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こちら始末屋『ことぶきの湯』です。

 脱衣所でキーキーと鳴きわめきながら子狐が二匹、取っ組み合いを始めた。やれやれまたか、と思ってそれまで見ていた小型テレビから目を離して、番台を降りる。あっこの双子はいつもやんちゃだ。元気なのはいいけれど、脱衣籠をぶん投げるわ放電はするわ。ぽふぽふ、と頭に手を置いて少々力を籠めると、情けない声が両手の下から聞こえて大人しくなった。




 そのまま抱き上げて、先ほどから古いマッサージ機の上でくつろいでいるでっかい信楽焼きのタヌキのところに連れていくと、笠をちょっと斜めにして会釈される。マッサージ機に容赦なく揉まれる陶器のタヌキ。なかなかにシュールだ。子狐を親に返して散らかった脱衣籠を片づけて番台に戻る。




 やれやれ、と番台に座り込むと置いてあったスマホが鳴った。




「『ことぶきの湯』番頭です」


『元気そうねぇ、相変わらずいい男♡』




 聞こえてきたのは野太い男の声だが、器用にも声にもしなを作りやがる。




「本日の営業は終了いたしました」




 画面をタップしてさっさと電話を切ると、今度は据え付けの黒電話がじりりん、と音を鳴らした。




「はい、『ことぶきの湯』です」


『切らなくてもいいじゃないっ。――仕事よ』


「データをスマホに送ってくれ。場所は」


『南沙諸島。ちょっと面倒なの』


「あっちは崑崙の領域じゃなかったのか」


『それが壊滅させられたらしいわ、二個師団』




 それを聞いて舌打ちする。




「んな化け物相手に俺一人っていくら何でも無茶が過ぎる。追加料金プラス八割と後方支援」


『後方支援は任せてちょうだい。六割よ』


「七割八分。これ以上は負けられん。よそを当たれ」


『ちっ。あいっかわらずがめついわね。それでいいわ、五分でそっちに迎えをやらせるから合流してちょうだい』




 電話を切って番台に座る代理を呼ぶ。店は閉められねぇからな。ほどなくしてやってきた男に番台の銭ばこの鍵を投げた。




「緊急依頼だ。ちっと行ってくる」




 ばさり、と大きく店の名前が入った法被を羽織り、下駄を履く。




「また?今度はどこ? 」


「南沙諸島だ。大物狩り」


「そっか。いってらっしゃい」




 無邪気に笑って番台に上がっていくのを見ていると、視界の端で何かが動く。ぱし、と受け止めると何か小さなボールがいくつか入った袋だった。




「それ、持ってけよ。おれらからの餞別だ」


「おお?ありがとよ。珍しいな」


「抜かせ。帰ってきたらこないだの続きをやろう」




 アディオス、とすちゃっと片手をあげて歯がきらめく。のはいいんだが、取りあえずそれを隠せ。見せんな、んなもん。




 腰に諸々の道具を突っ込んだベルト状のバッグを巻きつけ。そこに貰った袋も突っ込んでおく。下駄をカラコロ鳴らしながら表に出ると、すっと近づいてきた女が居る。見ると、くい、と顎で行き先を示された。




 大人しくついていくと、そこにはくたびれたバンが止まってる。大人しく乗り込むと車内にはディスプレイが静かに光ってる。そこに座ったアンドロイドを見つつ、自分も席を探して座る。




「状況は」


「悪いわね」




 ふん、と鼻を鳴らして女が返事をする。それには気もとめずにスマホを操作して情報を読み取っていく。その間にバンは静かに発進した。高速道路を経由して目的地を目指す。




「今回の獲物、正体はわかってんのか」


「不明よ。但し二頭」


「二頭!? 」




 聞いてねえぞと思わずぼやく。もっとふんだくれば良かった、と思っても後の祭りだ。スマホの画面いっぱいに衛星画像が表示されるが、件の場所の映像を拡大してもその辺りに大型の台風が接近中らしくそこで暴れていると言う獣の姿は分厚い雲の真下に隠されて見えない。




「これ、いつ発生したんだ」


「二日前よ」




 台風の規模に顔をしかめる。




「水と風の属性・・・もしかすっとアレか?」




 脳裏に嫌な予想が浮かぶ。




「可能性は否定できないわ。いつでも召喚可能なようにはしておいてちょうだい」




 女がそう言うのと同時に目的地に到着したようで、下車を促された。スモークを張られた窓から外を見ることもなかったが、ドアの外は一面コンクリートが張られた滑走路で、反射した日光が白く視界を焼いた。




 装備を与えられ、輸送機に乗せられるが相変わらず服は『ことぶきの湯」の文字が大きく斜めに入った法被とTシャツ、カラフルなステテコに素足に下駄だ。それに腰に巻いたバッグ。




「おい、前鬼」


「現地じゃ地上に降りられないから上空からそれで降りてもらうわ。あたしと後鬼も行くんだから文句言わないで。人手不足なの! 」




 なんてこった。嘆く間もなく、輸送機は台風を避ける為か雲の上へ出る。そこから数時間のフライトのち、分厚い雲の中へ突っ込む、と機長がのんびりとアナウンスする。外は雲の上だから天気は快晴だ。当たり前だが。しかし眼下の分厚い雲の中は電気と暴風雨だが、一応輸送機には雷対策はなされている。一応。




