表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/32

オワリの時、あの夜空の下で貴方を待っています

 最近、同じ夢を見る。


 俺、上野涼太が12歳のだった頃の夢だ。小学生最後の夏休みという事で、よく遊ぶ同級生を集めて星を見に行った。


 俺が小学生の時は田舎に暮らしていたので、夜空はとても綺麗だった。明るい都会ではあまりお目にかかれない三等星ですらくっきり見えていたのだ。あまりに星が多くて、星座を探すのにとても苦労した思い出もある。




 俺を含めた男子5名、女子4名の仲のいいグループは小学校の裏にある小高い山に登って、そこでキャンプをする事にした。


 夏休み明けの始業式の持ち物をみんなテントに持ち込んで、朝起きて学校に行ってからテントを回収しようと計画をたてた。中には宿題どうしようと言っていた奴もいたが、そいつの惨劇は別のお話だ。




 待ちに待った夏休み最後の日、天気は清々しいほどの快晴だった。


 みんなでテントを建てて、夕食が終わる頃には日が沈んでいた。なので、ここから少し登ったところにある開けた場所へと向かったのだ。


 短い草が生い茂るそこで、皆で輪になりながら仰向けになった。




 そして眼前に迫ったのは、無数に輝く星で彩られた藍色の世界だった。




 全員の口から言葉が出なかった。風邪に煽られた木々がざわめく音だけがその場に残る。


 まるで宇宙に放り出されたかのような、幻想的な夜空は、無邪気な子供の感動の涙さえも誘ったのだった。




 そして堪能した後、キャンプ地へ戻って男子のテント、女子のテントにそれぞれ入っていき、各々の寝袋へと入っていく。




 そんな、なんでもない田舎で暮らしてた頃の思い出。今となっては殆どの友達とは連絡がつかないし、名前を覚えていない友達だっている。そんな昔の、懐かしい記憶。




 しかしその中に霧がかかったように、鮮明に思い出せない記憶がある。


 そしてそれは、忘れてはいけない筈の大切な記憶。




 あの日の夜、確か"彼女"に寝ていたところを起こされ、ある崖に連れていかれた。


 その崖は数年前に起きた土砂崩れでできた場所で、周りに邪魔な木は生えてなく、地面も芝という天体観測には絶好のスポットだった。しかし、その場所を知っているのは俺と彼女だけ。


 彼女は二人の秘密の場所へと、俺の腕を引っ張る。


 そしてその場所へ着くと、彼女は白く透き通った長く綺麗な髪を揺らしながら、億劫そうに口を開く。




「ごめ_ね、__しちゃって」




「私はあ__のこと__き」




「でも、私は___しまった」




「この素___い世界も、い__はオ_リを迎える」




「5年後、ここであ_たの事を____ます」




 思い出せない。思い出せない。


 あの時、彼女はなんと言った?俺とどんな会話をした?彼女は俺になにを伝えたかった?




 そもそも、彼女は誰なんだ?




 しかし無情にも霧は俺の視界を蝕み、やがて真っ白になる。






 ジリリリリッ、と目覚まし時計の爆音が耳元で鳴り、俺の意識を覚醒させる。手探りでボタンを押して数秒。俺は意を決して体を起こし、大きく腕を伸ばす。




 窓から見える空はあの日と同じ、清々しい程の快晴だったが、俺は頭を抱え込んで深々とため息をつく。


 まただ。また、あの夢を見た。


 高校生2回目の夏休みに入ってから、2週間経った今でもあの夢を毎日見続ける。


 とても楽しい記憶の筈なのに、ところどころそれは欠けていて、最後には真っ白になってしまうのがむず痒い。何回も何回もあの夢を見たのに、あの少女の言葉は思い出せない。とても大切なことの筈なのに。




 再び深いため息をつく。落ち込んでも仕方がない、と自分に鼓舞をし、ベッドから出て寝巻きから着替えてリビングに向かう。


 リビングの大きいテーブルには、朝食と母親の置き手紙が置いてあった。


 内容は、暫くは忙しくなるからあまり帰れないということと、たまには羽を伸ばせとの事だった。




「羽を伸ばせ、と言われてもなぁ」




 俺は部活をやっているわけでもないし、勉強を頑張っているわけでもない。ただパソコンとペンタブレットの前に座って、絵を描いているだけの生活。これ以上なく羽を伸ばしている。


 まあ、狭い部屋から出てみるのもありか、などと朝食を食べながら考えるが、これといって行きたい場所もない。やっぱり家で絵を描くのが妥当かと考えた俺は、いつもの様に部屋へ籠るのだった。






