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脇役乙女はトゥルーエンドを望まない

「きみをまもる。なにがあっても」




 桜の木の下で、少年が着物姿の少女にそう言った。


 少女は少し驚いて、愛らしくはにかんだ。




「ほんとうに? 約束よ。ずっといっしょにいてね」




 それは微笑ましい、いつかセピア色の思い出となるような一幕。その一部始終をはらはら半分にやにや半分で物陰から見つめていたはずの私は。




 全力で吐いた。








 ──思い出した思い出した思い出した。




 少年少女の甘酸っぱい告白シーンを目の当たりにした夜。煎餅布団の中でストレス性の高熱にうなされながら私は大変なことに気付いてしまった。




 ここは乙女ゲームの世界だ。


 『烈華恋譚』、似非大正浪漫と怪奇要素を売りにした恋愛シミュレーションゲーム。


 思い出したこれらは、前世の記憶なのだろうか。推測するに私はおそらく西暦二〇〇〇年代の、ファンタジーとは程遠い世界で生きていた人間だった。前世の名前とかどんな人生を送ったとか詳しいことははよく思い出せないけれど……。


 熱に浮かされて変な妄想に取りつかれたんじゃないかとも思ったが、この記憶を放っておくわけにもいかない。




 だってこのままでは、まずいことになる。




 ゲームのあらすじは、妖の消えつつある時代の帝都を舞台に、華族の家に引き取られた元平民のヒロインが帝都を揺るがす大事件に巻き込まれていく──といったもの。攻略対象は軍人だったり陰陽師だったりクソ文豪だったり選り取り見取り。ここまでは普通だ。


 問題は、全ての分岐も網羅しバッドエンドもスチルも回収した先に解放される隠しルートにある。


 解放されるのは一番純愛的な物語が楽しめるとされた攻略対象、幼馴染キャラの裏──或いは、真のルートなのだ。




 なるほど製作陣の贔屓キャラで全エンドコンプリートしたプレイヤーへのちょっとしたおまけだな、と思うだろう普通。


 しかしたどり着くのは本編の大団円よりもよっぽど結末らしい、「トゥルーエンド」と呼ぶべきものだった。


 事件の真相、幼馴染の裏事情、ヒロインの正体。表でばら撒いた小さな伏線を全て回収した最も長く、もしかすると最も力の入ったルート。


 いやいや、トゥルーエンドをあんな徹底的に隠すやつがいるか馬鹿!


 同人だったのか、フリーゲームだったのかも思い出せないけどせめて商業じゃなかったことを祈ろう。正気じゃない。




 このルートの幼馴染はいつか誓った通りにヒロインを守る。何を敵に回しても。ヒロインは何があっても幼馴染と共にいようとする。何を犠牲にしても。


 もう嫌な予感しかしない。つまりそういうことだ。


 そりゃまあ実質トゥルーなだけあって辿りつくエンドは綺麗なものだ。


『いろいろありましたがめでたく二人は結ばれました』


 だがその道中で犠牲になるものはあまりにも……。




「なんで、よりにもよってその男の裏ルート攻略をやってるんですかお嬢!」




 一番の純愛キャラは一番の厄ネタキャラだった。


 あの桜の木の下での誓いは、幼馴染の裏ルートで判明するシーンだったのだ。




 私、篠笛千鳥(しのぶえちどり)甘味処(アイテムショップ)の売り子で、つまり脇役。


 原作ネームドキャラであったこと、 一応ヒロインと幼馴染の共通の友人設定を背負っていたことは不幸中の幸いだろう。


 このままではいけない。何がなんでもヒロインの幼馴染攻略を阻止するしかない。


 朦朧とした頭でこの日、幼い私は固く誓った。








「──で、あれから四年ですか」




 ここは私の親の店、甘味処『シノフヱ』。ちなみに時刻は開店前。


 席にはふわふわとした桃髪とすっきりとした目鼻立ちの洋装美少女。彼女が今日も屋敷を抜け出してきた元平民のお転婆令嬢、ヒロインこと濡羽唯音(ぬれはゆいね)


 そして向かい側に座るのは詰め襟を着た生真面目そうな黒髪の少年。士官学校に通う例の幼馴染、烏丸奏一郎(からすまそういちろう)だ。


 ただし怪奇譚らしく、実は『鬼』であるということが裏ルートで判明する。表ルートはさも王道ヒーローです、みたいな顔していたのに。


 思えば、奏一郎はキャラデザインが黒一色という時点で何かおかしかった。この世界では大抵皆、華やかな色使いをしている。私でさえ髪の色は紫だし。着ている袴とエプロンも無駄に凝ったデザインだ。




