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第29話-誰の目にも触れず

 人目の多い大通りを何気ない様子で歩くヨルの手には、いい匂いにつられて露店で購入した串焼きが握られていた。


(なんだかなー次の街に出ようとした途端にややこしいことに巻き込まれたなー)



 大通りが交差する噴水広場の椅子に腰掛け、肉串を頬張り周囲に意識を向ける。


(ここなら人通りもあるし大丈夫でしょ)


 先ほど露店で購入した古い歴史書のような薄い本を足の上に広げて、その紙面で宿屋の部屋で見つけた手紙を開く。少なくとも、じっと見つめなければ他の人達からは本を読んでいるように見えるだろう。



 ヨル的に一応のカモフラージュだった。



 ヨルは食べ終わった串をゴミ箱に放り投げつつ、手紙を開く。やはり先ほど受け取った手紙と同じ筆跡でかかれた手紙だった。



 ――――――――――――――――――――

 ヨルへ


 もしこの手紙にたどり着いてしまったなら、この街に俺はもう居ないはずだ。


 既に伝えているとは思うが、俺は勇者を探す使命を受けてこの街まで来ていた。


 だが最近教会内部の動きが怪しく、勇者の力を手に入れようとしている不届きものが居るらしい。

 俺の調べた情報では一番危険な武装集団と言われている奴らだった。


 俺の親しかった人間は監視されているはずだ。

 こちらの都合で巻き込んでしまって申し訳ない。


 すぐに教会の手のものが危害を加えてきたりはしないと思うが、俺と一緒にいるところを見られている可能性が高い。

 用心をするなら、誰にも言わずに街を離れたほうがいいかもしれない。


 ただ俺のことは気にせず、ヨルはヨルの旅を続けてくれ。


 じゃあ、またどこかで会えれば飯でも行こう。


 アル

 ――――――――――――――――――――




(…………はぁ)


 ヨルは目を伏せると大きなため息を一つつく。

 手紙に書かれていたのは予想通りの内容だった。文面からは、アルが自分でこの街を離れたのか、無理やり連れて行かれたのかはわからない。


 だがこのような回りくどい伝え方をしているということは恐らく強制的に連れて行かれたのだろう。アルの出身国は"ビフレスト"だと昨日聞いたが、そこにいるとも限らない。




(全く相変わらず相手の心配ばっかりね……隣町だと北にあるウプサラか……)




 ヨルは少し濡れてしまった手紙をそのまま本に挟さみパタンと閉じる。そしてその分厚い本を、腰にぶら下げた赤い巾着袋の紐を解いてその中に放り込んだ。


 他人から見ればサイズ的にありえない現象だったが、ヴェルによって作られたその巾着は、ヨルにしか使えないアイテム袋だ。


(この巾着のこと、ヴェルに文句言うのをすっかり忘れてたわ)


 本を入れた赤い巾着をぼうっと眺めながら思う。

 昨日、ヨルは渡された説明書に書かれていなかった重要なことを別れ際に尋ねたのだ。



 ――――――――――――――――――――


「――これ、どれぐらい物が入るの?」


「この街ぐらいはすっぽり入るよ☆」


「ばっ、ばっかじゃないの? そんな容量要らないわよ」


「私も中身にはアクセスできるから下着とか恥ずかしい物はあまり入れないでね☆」


 ――――――――――――――――――――



 そのままヴェルの煽りで違う話になってしまい、すっかり忘れていたのだった。


(お金の手形一枚を保管したいだけなのに、この街の広さの倉庫って……)


 ヨルはもう一度深いため息をつき立ち上がり周りを見渡す。




(ヴェルはもうこの街には居ない。アルも居なくなった)