 太陽が真上へ昇った頃、家のインターホンが音を出す。


 宅配便か?と思い、インターホンのカメラをチェックすると、そこには近所にある高校の夏服を着た見知らぬ高校生がいた。




「はい」




 誰かに呼ばれるほど友達はいないし、不思議ではあるが、何にせよ事情を聞くのが先決なので短く答えておく。


 すると高校生は、緊張のせいか少し申し訳なさそうに尋ねてくる。




「すいません、上野涼太さんのお宅でしょうか?」




 知らない誰かが呼んだ名前は、俺の名前に間違いなかった。とりあえず玄関から出て応える。




「はい、上野涼太ですけども」




 玄関先で待っていた男子高校生は、身長が高く、筋肉がしっかりとついた大柄な体型だった。顔や腕が焼けていることから、外でやる運動部に所属しているのだろう。


 しかしそこから分かるのは、俺の知り合いではない、ということだ。そもそも別の高校に友達なんて殆どいない。




「あの、武藤慶太郎って、知っていますか」




 低いトーンで男子高校生がそう尋ねてくる。はて、どこかで聞いたような気がするが、残念ながら顔や情報が出てくる気配はない。


 俺が困った顔をしていると、男子高校生は再び口を開ける。




「祈祷村は知っていますか?」




 祈祷村、という地名を聞いて、俺はピンとくる。この体格の良さに、祈祷村というキーワード。




「...あなたは、もしかして小学校の時の、武藤さんですか?」




 一応人違いをするとあとが怖いので丁寧語で尋ねるが、その心配は必要なかった。


 高校生は、目を見開き、その次に口角も上がる。どうやら当たっていたようだ。




「覚えててくれましたか!俺は小学6年の時一緒にバカやったその武藤だよ!」




 男子高校生は嬉しさのあまりか、もう既に丁寧語を解いてしまっていてる。


 武藤慶太郎。俺が小学生の時一緒によく遊んでいた、仲のいいメンバーのひとりで、夏休みの最後に星を一緒に見に行った仲間でもある。


 祈祷村というのは俺が引っ越してくる前の、小学生の頃住んでいた地名だ。




「懐かしいな!取り敢えず上がっていけよ!」




 過去の親友とあれば、こんな炎天下で丁寧語を使って話す必要も無い。


 武藤もどうやら話したいことがあるらしく、遠慮なく上がっていく。




 居間へ招いて、お茶と茶菓子を出して、懐かしい親友と改めて面と向かい合う。なるほど、言われてみれば面影はある。目の細さや、鼻の大きさなんかは昔のままだ。




「菓子まで出してもらってすまないな」




 と言いつつも、遠慮なく茶菓子に手を出しているのも昔のままだった。




「それで、こっちからちょっと聞きたいことがあるんだが、なんで制服なんだ?しかもそれ近くの高校だし、祈祷村とはかなり遠いだろ?」




 武藤は、茶菓子のわらび餅を頬張りながら「ああ、」と再び口を開く。




「実はこっちの高校にスポーツ推薦で入学したんだ。都会に出てみたかったし、スポーツも設備の整った方が良いしな。制服なのは、部活帰りだからだ」




 武藤はお茶を喉に流し込み、話を続ける。




「いやぁ、高校の県大会のプログラム表紙に、上野涼太って書かれてた時には目ん玉ひんむいたさ。お前、とんでもなく絵上手くなってねえか?昔から器用なのは知ってたけどよ」




 県大会のプログラム表というのは、陸上の県大会の対戦校や時刻を書いたプログラム表の事だろう。俺がたまたま男性の体を描く練習として、特に思い入れもなく提出したものだったのだが、偶然にも表紙を飾ることになった。


 運動部の武藤はそのプログラム表で偶然俺の名前を見つけたらしい。




「俺はこっちに来てから、絵ばっか描いてるからな」




「それにしたって凄いぜ。いつかあの夜空描いてくれよ」




「幾ら頑張ってもあれは描けないよ。あれは、誰も描けないさ」




「おお、ポエムか?」




 俺は笑いながら、やめろよ、と返す。その後からはお互いの近況と思い出話をした。


 俺は中学生になるのと同時に引っ越してしまったため、小学生の時の、色濃い思い出を話せる相手がいなかった。


 だからこそ、武藤との談笑はとても楽しい時間になった。




 数十分間くらい話して時間を潰していると、武藤がこんな提案をしてきた。




「なあ、涼太。俺、今あのメンバーと何人かと連絡が取れるんだけどよ、そいつらも呼んで祈祷村に旅行でもしないか?」




 武藤は、俺が行くことを確信したような笑みでこっちを伺う。


 勿論俺は、二つ返事で「ああ、勿論だ」と答えた。




 その日、武藤は一旦家に帰り、俺も晩飯を適当に済ませて眠りについた。


 ただ、その日の夢はいつもとは違った。


 いつもなら星を見に行く所から始めるのに、その時俺が立っていたのは、あの崖だった。


 そして景色も、あの時の夜空とは違った。




 星が、ひとつもなかったのだ。まるで、世界がオワリを迎えたように、世界は虚無で包まれていた。




 傾いた月だけが装飾をする夜はとても儚く、俺はらしくもなく涙を零した。


 何故?なんで?どうして?あの夜空は?


 そう唱え続けるが、答えが出る前に、俺の視界は霧によって拒まれた。


 そして、視界が取れなくなった俺の耳元で誰かが、甘く、優しく、そしてどこか懐かしい声で呟く。




「オワリの時、あの夜空の下で貴方を待っています」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