銀塩UFO~ぎんえん・ゆーえふおー~
東京都、立川市の上空に巨大なUFOが現れてから、半年。
そいつは今でも、立川の空を我が物顔で占拠している。
なんてことのない日常。
ただ、空にUFOがあるだけの日常。
カシャッ、とスマホが音を立てた。
あたしは掲げた画面に、何も映っていない事を確認する。
スマホをどけると、そこには巨大なUFO。
スマホカメラ越しに見ると、そこには桜吹雪舞う青空。
「あーあ。桜とUFO、絵になると思ったんだけどな。やっぱだめかあ」
あたしはため息をつく。
入学式を終えた今。
学校に背を向けて駅に戻ってきたあたしは、人混みに押されながら、スマホをポケットに戻した。
十字路を渡って、どんどん賑やかになる町並をまっすぐ行くと、エスカレーターがある。
それが行き着く先は、駅の入り口へと続くペデストリアンデッキ。
エスカレーターを使って、三階の高さまで一気に上る。
上空のUFOが、ちょっと近づいた気がした。
「ほんとだー! ほんとにUFO見える!」
そんな声が聞こえた。
スマホを空に向けて、撮影している人たちがいる。
観光客かな?
だって、立川の人たちなら、UFOを撮影しようとなんてしない。
「あれ、映らない」
「ほんとだ……。ってか、カメラ通すと見えない」
カメラどころじゃない。
写真も、動画でも撮れないから、テレビでだって流せない。
SNSに投稿することもできない。
だから、最初はみんな大騒ぎしていたあのUFO。
いつしか、誰も騒がなくなってしまっていた。
そこに確かにあるのに、それを肉眼以外では見ることができなくて、記録することができない。
それって、もう存在しないのと一緒なんじゃ……?
きっとみんなは、そう思ったんだろう。
あたしだって分かってる。
だけどさ、こう……。
手すりに寄りかかりながら、空を見上げる。
また、どこからか桜の花びらが飛んできた。
それが、ピカピカと光る特大のUFOと被って……ほら、割りと絵になる気がしない?
……しないか。
なんか、ちょっとずれてるのかも、あたしの感覚。
ぼーっとして、まだ寒さが残る風に吹かれる。
入学式はすぐに終わったから、今日は着慣れない制服を着て、時間を持て余している。
制服が可愛いから選んだ高校は、あたしの友達が受かるにはちょっと偏差値が高すぎた。
あたしだけが受かって、みんなは落ちるという非常事態。
お陰で、あたしは入学早々ぼっちだ。
みんなの高校は近場でも、通学で使う路線が違うから会うことだって難しくなり……。
あたしは一人、こうしてUFOを見上げながら黄昏れるはめになったわけだ。
「うわーん、よっちゃーん、ぺんちゃーん。孤独だよう」
ちょっと嘆いてみた。
まあ、そんなことしても何も変わらないんだけどね。内心で一人つぶやく。
そんなあたしの耳に、カシャッという音が飛び込んできた。
スクショの音かな?
そう思って、音のする方向に目をやった。
そうしたら、デッキに鎮座するオブジェの近くで、あたしと同じ制服姿の女の子が、空に向けてごっついものを構えてるじゃないか。
えっ、あれは……何?
カメラ……?
「んっ?」
「あっ」
あたしがじーっと見ていたもんだから、空を撮影していたらしい彼女も、こっちに気づいたみたいだ。
メガネを掛けた、小柄な女の子だった。
「な」
あたしは口を開いていた。
人恋しかったんだろうか?
