなコルリスにヨルは気にせず話してと伝えると、少し考えながら口を開いた。



「その……猫の獣人は昔から数が少なく、希少性から奴隷にするために狩り尽くされ今では絶滅したって聞いていたのだ」



 ヨルも村で猫のセリアンスロープは狙われやすいという話も聞いたことがあるが、絶滅危惧種とまでは思っていない。



「そんなことないよ、父が――父は人間か、母はもう亡くなったし、知り合いの――……」



 ヨルはそこまで言いかけてふと気づく。




(ヴェルは見た目がそうなっているだけで、違ったわ――他に村には……居てなかったわね、ガラムで……も、確かに同族は見ていないわね)


「どうした?」


 急に考えこんでしまったヨルを心配し、コルリスがヨルの顔を覗き込むように、顔を傾けて寄せてくる。


「そう言えば会ったことないな……って」


「呆れた……ヨルは怖くはないのか?」


「……なにが?」


「その――誰かに捕まったり、奴隷にされてしまったり。一人で旅してるんだろう? 危険ではないか?」


 そう言われても、ヨルは今まで微塵もそんなこと考えたことなかったので、ピンとこない。それなりに戦いはできるし、逃げ足もそれなりに自信があったため、その辺りについては考えすら及んでいなかった。


「んーそうねぇ。女の一人旅なんて、人間だとしても変わらないと思うけどね」


「……」


「それに一人でもないし」


 そう言ってリュックからサタナキアを出す。


「それ、確か会ったときも喋っていたが、ヨルの従魔なのか?」


「んーまぁ、そんなとこ。ぷーちゃんよ」


 サタナキアの首を猫のように掴み、コルリスに見せるように持ち上げる。


『アネさん…あっしのことそう呼んで良いのは』


「ぷーちゃん、挨拶」


『――よ、よろしくお願いしやす』


 コルリスは「ほー」と言いながらサタナキアを上から下から眺めて、指で突きながら、初めて見る生き物に興味津々のようだった。


「ぷーちゃんは、簡単な攻撃魔法とか索敵ができるから頼りにしてるのよ」


『あっ――アネさん! あっしの事をそん――ぐぼっ』




 手っ取り早く静かになってもらったヨルは何事もなかったかのように話に戻る。


「それと、ほんとに一晩お世話になっても良いの?」


「あぁ、狭いところだけれどゆっくりしていってくれ」


「じゃ、遠慮なくお邪魔します」




 その時入り口の方に誰かの気配がして振り返るとコルリスによく似た、優しい雰囲気の女性が外から入ってくるところだった。


「お母さん、おかえり」


 コルリスが声をかけたその女性は、ヨルが思った通り母親だったらしく、ヨルは「はじめまして」と挨拶をする。


「あら、珍しいね。お客さんなんて。お嬢ちゃん山道に迷ったの? コルリスの母のコプルスです」


 コルリスとは正反対のほんわかした雰囲気で挨拶をしてくれるコプルスさん。

 母とは言っているがその容姿はコルリスとほとんど年齢が変わらないようにみえるほど若々しい。



(これが長命種のエルフの実力なのね……うらやましい)




「ヨルと言います、こっちは従魔のぷーちゃんです。山を抜けてニザフルまで向かう途中なのですが、休憩中にコルリスとお会いしまして」


「狩りしてるときに出会って案内したんだ。今夜は少し降りそうだったから」


「あらあら、じゃあお夕飯頑張らないとね。ぷーちゃんは同じもので良いのかしら?」


「この子は何も食べないので大丈夫です。そういえばこれ途中で捕まえたのですが、よかったらどうぞ使ってください」


 ヨルはそう言って巾着から雉子(きじ)のような野鳥の肉を取り出してコプルスさんに渡す。


「あら〜立派な鳥肉だこと、ありがとうございます、早速使わせてもらいますね」




「……いまどこから出したのだ?」


 ヨルはリュックから出すフリをしたのだが、後ろに居てたコルリスにばっちり見られてしまっていた。


「リュックからよ?」


「――そうか」



 納得していない顔をしていたが、気にしないことにしたのだろう。コルリスは母親の手伝いをすると言って台所に向かって行った。

 ヨルはお言葉に甘え、部屋に敷かれたフカフカの絨毯の上でゴロンと寝そべる。


(こんなところに人が住んでるなんてねーすごいなー)


 ヨルは久々に落ち着いたせいか、お風呂に入ったためか心地よい眠気に襲われ、やがて目を閉じてしまった。


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