 二人は私を差し置いて和やかに談笑していた。


 まだ肌寒い時分なのにあの卓だけ春の陽気が満ちているようだった。


 ちょっと席を離した隙に……戻りにくい。




 元々幼馴染とはいえ華族の御令嬢と平民出身の士官候補生。身分違いの年頃の男女が気安く会える筈がない。


 というわけで開店前のうちの店は秘密の逢瀬場所になっている。昔馴染の縁というわけだ。


 提案したのは私。仕方なくだけど。




 私は溜息を飲み込みながら、卓にお盆を運ぶ。


 乗っているのは当店自慢のあんみつが二つ。




「お待たせしました」


「わぁ、やっぱりこれよね!」




 置くと鳴音お嬢様は目を輝かせ、ぱくりと一口目を匙で放り込む。はしたない。かわいい。




「あれ? 千鳥、俺の分だけやけに多くないか。蜜が洪水みたいになってないか」


「お気になさらず。日頃のお礼ですよ」




 奏一郎は胡散臭そうに私を見上げた。




「何を企んでいる……?」


「いえいえ滅相も。ただ奏一郎が虫歯になって苦しめばいいなぁと」


「君は鬼か!?」




 鬼はお前だろうが。豆ぶつけんぞ。


 って言えるわけもないので雑に微笑んでおく。


 別に豆ぶつけても痛くも痒くもないんだろうけど。餡子も納豆も平然と食べているし。




「俺、何かしたっけなぁ」とぼやきながら奏一郎は甘すぎるあんみつをつつき始めた。


 別に何もしていない。今はまだ。だからこれは純然たる腹いせだ。お嬢を誑かした男の虫歯くらい願って何がいけない。いやまあ、攻略したのはお嬢からだけども。『篠笛千鳥』はヒロイン贔屓なので仕方ない。




 くすくすとお嬢が楽しげに笑みを零す。




「貴方たちって本当に仲がいいわよね。兄妹みたい」


「ええー……流石に節穴だろう」


「やですよこんなボンクラが兄とか。せめて私が姉では」




 思いっきり顔をしかめた。……まあ、兄妹はごめんだけど。友人としては好ましく思っている。実質裏ボスでさえなければ文句なしだったのに。


 舌打ちを堪えながら私も椅子に座る。お嬢の隣だ。朝っぱらから甘味とかどうかしているなぁと思いつつ二人が食べているのを眺める。平和だ。




「そういや前にこうして皆が揃ったのは秋頃でしたっけ」


「時間が経つのは早いわね。ねえ奏一郎、あなた背が伸びたでしょう」


「どうだろう。君こそなんだか大人っぽくなった気がするよ」


「そう、かしら。私は何も変わっていないつもりなのだけど」




 突然お嬢様になってしまった彼女がした苦労は並々ではないだろう。否が応でも成長してしまう。変わってしまうものだ。


 そしてそれは彼も同じ。




「なんだか少し、寂しいわね」




 お嬢は悲しそうに眉を下げたが、すぐに明るく笑って重くなった空気を変えようとする。


 それを察した奏一郎も何か言いたげな口を閉じて、彼女に合わせた。私もそれに従う。




 二人の好感度は見えないけれど、そんなの数値で見なくても分かる。溜息も吐きたくなるというものだ。付き合っていないが、「付き合えないだけ」と言うのが正しいという状況。攻略を阻止とか無理だった。最初から好感度突き抜けていた。


 でも、私は気が付いている。


 どうやら二人がお互いに、一度も「好きだ」なんて言ったことがないことに。


 互いが互いを大切に思いながら、二人がこれっぽっちも己の恋心を成就させる気がないことに。




 時間を毒にも薬にもならない話で費やして、秘密の邂逅は終わる。もうすぐ開店時間だ。


 帽子を目深に被って先に出て行くお嬢を見送り、奏一郎がぽつりと零した。




「約束、全部は守れそうにないな……」




 彼は、後ろで私が聞いていたことに気が付かない。




 ──物語はもうすぐ動き始める。




「……私も、覚悟を決めるしかありませんね」








 その夜、私は家を抜け出してある場所へと向かっていた。




 この先の未来が本来のシナリオ通りに進むとして。トゥルーエンドにさえ辿り着けば、二人は幸せな結末を迎える。


 ……本当に? 


 何もかもを犠牲にして手に入れる恋の成就が、本当に幸せなのか。本当の幸せってきっと、今日みたいになんでもない話をして美味しいもの食べて、一緒に笑い合うことなんじゃないのか。




 最初は攻略を阻止しようと思っていたのだ。傷が浅くなるうちに仲を引き裂ければよかった。けれどどうしても私にはそれができなかった。


 人の想いは止められるものじゃない。ゲームならまだしも、今のここは現実だ。彼らはもうどうしようもなく想い合っている。それを引き裂くなど何人たりとも許されない。




「それに……私は、『篠笛千鳥』は二人の友人だから。真っ当な幸せを手に入れてほしいと願ってしまうんです。どうしても」




 深呼吸。自分の決意を確かめて、扉に手をかける。


 求めるのは当人らにとって劇性ゼロの完璧なノーマルエンド。のほほんと縁側でお茶を啜るようなそんな結末。




「だから。そのためなら私は、なんだってしてみせる」




 そして私は扉を開けた。


 この先に待ち受けるのは、練りに練った私の計画に必要となる筆頭協力者候補。彼を利用して、私は二人を円満に結んでみせる。






「──よく来たな」




 低い声が出迎える。格調高い椅子に悠然と腰掛ける男が、冷たい眼差しを私に向けていた。鳥肌が立つ。


 彼こそが帝都を混乱に陥れる元凶。




 ──メインルートの、ラスボスだ。

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