異世界が擬人化されてデスゲームが始まったので、折角だから俺は最弱の青い子を選ぶぜ
「なぁ、お前は星を動かせるのか?」
「はい? やろうと思えばできますが……」
「じゃあ、あの方向に一直線に動かせ。何があっても止めずにだ」
──それが地球崩壊の日、最後の会話だった。
* * * *
その少年──入間は、ただの人間だ。
少しだけ不幸な境遇で現代に生まれ落ち、天涯孤独の身の上からクラスでいじめられて、不登校になって引きこもりになったくらい。
家で楽しいことといえば、ワゴン行きの投げ売りクソゲーをネットで買ってプレイすること。
「はい、クソー。もうやらねー」
普通の人間はそこでやめるか、二~三回リトライして終了だろう。
だが、イルマは不幸にも才能があった。
クソゲーをクリアする天才的な直感と、理不尽を楽しんでしまう強靱な精神。
ありとあらゆる手段を講じて、ネットに頼らず自力でクソゲーをクリアし続けた。
その代償に人としての心を失ったのであった。
「あー、なるほどね。完全に理解した。ここは最愛のヒロインと自国民、七十億人を皆殺しにしていけばいいわけね」
極限まで思い入れ要素を詰め込んだ、極上の恋愛ゲーム。
だが、サブイベントの一つを起こすには、そんな馬鹿げた行動が必要だったのだ。ゆえにクソゲーと呼ばれている。
イルマは──それを躊躇せずに実行した。
無駄に1人1人に名前が付いていたり、ヒロインが怨念となって血の涙を流して、呪いの言葉を一日中はき続けるというフルボイス演出も、心地良いミッションコンプリートBGMにしか聴こえない。
「クソゲークリア。三日貫徹したから寝るか、それとも次のクソゲーに手を出すか悩むな」
電灯のスイッチを付けると、真っ暗だった部屋に明かりが灯った。
狭い六畳一間の部屋にパソコン、ゲーム機、万年床のふとん。
その中央にいるTシャツを着た少年がイルマだ。
年齢は十代後半、学校には行っていないので学生とは名乗れない。
髪は肩までだらしなく伸びていて、顔の作りは悪くないのだが非常に目付きが悪い。背が高めなのもあり、やせ気味なのに威圧感があった。
「よし、やっぱ次のクソゲーをやるか」
そう独り言を呟いてしまう。
引きこもっていると、つい思ったことを口にしてしまうのだ。
「──では、地球一つを救うクソゲーなんていかがでしょうか?」
「へ~、それは面白そうだ」
イルマは、つい知らない声に答えてしまった。
──誰だ? と疑問に思った瞬間、玄関のドアが開いていて、見知らぬ少女がズカズカと入ってきていた。
鍵はかけてあったはずだが──。
「まぁ、どこの誰でもいいか。で、それはどんなクソゲーだ?」
「……え? もっと、こう不審がったりとか、警戒したりとかしないんですか?」
「べつに」
イルマは細かいことは気にしなかった。
ただ面白そうクソゲーがあれば、それでいいのだ。
それが例え、どんなに……大それた出来事のオープニングだとしても。
「それじゃあ、まずわたしの自己紹介から!」
「スキップできない?」
「ひどくないですか!? で、でも名前くらいは紹介します……。地球のことは、地球ちゃんと呼んでください」
イルマの前にいる少女──地球ちゃん。
痛くて馬鹿げた名前だが、中学生のジュニアアイドルくらいの容姿をしていた。
巷では見ない海のような青いセミロングに、新緑のようなグリーンの服を着ている。
顔立ちは幼げで、胸もあまり無い。
「どうです? 可愛いでしょう地球!」
「すまない、クソゲー以外は興味が無いんだ」
「ひどい……本当に心底ひどい人格……。でも、だからこそ、あなたは選ばれたのです!」
「地球ちゃんとやら、お前も俺のことをディスりすぎだろう」
「まぁ、そんなことより。──ええと、地球わたしが危ないのです」
気にせず話を進める地球ちゃん。
イルマは、どうせゲームの設定だろうと思って聞くことにした。
「すいきんちかもくどってんかいめい、なんですよ!」
「ん~……“水金地火木土天海冥”ってことか。でも、太陽系惑星の並びがどうしたんだ? ……というか若干ふるい」
「おぉ、これを知ってるとは!?」
この言葉は、太陽から近い惑星順を並べたものである。
最近では冥王星が外れたため使われないが。
「で、それがどうしたっていうんだ? そのクソゲーに重要な設定なのか?」
「はい。それはもう、とても理不尽であなたでなければ投げ出してしまうでしょう。これから話すことに驚かれないでくださいね?」
「へぇ、それは楽しそうだ」
イルマは自然と笑みが漏れてしまっていた。
「異世界同士で戦い、占領、主従、滅亡……そういう全ての権利を天秤に乗せて戦う競技。──通称、星のデスゲーム」