 この大陸の一番南側にある辺境街ではあるが、ガラムの街はそれなりに人は多い。

 普通の市民の他に樹海の魔獣を狩る冒険者や他国からの行商人が珍しいアイテムを求め集まってくる。純粋な人間もセリアンスロープも多種多様だった。


 それだけに見たことがない人が居るのは珍しいことではなく、ヨルにとっては周りに居る人間ほぼすべてが知らない人である。


 ヨルは椅子に座ってプラプラしていた足を組み視線を落とす。




「探し人が二人になっちゃったなー」




 そんな独り言は喧騒にかき消えた。


 そのまま何も言わず便箋を取り出すと、宿屋宛にこのままチェックアウトするというお詫びの手紙を書き、近くの子供にお小遣いを渡して届けてもらった。


 ヨルは武器も大きな荷物も持たず旅人とは思えない身軽さで、何処にも立ち寄ることもなく、振り返ることもなく()()()()()()歩き出した。




 ――――――――――――――――――――



 ヨルは北方に向かうため逆の方向にある南門までやってきた。

 ガラムに到着した時に使った門である。




 時刻は宵の口。




 そろそろ街は闇に覆われ、松明やランタンが無いと周りが見えなくなる時間帯で、門を守る傭兵も慌ただしく閉門の用意をしていた。



 通り沿いの石造りの家からは夕食の準備をしているのだろう、薪を燃やす匂いやパンを焼く匂いが辺りに漂っていた。



 そんな時間帯。

 ヨルは門から少し離れた路地裏から城壁を見上げていた。周囲は家の壁や散乱した木材などが所狭しと置かれており、人の気配はない。



 ふぅと一息着くと、ヨルは自らの足に強化呪文をかける。


「……『瞬間加速(アッケレラーティオ)』」




 そして跳躍――




 音もなく、誰もの目にも触れることなく、誰に気づかれることもなくヨルは街の外へ飛び出したのだった。




 ――――――――――――――――――――




 その夜、ヨルは誰も歩いていない街道をひた走る。



 満月が出ており、猫のように夜目が効くヨルにとっては十分すぎる明るさだった。



(このまま次のウプサラの街を避けて、その次の街まで行こう……)




 結局のところ、ヨルは誰かに何かを強制されることは無いはずなのだが、誰かに監視されている可能性があるというのは気に食わなかった。



(教会の奴らとやらがこの大陸でどれほどの力を持っているかは知らないけれど)




『アネさん』




「――なぁに?」




 背負った小さなリュックからサタナキアが小さな声で話しかけてくる。

 マラソンランナー程度の速度で走り続けていたが、ヨルの耳ならこの程度の音量で問題なく会話ができた。



『あのアルって野郎のこと探しに行くんですかい?』



 少し不満だと言うような口調でサタナキアがヨルに尋ねる。



「アルとは二、三日ほど一緒に戦って、数日ガルムの街までの道中に一緒にいただけよ。まぁ素材を売るときに世話になったり、何回か一緒に食事したり――その程度の仲でしかないわ」




 ヨルは独り言を話すように走りながら考えを零す。




「それでも、ずっと村で過ごしてきた私には同年代の知り合いは初めてだしさ。詳しい事情は知らないけど困ってるなら力になってあげたいとは思ってる」


『あっしは教会とやらの連中がどの程度のものか判りやせんし、アネさんがその辺の連中に負けちまうとも思いやせん……』


「えらく買ってくれるけど、私はただのセリアンスロープよ。神様じゃなければ勇者でもないわ」


『だったら、なおさら危ないことに顔は突っ込まねぇほうがいいんでないですか?』


 主人が他人のために危険な真似をするのが気に食わないような素振りでサタナキアは言うが、ヨルもそんなに危ないことには首を突っ込むつもりはない。


「もし居場所が分かって、力になれそうならっていう前提だから気にしすぎない事」


(それでも無理やり一人突っ込んでいくのがアネさんさんの良いところなんですぜ)


「それに兄を探すのが最初からの目的だし、そこにアルが加わっただけだと思えば、この先私がやることに変わりはないわ」



『……あっしは何処までも着いてまいりやす』



 ――――――――――――――――――――



 サタナキアはリュックの中で揺られながら考える――。


 遥か過去に自分が守れなかった主人と崇めたこの人に、なんの偶然か今再び出会うことができた。


 一度違う世界で生まれ変わり、今再びこの世界で命を受けたヨル。


 主人を守れず魔界の奥地で自らを封印し眠りについていたサタナキア。


 両者が再び同じ時代、同じ場所で出会えたのはどれほどの確率なのであろうか。





(――次は無い。今後アネさんに危険が及ぶようなことが有るなら、この世界ごと滅ぼしてでもアネさんは護りやす)





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