もともと、口下手ではないけれど、そこまで積極的に人と話す方でもない。
だから、きっとこれは気の迷いだったんだ。
「なに撮ってるの? 空?」
「なにって」
彼女は首を傾げた。
それから、笑った。
「空には、あれしか浮かんでないもの」
メガネの彼女は、UFOを指差す。
あたしは見上げて、そりゃそうだよね、と納得しかけた。
そして、いやいやいや、と我に返る。
「ちょっと待って。だってUFOなんて、スマホでもカメラでも撮れないでしょ。なんか、レーダーにも映らないから幻じゃないかって、そういう話になってたはず」
「でも、ヘリで近づいたらちゃんとそこにあった、ってさ。だからあれは、ちゃんとあそこにいるの」
「え、そだっけ……」
そこまで詳しくは知らない。
ただ、UFOが現れたばかりの頃、テレビや雑誌はこの話題でもちきりだった。
それに、立川には行政区の代わりをできる施設があるから、そこに何かあったら大変って、万一に備えてUFOのことが色々調べられたんだ。
でも、UFOを撮影はできなかった。
テレビも、雑誌も、映像や写真を提供できなかった。
だから、UFOは変わらず空にあり続けるのに、誰もこれを話題にしなくなった。
さっきみたいに、たまに観光客がやって来て、空を見上げてきゃあきゃあ言うくらい。
「それで……何撮ってたの」
もう一回聞く。
だって、ありえない。
撮れないんだもの。撮れるはずないんだもの。
なのに、彼女はケロッとした顔で言った。
「UFO。決まってるじゃん」
もう、顔はこっちを見ていない。
空を見て、カメラにくっつけたものすごく大きなレンズを手でいじって。
カメラに付いた、可愛い三本足の高さを、時々調節している。
そして、シャッターボタンを押す。
カシャッ。
「あちゃ、今のはちょっと」
ぐりぐり、カシャッ。
彼女は、まるで訳の分からない動作をしている。
あたしに分かるのは、彼女が写真を撮っているらしいことだけ。
「中心と周りで、今日は上手くピント合わないなあ……。てか、デカすぎるよー」
「待って!」
あたしは心底びっくりした。
ピントが合う、合わないって、それでUFOを撮ってるって……。
「あなたのカメラ、UFOが撮れるの!?」
「撮れるよ?」
メガネの彼女は、キョトンとして返した。
何を当たり前のことを聞いてるんだって、そんな顔をして。
「だってだって! あたしのスマホでもほら、撮れてない」
「んー、そだね。デジタルじゃ撮れない」
「え? デジタル……じゃ?」
「そ。写真あるよ。みる?」
彼女はそう言って、あたしの答えも待たずにカバンをゴソゴソし始めた。
もちろん、あたしの答えだって決まってる。
「見る!」
なんだか訳の分からない興奮を覚えて、あたしは身を乗り出した。
彼女のカバンからは、可愛いライトグリーンのアルバムが出て来る。
表紙には、汐見蘭子とあった。
「ほい」
手渡されたアルバム、どっしり重い。
アルバムをめくろうとして、上手くつまめない。
失敗した。
なんか、指がおかしいぞ!
「あははは、なんだ、なんであたしは指が震えてるの」
これって、よく分かんないけど、あたし興奮してる?
だって、UFOの写真って。
頭の上には常にあるけど、誰も肉眼でしか捉えられないUFOを、写真にするって。
今度こそ、アルバムの表紙に手がかかり、分厚いそれをめくることができた。
飛び込んできたのは、写真の中できらめく光。
ちょっとピントがボケてて、だけど写真の中で一箇所だけ、ハッキリと見える場所がある。
「これ……」
「あはは、一枚目でしょ。それねー。初めて私が、父さんのカメラであれを撮ったの。全然ボケボケで、恥ずかしいんだけどね」
「ううん、素敵」
あたしの口をついて出た言葉、ちょっとクサイんだけど、でも、偽らざる本心だった。
ぼやけた写真の中で、一箇所だけピントがあったその場所。
UFOの、窓みたいなところ。
そこが開いて、人影みたいなものがこっちを見ている。
ぼんやりした光に包まれて、それはまるで、夢みたいな光景に思えた。
「いやあ……なんか、照れる。超照れる……!」
「でも、でもこれって凄いよ! 凄い、UFOって写真に撮れるんだ……! デジタルじゃないカメラ? それなら!」
「銀塩」
彼女は、汐見蘭子は言った。
「銀塩カメラ。昔はただのカメラで通じたそうだけど、もう、デジタルばっかでしょ」
「これ……銀塩カメラなら、あのUFOが、撮れる……!」
元々、UFOに興味なんてないつもりだった。
だけど、ふとした時に見上げれば、それが空を塞いでる。
立川の空は、UFOの空。
なのに、スマホを通して見えるのは、何もない空。
「ねえ、これって……あたしにも撮れるかな」
「おっ、興味、ある?」
メガネの汐見さんは立ち上がった。
正面で向き合うと、彼女の制服、あたしとスカーフの色が違う。
……あれ?
もしかして、先輩だったり……?
「私は汐見蘭子」
「知ってる……ます。アルバムに載ってました。あたし、銀城つばさ。ねえ汐見さん、あたしに、カメラのこと教えてください!」
あたしが思い切ってそう言うと、汐見さん(たぶん先輩)は、メガネの奥の目を大きく見開いた。
すぐに、びっくり顔が満面の笑みに変わる。
「おおー! わっかりましたー! 銀城つばささん、果てしなき銀塩カメラの世界にようこそ! そして……我が立川北崎女子高校写真部へ、ようこそ!!」
「……は?」
そうして。
あたしとカメラと、UFOの話が始まるのだ。