「ほう……。だが、異世界と太陽系の惑星が何の関係があるんだ?」
「あ~、普通の人には説明が足りませんでしたね」
まるで自らが、普通の人間では無いとでも言いたげな地球ちゃん。
「いいですか? 金星とか、火星とか、実は外側をカモフラージュしてるだけで異世界があるんです」
「は?」
さすがのイルマも、そのゲーム設定は突拍子もなさすぎて聞き返してしまう。
現代の技術なら惑星観測も余裕だし、なんだったら着陸とかしてるのもあっただろう、と。
無理のありすぎる設定だ。
「あ、なんですかその顔は? 疑っていますね?」
「い、いや……クソゲーの設定なら、別にまぁ……」
「なんかすっごい力でカモフラされているんです! すっごい力で!」
「そ、そうか……すっごい力ならしょうがない」
もしかして、この娘。すっごく頭が弱いんじゃ、とイルマは思い始めた。
「でぃめんしょん? うぉーる? とかいうので区切っているとか知り合いの子が言っていましたが、細かいことは知らなくても生きていけますって!」
「その知り合いから説明を受けた方が百倍早そう、賢そう」
「と、とにかく! 他の星に隠れている異世界と、地球が勝負をしていって、負けたら大変なことになるのですよ!」
「ふーん、デスゲームってところか」
イルマはテンプレ的なデスゲームを思い浮かべて、大体の把握はした。
ようするに地球と異世界の戦いなのだろう。
“勝負をしていって”──とあるから順番に戦っていくタイプとも理解した。
だが、腑に落ちない点が出てきた。
「それって異世界と戦っていったら、勝っても連戦の消耗で、最後は死の世界になってないか?」
ひたすら無傷の勝利でもなければ、人的損害、資源的損害と積み重なっていくはずだ。
そこに何かありそうと踏んだのだ。
「いいところに気が付きましたね。イルマさん!」
「クソゲーは僅かな情報把握もしてなきゃ、切り開けないからな」
「星というのはとても記憶力がよくてですね、星が人の形になった者──。
つまり──この地球ちゃんさえ無事なら、勝利したあかつきには星の記憶から元通りにできちゃうくらいの魔力を得られるのです!」
「ん? んん、……ああ。何か引っかかると思ったら、地球ちゃんはゲームキャラのロールプレイをしていたわけか」
ようやく会話が理解できてきたイルマ。
この突拍子もなさ過ぎる会話も、ゲームキャラのロールプレイなのだと思った。
それを踏まえて返事をしていく。
「イルマさん! ついでに、全星相手に勝利するとすっごい権能を得るという話も──」
「そこは興味ない」
ゲーム内で勝利して力を得たとしても、二週目で俺TUEEEでもしろというのだろうか。
イルマとしては別のことを聞きたくなった。
勝者より敗者のことを。
「星と星が戦うっていう、そのクソゲー。敗者はどうなるんだ?」
「んーと、敗者世界の住人すべてと、異世界を擬人化した者を──滅ぼすも、奴隷にするも勝者の自由自在です」
「つまらない」
「え……?」
イルマが自らの敗者といえる過去をふり返り、心底から呟いた言葉。
つまらない──。
地球ちゃんは意味がわからず、呆然としていた。
「あれだ、クソゲーとしては条件が緩すぎんだよ。……なぁ? その勝者の魔力とやら、相手にも使えるのか?」
「はい? 許可すれば使えると思いますが……。でも、普通はもったいないので自分の世界のためだけに使いま──」
「それなら俺がプレイする場合は、“星のデスゲーム”とやらを──犠牲者ゼロで勝利に導いてやろう」
「ぎ、犠牲者ゼロで!?」
「このくらいの縛りプレイでようやくクソゲーだな」
クソゲーというのはクリアまでが理不尽なら、理不尽なほど面白いものなのだ。
絶対にクリアできないと思えても、砂漠から一粒の砂金を見つけ出す。
それがクソゲーマニアのイルマだ。
「あ~、そういえば、肝心のゲームソフトはどこだ?」
イルマにとって一番大事なことだった。
ゲームソフトがなければ、クソゲーをプレイできない。
「あ! それなら、丁度タイミングよく接近ましたよ!」
少女は六畳一間の中から窓をガラッと開けて、はるか頭上を指差した。
「ちょ、ちょっと待て……!? なんだありゃあ……」
「対戦相手です」
空を見上げると、そこは空ではなかった。
硬いゴツゴツした岩のような、途方もなく巨大なモノが──青空の代わりにあった。
スケールの大きすぎる現実に理解が追いつかない。
「さっき説明したじゃないですかー。惑星の月ですよ!」
「月は惑星じゃねーよ! 衛星だ!」
地球に急接近した月は、すべてをあざ笑うかのような狂気でそこに居た。