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正しいゲームのハマリカタ

 都会の喧騒というものは兎角、心をざわつかせる。行き交う雑多な人達の、虚ろ気な表情然り、己の居場所と目的を見失うと途端に孤独と焦燥に駆られ日常が異常にも思えるようになってくる。




 そんな喧噪も電車で一駅、二駅、三駅程も離れてしまえば眼前に広がるのは黄金色に輝く銀杏並木である。もっともそれは秋の話であり、春先ともなれば芽吹いた緑が耳に心地よい程に騒がしい。




 要は職場と自宅とを繋ぐトンネルのような物だ。果たしてそこまで考えられて駅前の造成が行われたのか定かではないが、少なくとも最寄駅から程よく続く並木道の先は築浅で低層階のマンションが連なっている。




 そんなある意味で異なる世界を結びつけるトンネルの終着点付近にその店はあった。




 喫茶ATOM。




 通りに面したオープンテラスは視界を邪魔する訳でもなく、むしろ溶け込むような黒いテーブルに、薫ってきそうな程に濃い茶色の椅子が実に目に優しい。




 通勤時間帯には『CLOSED』のプラスチック板が入口に掲げられている為か、都心へと向かう人々には縁のない喫茶。春の木漏れ日が優しく眠気を誘うような昼下がりにひっそりと店主の手によって『OPEN』へと変えられる。




 客層の中心は家事の合間を縫って訪れる若奥様達であった。店主自慢の拘りブレンドコーヒーは薫り高く木目調の店内と相まって非常に高い評価をいただいている。




 と、店主は思っている。




 美味しいコーヒーを提供してブレイクタイムを楽しんでいただく。その為に地下に豆専用の業務用冷凍庫も完備し、いつでも同じ味を……店主の拘りは所詮自己満足である。




 若奥様達の、その飢えた狼の如き鋭い視線の先には高身長、それでいて痩せ型、髪は肩下くらいまでに伸びているがゴム紐で綺麗に束ねられており、イケメン過ぎない優しい笑顔と清潔感。加えて黒縁で長方形の眼鏡。


 学生時代に憧れた、各々理想は異なる『先輩像』に近い、そんな店主、如月良(きさらぎりょう)は、若おおかm……若奥様達の持て余した劣情を、もとい妄想と想像をかきたて、甘美なブレイクタイムへと昇華していく一役を買っていた。




 客層がそんなものであるから子連れも珍しくはない。小学校に上がる前くらいの幼子達が暇にならないように、と持てる限りのDIY力を駆使して簡素な遊び場を決して広くはない店内に設けたりもした。


 そういった何気ない心配りに若狼様達の乙女心はくすぐられるのである。




 ある意味で喫茶ATOMは近隣住人……主に奥様方の共有財産として重宝されていた訳だ。決め事として、愛でるのは良し、触るのはOUT。そうやって経営は成り立っていた。




 陽の傾きと共に若奥様衆も現実へと戻っていく。一種のカンフル剤を投与されたかのように恍惚の表情を浮かべつつ、艶やかな笑顔で。


 それを見送ると、次に如月の眼に映るのは虚ろな目をした会社帰りの人達である。


 仕事からの解放感を感じさせずに半ば義務のように視える光景が彼にとって無性に面白かった。




 店主の如月には秘密がある。勿論、客にはそんなことを話さない。




 彼は大学時、現代文化研究会という如何にも厳めしい名前のサークルに所属していた。


 三年次には会長も務めた。活動内容は『ゲーム』古今東西ありとあらゆる『ゲーム』を体験し、経験し……というのは表の話であって、専らの活動は……言わずもがなである。




 そう、喫茶ATOMの人気者店主、如月良は生粋のゲーマーであった。




 昼間の姿は仮の姿と言わんばかりに十八時になると『OPEN』を『CLOSED』にひっくり返す。毎夜の如く、決まった客がお構いなしとばかりに閉まった店のベルを鳴らす。




「おっすおっす、如月、一週間ぶり」城門塚絵里(じょうもんづかえり)、OL、隠れゲーマー。一際小さい背丈の彼女は今でも女子高生で通用するのではと一部で噂されている(本人を交えた席で)。




「よお、会長」足利衛(あしかがまもる)、会社員、隠れオタク。筋肉質な如何にも体育会系のガタイに反して得意なゲームジャンルは落ちゲーだったりする。




「こんばんはー。ケーキ、買ってきたよ」一貫一会(ひとぬきいちえ)、フリーター(読者モデル)。猫顔が可愛らしい清楚な雰囲気ではあるがスプラッタ系が大好物の変態さんである。  




「うーっす。あれ、俺最後っすか」勝田重光(かついでしげみつ)、会社員、オープンオタク。無口な三白眼は良く『その手の会場』で如月とのカップリングの対象とされていたが、それが『お腐れ様』の慰みになるのなら、と半ば納得したうえで否定はしていない(ノンケ)。




