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第0話-終わりの日

(もう……いいよね……私頑張ったよね)


 そのとき、彼女の心は完全に磨耗し、折れていた。


――――――――――――――――――――


 思えば小学生までは当たり前の生活をしていた――と思う。

 中学生になる直前、両親と兄が事故により死亡。

 引き取られた親戚の家で、叔父叔母からの虐待紛いの行為を受け始めた。


『だってお前、虐めてくれって顔してる』


 そんな訳の分からない理由だった。

 学校でもこの年代特有の陰湿なイジメのターゲットとなり、私物が捨てられたり汚されたりするのは日常茶飯事だ。そしてそれを叔父や叔母が知り、物をなくしたことに対する折檻。


 中学時代だけで何度死のうと思ったか、それでも今はもう側に居ない優しかった家族のことを思い出し踏ん張ってきた。


 高校には進学せず、家を飛び出し、親の残してくれた僅かな遺産を使わせてもらい、興味のあった専門学校に入学した。


――――――――――――――――――――


 心機一転、今度は友だちを作って人並みに頑張ろうとおもった初日。


 新歓コンパと称した飲み会に半ば強引に連れて行かれ、飲まされ、危うく襲われそうになったところを逃げ出した。


 教師に相談するも、子供じゃないんだからと一蹴され、頼れる友人も無く、彼女にできることといえば、またひたすらに環境に耐えながら勉強に没頭する決意することだけだった。


 自分は何もしていないのにこんなにも不幸なんだろうと考え悩んだこともあった。

 自分は甘えているだけで不幸な人間はもっと居ると言い聞かせたこともあった。

 自分が知らないだけで実は知らず他人に迷惑をかけているのかと考え続けた。


 それでも、変わらず私には厄災が似合うと神様が決めてしまったのではないかと思ってしまうほどの不幸体質だった。


 たまに話しかけてくれた隣の席だった、ちょっとギャルっぽい心優しい子は夏休みに電車に飛び込んだらしい。


 落とし物を届けてくれて少しずつ話すようになった三編みの真面目そうな子は学校の帰りに車に轢かれ亡くなった。


 毎朝学校の下駄箱で目を合わせて、最初は会釈だけで、段々と話しかけてくれるようになった元気そうな子は、何かの事件に巻き込まれて行方不明となったそうだ。


――――――――――――――――――――


 就職してからも…いや就職してからの方が辛かった。


 パワハラ、セクハラを耐えながら仕事に没頭し、終電で帰れればラッキーで、泊まり込むことも多く体力的にも限界が近かった。


 陰湿なイジメなんて言葉では言ってるけれど、子供の頃に比べると、一歩間違えれば命に関わるようなものもあった。なぜ大人になってまで他人を虐げ虐めることができるのか不思議で仕方なかった。


 唯一最後まで私のことを気にかけてくれていた女性の先輩が言うには、和気藹々とした職場だったが、私が入社してからギスギスし出したらしい。


 そしてその先輩に「気分転換にカラオケでも行こうか」と誘われた。


 部屋に入った瞬間、自分のことを品定めのように見据えてくる男たちの視線が突き刺さり、初めて誘ってもらえ調子に乗っていた自分に絶望した。


 そこから先のことは覚えていない。


――――――――――――――――――――


 深夜2時


 彼女はフラフラとした足取りで浴槽にぬるま湯を張り、部屋の冷房を最大にセットする。律儀にも玄関の扉に張り紙をしてから、部屋に戻り、以前に医者から処方された睡眠薬を全て煽る。


 おぼつかなくなってきた手つきでスーツを脱ぎ、下着姿になると浴槽に浸かる。すでに意識が朦朧としてきており、自分の身体が勝手に動いているような感覚に襲われる。


(………)


 一瞬だけ躊躇したあと、目をすっと閉じ、手首に当てた冷たいものを滑らせる。


 それでやっと終わり。



――――――――――――――――――――――――


(ちゃんと……できた……かな……)


そう思ってしまった事自体すでにおかしいのだが、なぜだかそう思ってしまった。

すっと視線を下げると、すっかり冷えた浴槽に浸かっている自分の身体が見えた。

無駄に大きい胸元が見え、その先、水に使っている部分は真っ赤に染まっていた。


(どこも……痛くない……のに……身体が動かない……)


開け放った扉からクーラーの冷気が流れ込んでおり、天井からぽとぽとと水滴が落ちていた。


(もしかして、死んだあとってみんなこんな感じで意識だけが……)


絶望的な考えにたどり着き、この先自分に起こることを考えてしまい意識が飛びそうになる。


発狂しそうに叫ぶが、声も出ない。


(私はここまでやっても……休めないんだ……)


深い絶望の中、何もできず、感覚もなく、意識だけが残された状態で。

彼女はプカプカと自分の体が膨れていくのを眺めていること以外できなかった。


――――――――――――――――――――――――


『またせたな』


ボソボソとした喋り方の声が聞こえた…気がした。


だけどもう視線も動かない。


動かすべきものが無い。


声もほとんど聞こえない……。


『では……何か申し開きはあるか?』


(…………)


『ヌシは自刃するという禁忌を犯した』


『八回の輪廻を経てもなお、まだ徳が貯めきれてないにも関わらず大きく徳を失った』


『次は更に不幸になるが、浄土に向かえるよう、次は励むがいい』


(…………ぁ)


『なんぞ、申し開きはあるか?』


(八……かい……め……?)


『この世界の生き物は、善行をし徳を貯めることで輪廻から逃れ、浄土にて安寧を得ることが出来る』


『徳を貯められなかった者は、前の生より更に不幸になった状態で生まれかわる』


『ヌシは今回まで人間だったが、魂の薄さを鑑みるに、次は塵芥のような有象無象の生物だろうな』


(……や……だ…………もう…………ゆるし……)


『……二度か三度も輪廻すれば大体は浄土に行けるものがほとんどじゃが、お主は以前までどのように輪廻させられたのじゃ』


(…………)


『……ヌシはこれ以上輪廻に回すのも無理があると判断する』


『ヌシの魂はこのまま虚無に落とす』


(や……っと……楽……に……)


『楽になどならんぞ?虚無獄とはその魂がすり減り切るまで滅び続けるのじゃ』


(なんで……)


『生まれ変わってもお主は、周りに不幸を撒き散らすじゃろう』


『他の生き物を守るため、ヌシの魂は処理することとする』


(私……何を悪いことをしたっていうの……なにもしてないのに……なにも……)


『それはワシにはわからぬ、今議論すべきことではない。では時間じゃ……堕ちるがいい。数千年も落下し続ければ消滅できようぞ』


 ふっと浮遊感を感じ、ごっそりと自分の中のものが無くなった感覚があった。

 刹那の後、身体が真っ黒いヘドロのような穴に落下し始める。


「あぁぁぁぁぁーーーー……あああああーー!!」


 味わったことのない激痛が彼女の魂を蝕み始める。


 頭の先から足の先、身体の表面から内臓の奥まで、ありとあらゆる部分が燃えるように熱く、凍るように冷たい。


「どうして私が……私ばっかりが……こんな最期……生まれなきゃ……」


 気を失いそうになっても、意識が残り、

 気が触れそうになっても、正気に戻る。


 どれだけ叫んでも、何も変わらず。

 どれだけ食いしばっても、痛みが増し続ける。


 真っ黒に淀んだドロドロとした穴を落ち続けながら彼女の魂は翻弄され続ける。


 無限に続く虚無地獄。

 この世の神からも見放された魂の最終処理場。


 ………………


 ………


 …

次話から本編です!

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