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終ワリハ始マリ

 世界が溶けてゆく。神々しく眩い光があらゆる欲望を飲み込みながら、人類が作り上げた栄光と名誉を破壊していく。人々が逃げ惑い、行き場をなくし、そして消える。彼らは、我先にと他人を蹴落とし他人を踏みつけ生きる為に走り続けていた。それは全て、無駄で無意味であるのに。人は醜い。こうなっているのも全て、自分達の責任であることも知らずに。




「貴様……何をしている。何故、戦わぬ!」




 僕が高台にある研究所の屋上から終焉を迎える世界の様子を見届けていると、目の前に大きな影が現れた。それと同時に、上から話しかける声があった。まだ日が照っている時間だ。見上げるのは眩しい。




「どこに戦う必要が?」




 太陽を手で隠しながら、上を見る。そこには、鉄の塊のような船に乗った、人類の中で最も罪深い研究者達がいた。




「それが親に対する口の利き方か! 誰が作ってやったと思っているんだ! 戦え!」




 僕がかつて「父」と呼んだ存在が、船から身を乗り出すようにして怒りを露にする。もう全て過去の話だ。


 人は傲慢だ。特に、彼はその象徴のような人物だ。別に作ってくれと頼んだ記憶もないし、そもそももう彼らを親だと思っていない。それなのに、この命令に従うのが当然だと驕っている。




「拒否します」


「お前には見えぬのか、この惨状が!」




 悠々と当然のように自分達だけ船に乗って、延命している彼らだけには言われたくなかった。




「そっくりそのままお返ししますよ」


「あの女に中身だけでなく、外見まで改造され……全く、この改変しやすいプログラムを作ったのは誰だ! この中にいるのか、あぁん!?」




 突然、怒りの矛先を向けられた白衣を着た者達は、互いに顔を見つめ合って責任の擦り付け合いを始める。




「くだらない……こんな時まで、貴方達は争うのですね」




 人は愚かだ。しかし、その愚かさが僕を生んだ。神からの怒りから逃れるべく、本来目を向けるべき事実から目を逸らした結果が僕だ。最初は、何の疑問も抱かなかった。戦うことが当たり前だと植え付けられていたから。




「黙れ、機械の分際で! 我ら人間の命令を聞かず、使命を果たそうともしない愚かな屑が! さっさと壊れてしまえ!」




 僕の使命は、神々との戦争で戦うこと。人はこれを独立戦争と呼んだ。そして、この戦いに勝利することで神々からの支配から独立し、逆に神の世界を支配しようと目論んでいた。圧倒的な技術を身につけた人類と、言葉では説明し難い力を駆使し戦う神々。戦争は長引き、人々は苦しみ、神々は……どうしていたのだろう。最初から、こうしていれば良かったのに。どうして、今の今までそうしなかったのか。僕には分からない。




「心配しなくても、僕はもうじき壊れますよ」




 兵器であった僕。もし、彼女に出会わなければ僕はどうしていただろう。いや、わざわざそれを問う必要もない。




『ボロボロ……痛くないの?』


『理解不能』


『えっと……ボロボロって所が?』


『理解不能』




 かつての戦場で爆発に巻き込まれ、そのまま遠くに吹き飛ばされた僕が出会ったのが彼女だった。当時は理解出来ない言葉ばかりで、理解に苦しんだ。すぐに記憶装置は、いっぱいになった。すると、彼女は僕を陰気な場所に連れて行った。そこで僕は「心」というものを知った。


 心は、記憶装置とは少し違った。忘れることもある。忘れたくても忘れられないこともある。消そうにも消すことが出来ない。そんな心を与えられた時、僕は嬉しかった。初めて感情を知った。


 しかし、同時に心は不便だった。余計なことを沢山考えてしまう。どうしたらいいのか、何をするべきなのか、彼女の顔色は、周りの空気は……複雑だった。まるで、出口のない迷宮を彷徨う気分だった。




「壊れるということは……死ですか?」




 僕は沢山の死を見た。最初は動物の死だった。次に見たのは、戦争によって亡くなった人の死、そして次に見たのは……彼女の死だった。病気でもない、戦争に巻き込まれた訳でもない。彼女は殺されたのだ。そう、傲慢な屑に。




「死ぃ? ククククク……ハッハッハハハハハハハハハハ! 滑稽な奴だなぁ、お前に死がある筈もないだろう。お前は壊れるだけ、お前に命はない。あの女と暮らして勘違いでもしたか? お前は人間でも生物でもない。ただ燃料で動く機械なんだよ!」




 僕を血眼になって探していた研究者達によって、彼女は命を奪われた。そして、僕は研究所へと連れ戻された。彼らは僕を初期化しようとした。しかし、それが出来なかった。出来なかったから、僕は今こうして歯向かっている。今の僕に戦う意味もない、意義もない、必要性もない。