 五人は全員が集まるまでは最低限の灯りしか点けていない店内で、如月自慢のコーヒーを楽しむ。


 都合、五人目はご相伴にあずかれない事になる為、集合時間に遅れるようなことは誰もしなかった。




 メンバーが集まったところで如月はATOMの鍵をガチャリと閉める。




「折角だから夜の時間帯はBARでもやればいいのに、きっとこの立地なら流行るよ」




 なんてことは五人の誰もがわかっていたが、誰も提案することはなかった。


 社会人としての生活に不満がないといえば嘘になる。しかし、満足していない訳ではない。けれども誰しも譲れないモノがあるものだ。


 それがあるからこそ社畜と蔑まされても何とかやっていけるというものだ。


ある人にとっては愛すべき妻や子なのであろう。スタイリッシュにフットサルなんて言ってみたいものだが、この五人にとっての『それ』はある意味で聖域と書いてサンクチュアリと読みたくなる程に子供心を残しているものであった。




 ATOMの地下の扉が開かれる。春とはいえ業務用冷凍庫のある地下は流石に寒い。


 さらに奥に部屋があることは五人だけの秘密である。


 地下の冷凍庫の脇にひっそりと、鍵のかかった扉。




 その先が『大人の秘密基地』。




 決して家庭用ではない企業向けの大規模回線をわざわざ引き込み、超高速でラグのない快適環境に備え、改造のうえに魔改造を加えられたゲーミングPCがペンタゴンを形成したデスクの上にデンと置いてあるだけの部屋。


 長時間座っても疲れにくい特注のアーロンチェアもPCが発する爆熱も、大声をあげても外には漏れる恐れのない防音の壁も湿度に強い壁材も何もかも。上階の喫茶ですら、この部屋の為にあるようにさえ思える。




 如月は自分を含めた五人が各々の椅子に座した所で声を掛ける。とても嬉しそうに。




「さあ、ゲームを始めようか」




◇◇◇◇◇◇◇




 下手なIT企業を外から潰すこともできてしまう程に物騒なスペックを誇るPCであってもその用途はゲームの粋を越えることはなかった。


 そこにはある意味で彼らの矜持のようなものがあった。 




 五人でパーティを組んで攻略するオンラインゲーム。


 初めて手を付けるタイトルである場合、各自がベテランプレイヤーから手解きを受け、アイテムを頂戴し、独り立ち出来る程度まで練度が上がると集結し、一気に攻略を進める。




 何もゲームクリアだけを目指しているのではない。そのタイトルの魅力を、楽しさを誰よりも、どのプレイヤーよりも感じるために彼らは攻略を進める。


 だからひと段落が過ぎた頃にはプレイヤーの数が増えている。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、楽しそうなプレイヤーがいるタイトルには自然とプレイヤーが引き寄せられるものである。




 だからこそ他人の評価は当てにしない。


 無論、雑誌の評価なんて読みはするが鼻で笑い飛ばす。どれだけ酷評されているタイトルであっても作り手が意気込んでリリースしたタイトルであれば何かしらの面白さは必ずあると彼らは知っているから。




 その日、一貫が持参したタイトルもそんな『酷評されている』ものの一つであった。




「凄くない? このゲーム、一本ごとにシリアルナンバー振ってタイトルまで変えてあんの。どんだけ手間かけてんのって。マジで。しかも『圧倒的没入感』って、やるっきゃないでしょこんなの!」




 同タイトルであれば共有プレイも可能であることが少なくない昨今のゲーム業界において、それを逆手にとるような……というよりは苦肉の策? 限定物商法? 何はともあれ一貫は提案したソフトのパッケージを五人にそれぞれ配る。




『3人目の勇者候補』を一貫自身が、『5人目の勇者候補』を如月に『9人目の勇者候補』を城門塚に『17人目の勇者候補』を足利に、そして『87人目の勇者候補』を勝田に。




「ええと『VR装置を必要とせずにそれ以上に体感することができる』……なんじゃそら。電子ドラッグ的な?」




 パッケージにデカデカと載っている内容をわざわざ読み上げる足利に城門塚が笑いながら反応を示す。




「あれじゃないの? 視点操作で3Dに見える的な。それもアイデアとしては古い感じはするけれど、近未来SFとかVRMMOのラノベみたいに意識ごと持っていかれたりしてね」




「それにしても、この仰々しい程の説明口調、なんか懐かしい感じがしないか? 小さい頃、親が買ってくれた訳のわからないシューティングのソフトにもこんな事が書いてあったような気がするな」




 如月のそんな懐古厨的な一言に四人は「ああーなんとなくわかるわー」と共感を示す。


 パッケージのキャラクターは二次元然としているのに起動すると小さな四角のドットが似ても似つかない映像を映し出し、説明書の世界観を読んで七割方の妄想をブレンドした上でプレイを始める。




 そんな懐かしさを感じながらも「流石にドットという訳ではあるまい」と笑いを交えた状態で、七色に鈍く怪しく光るディスクを取り出して五人はPCへと送り込んだ。

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