「主、このまま降りられては」


「ん?ちゃんと対策はしてるさ。避雷呪と飛行呪」




 後鬼の問いかけにぴらり、と何枚かの呪符を見せるとおもむろに呪しゅを唱える。ふわり、ときらめくと呪符は空気に溶け入るようにして消えていく。




「効果は三十分。さあ、ミッション開始だ」




 俺は壁にあったリモコンを操作して輸送機の腹を開ける。外は雷が容赦なく落ちる。呪符がきちんと効いていれば雷に当たることはないはずだ。


 前鬼と後鬼、二匹の式と視線を交わし、俺たちは空中に身を躍らせ……。




 どげし。




 いや。蹴り落とされた。




「てんめぇぇええええ前鬼いいぃぃぃいいい!!! 」




 落下しながら思わず怒鳴る。ついでとばかりに中指も突きたてて見せると、前鬼はその理知的な眼鏡をくいっと上げてとうっ!っと華麗にジャンプを決める。後鬼はため息を吐いて空中に身を躍らせた。




 外はマイナス何十度と言う世界だが、結界呪を発動させることで外気温から遮断されるがもちろん酸素は供給されるし二酸化炭素も結界の外へ排出してくれる。更に有害物質は全て分解してくれるんで便利すぎてある意味とても怖い。




「こんなに楽していいんですかねー。うわっっとぉ! 」




 時たま眼下の波しぶきが上空まで巻き上げられてくる。




「これ台風と竜巻の同時発生なのか!? 」




 ハーフアップにした髪が湿気を含んで風に巻き上げられる。雲を突き抜け、それなりのスピードで下降していくと全体がようやく見えた。何か小さな影がちょこまか動いているらしい。




「うーん……よく見えんなぁ」




 手でひさしを作って目を凝らして見るが、竜巻は何本もできてるわ波は荒いわ雨風叩きつけるわ、とても視界良好とは言えない。




 あらかじめ作ってあった呪符をポーチから取り出して辺りにばらまく。小さく呪を唱えると、ポゥ、と燐光を放って台風の外周に飛んでいく。そして定位置に着くとそこで結界を発生させた。これで台風と竜巻と周辺をある程度隔離する。完全にではないが、少なくとも今その中で大暴れしているモノの姿を隠す程度には役立つはずだ。――この状況が落ち着いた後も。




 取りあえずこの天災の被害をこれ以上出さない為には、どうすべきか。




「取りあえずぶっ飛ばせば納まるかね? 」




 ポーチに手を突っ込み、目的のものを取り出す。右手の人差し指と中指で挟んで発動させて水面に叩きつけると、そこから超速で凍り始めた。ほどなく台風の目辺りで暴れていた影付近までそれが到達したと見え、動きが一気に鈍くなる。




「後鬼! 」


「承知! 」




 元々前鬼と後鬼は先祖代々我が家に仕える式鬼だ。今はエージェントで働いてはいるが、こういった時にはとても頼りになる。後鬼はどこからか取り出した錫杖で凍った水面を石突で突くと、そこを中心に雷が走る。大音響と共に雷光が辺りを照らし出すと、遠くで小さな叫び声が二つ聞こえた。同時に、あれほどに暴れまわっていた海と風雨の勢いが、わずかながらおさまり始めているようでもある。




「……前鬼、後鬼。とっ捕まえに行くぞ。悪童どもをとっちめてやらにゃならん」




 俺は結界呪を移動させるべく、嵐の中心部へと意識をする。その指示に結界呪はゆるゆると動き出し、ほどなく中心部へと到着した。中心部は酷いありさまだった。わかってはいたが。あちこちで放電が起きていて、火花が散る。




 ばちっと音がして結界呪が落雷を弾いた。波が逆巻いたまま凍り、風の形をそのまま写して時を停めている。まるで剣でも逆さに生やしたかのような氷の山を結界呪は器用に除けてふわふわと飛んでいく。




「主。あれでは? 」




 後鬼が錫杖で指し示す先を見ると、ふわふわと浮いた状態でピクリとも動かない影がふたつ、今にも氷の山に叩きつけられそうになっている。




「前鬼!」


「わかってるわよ! 」




 結界を張る必要性がないからか、前鬼は身軽に先に空中を駆けていく。




「主ー!確保したわー! 」




 向うの方からちょっと間延びした声が聞こえて、ほっと胸をなでおろした。前鬼を追って後鬼と飛んでいく。




「前鬼。そいつら二頭の呪力を封じておけ。後鬼、撤退だ」




 式鬼二人に命じ、まずはここから撤退すべく事前に打ち合わせたポイントへの移動を開始する。式鬼二人それぞれに担がれた、獣の特徴を持った幼児が二人。




「なんとも可愛い顔しちゃってまあ」


「こんなんでああも災害引き起こしますか……。流石は神と言うべきでしょうか」




 俺の後ろに付いて飛行する二人の声を聞きながら、さっさとこの海域から離脱すべく速度をあげる。もう少しで完全に離脱できる、というその時だった。




「そう急がずともよかろうよ」

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