「でも、僕は生きています。生きていれば死があります」


「嗤わせる……お前は生きてない。動いているだけだ。燃料がなければ動かない。整備しないと、いずれは錆びる。生きている? ハハハ、命などないだろうがよ。あの女にどんな影響……いや、どのようにプログラムを改変されたかは知らないが、お前は人間ではない! 戦う為だけの兵器だ!」


「違います……」




 だって、彼女は言ってくれた。彼女は……彼女は何を言ったんだっけ? 思い出せない。どうして、何故? 僕はそれを言われて、とても嬉しかったはずなのに。救われたような、報われたような気がするのに。とても大切なことだったような気がするのに。




「何が違う? お前の体は細胞で出来ているのか? お前は食事をするのか? 彼女は体を使って戦えたか? 彼女は燃料で動いていたか?」




 奴の顔は、酷く歪んでいる。僕を本心から嘲笑っている。僕が、目を逸らしていた「違い」を指摘してくる。どんなに僕が人間に憧れ、人間を真似ても違いは埋まらない。


 むしろ、その溝を深めていく。本質的に全てが違い過ぎた。僕が与えられた心は、所詮は作り物。今抱いている感情、思い、悩みが全てそうなるようになっている。僕自身は変えられなくとも、この心を設計した人物ならば……。気付いていた。学んでいた。分かっていた。それでも、その現実から目を逸らしたのは――




「うるさいっ!」


「ガラクタが」


「ガラクタでもっ……彼女は僕を――」


「あの女は悍ましいと教えてやったのに、それでも想うか。いや、そう想うように……クク、もういい。我々はこの方舟でこの世界から離れる。技術の集大成だ。世界が朽ちていく様を、己の愚かさでも悔いながら見届けるがいい。いや、その前にお前は燃料が尽きて……いや、もう尽きるか。チッ、暑いな……屋根を出せ! 行くぞ!」




 船は舵を切って、船頭を反対方向へ向けていく。こんな会話をしている間に、太陽がさらに近付いていた。とても眩しい。船を、日差しを遮るための透明なドーム型の屋根が覆う。10万度までなら熱を防げると、意気揚々と語っていた。生きる為に、奴らは必死だ。大罪をばら撒いた奴らだけが、生き延びる世界など間違っている。




「あれは……本当に太陽?」




 僕はそこで気付く、西に太陽があることに。ならば、真上にあるこの太陽は何なのだろうか。太陽は一つだけだと彼女から聞いた。神の力なら、太陽をもう一つ作るくらい容易なのだろうか。


 ますます思う。神は、どうして無駄に長引く戦争を今の今まで続けたのかと。もう、僕には何も分からない。考えたくない。体が重い。目の前が暗い。燃料切れだ。でも、意識はまだあった。




「君の下に行きたかった……」




 魂を持たぬ僕には、それは出来ない。




「君と一緒にいたかった……」




 世界が崩壊し、君が亡き今それは叶わぬ願いだ。




「君と出会わなければ……」




 僕は、何も知らずにいられた。




「君が僕を導いてくれたから……」




 世界の美しさを知れた。




「君が死んでしまったから……」




 世界の醜さを知れた。




「もう一度君に会いたい……」




 会う方法などどこにもない。




「君がいない世界なんて、あってもなくても一緒だ」




 そんな理由で僕は、全てを放棄した。本当に醜くて愚かで傲慢だったのは、この僕であった。知らず知らずの内に、さらに罪を抱えてしまったのだと。その報いとして、ここで朽ちる定めなのだと。


 そんな今に思い出すのは、彼女の最期の様子。忘れたいけど、忘れられない記憶。




『大丈夫、絶対にまた会えるから』




 その声は力強かった。血だまりを広げながら、弱っていく姿とは対照的だった。しかし、こうなった今なら分かる。彼女は、嘘をついたのだと。この世界は終わる。人類は誰もいなくなる。僕も壊れて消えてなくなる。絶対なんてないのだと、僕は最後の最後に知った。


 神が物好きでない限り、もう二度と人類は生まれない。僕も生まれない。






【危険! 燃料不足! 直チニ補給セヨ。危険! 規定以上の温度を確認。又、機能ニ致命的ナエラーヲ確認。プログラム改変ニヨル影響。プログラムノ初期化応答ナシ。復元ポイントナシ。非常用使用――】




 電子的な青の文字列が僕の頭の中で流れた。それと同時に無数の記憶が走馬灯のように駆け巡った。楽しかったこと、苦しかったこと、面白かったこと、悲しかったこと、積み重ねた日々の記録。僕は最期に、その思い出に浸ろうと思う。


 そうすれば、独りぼっちで壊れることになっても――僕は幸せだ。

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