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その音が消えるまで  作者: 水打一人
9/11

9話 ない、ない、ない。

 帰り道。夕陽でオレンジ色に染められた草道を1人で歩く。

 冬の名残が残る冷たい空気と暖かい光が混ざり、奇妙な温度になった帰り道は、なんだかとても寂しかった。


 最近できたスーパーに行こう。帰ったら夕食を作って、洗濯物をたたもう。お風呂を沸かして、布団をひこう。

 やるべき事を思い返すだけで、ここまで気が滅入るのはなぜだろう。小説の事を考えるといつもこうなる。

 書く事自体は好きだけど、時々焦りで怖くなる。意味もなく時計を見て、ため息をつくんだ。

 時間が無い。才能が無い。美しくない。面白くない。哲学、知識、思考……。

 ――だめだ、考えちゃだめだ……。

 そうだ、矢原君がいるんだ、二人分買わないと。献立は何にしよう、服はどうしよう。

 思考を脳裏に押し込んで、僕は帰り道を黙って進んだ。



|||||||||



「ただいまー」


 買い物と用事を終えて家に戻ると、そこには大量の小銭をちゃぶ台の上に広げている矢原君が居た。


「100円、100円……」


 僕が帰った事にも気付かず、矢原君は出処不明の小銭を一心不乱に数えている。よく見れば、大量の小銭の中には千円札などの紙幣も混ざっていた。


「500、500……って、うわ!」


 矢原君は驚いて声を上げた。

 ようやく彼は、僕が帰ってきた事に気付いたみたいだ。


「ただいま戻りました、矢原君」

「お、おう、おかえり」


 矢原君はキョトンとした顔で僕をみあげる。


「何をしてるんですか? というか、その小銭は?」


 僕は矢原君に質問を投げかける。すると矢原君は、何かまずいことをしたのか、しどろもどろになりながら言い淀んだ。


「あの……、えっとぉ……」

「……窃盗」

「違う! 違うから! そういうのじゃない! ホントに!」

「じゃあ何を……」


 矢原君は観念したように息を吐くと、バツの悪そうな顔をしてぽつりと言った。


「路上ライブ……。許可とってないし、とり方もわかんなくてさ……」

「路上ライブって、道でやるアレですか?」

「そう、それ」


 ――凄くない?

 僕は少し気になって、ちゃぶ台に積み重なっている小銭を数える。

 1円がえっと、いちにぃ、さん……


「1万と4782円くらいですか」

「はぁ!? なんでわかんの!?」

「いや、あの……」

「絶対適当だ! 俺が数えてやる……」

「えっと……そろばん要りますか?」

「使えん!」


 矢原君は躍起になって小銭数えを再開した。

 ――けど、本当に凄いなぁ。路上ライブで一万円以上稼げるなんて……。

 心の底から、なんだかもやっとしたモノが浮かんで、消えた。


||||||||||


「クッソ! いくら数えても合ってやがる……!」


 矢原君は計算を終えると、小銭を1箇所にまとめて、ちゃぶ台に突っ伏した。


「合っててよかったです。夜ご飯、そろそろ作り終えますよ」

「なんかムカつく!」

「なんでですか!?」


 矢原君はなんだか納得いっていない様子だが、僕がなにか言っても神経を逆なでするだけだと分かったので、これ以上小銭については何も言わない事にした。

 ――けど、どうして急に路上ライブなんかを始めたんだろ。

 なんだか無性に気になって、僕は作り終えたおかずを皿に盛り付けながら、矢原君に聞いた。


「なんで矢原君は急に路上ライブを? なにか思い出したりしましたか?」

「ん? いや全然」


 矢原君はちゃぶ台に突っ伏したまま、ため息混じりに言った。


「ギターの弾き方は思い出したからよ、弾いたらなんか思い出せっかなぁ? って弾いてみたんだけど……」

「思い出せませんか?」

「家族、友達、学校、出身地。それは全然思い出せねぇ」


 矢原君はそういった後、「ただ」とつけ足し、つづけた。


「誰かと何か約束したって事は思い出した。内容は忘れちまったけど、多分、ギターに関係する事」

「バンドメンバーとか?」

「いや、違う。多分だけど……彼女?」


 僕は味噌汁をすくおうと手にしたおたまを落としかけた。


「は、早いですね。中2とかの時ですか?」

「いや、女ってだけで姉貴かも知んねぇし、母親かもしんねぇけど」


 ――早とちりは良くないぞ、変に急ぐな、和兎。

 僕はそういいきかせる。ちょうどその時、炊飯器が「ピーッ」と、米が炊けたことを報告した。


「……食べながら、というか、食べ終わってからにしましょうか」

「……そうしようぜ」


 僕らはいそいそと食事の準備を始めた。

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