8話 作るは道筋、消すのは迷い
朝食を食べ終え、洗濯物を干し、僕は簡単に古本屋の本棚の整理をしてから、自分の黒いスニーカーを履く。
「じゃぁ、行ってきます」
「おう。留守番は任せろ」
矢原君と短い会話を交わして、僕は裏口から家を出た。
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昨日、矢原君に引っ張られて行った道を何度が通りながら、僕は響町の中心にある学校へ向かった。
学校は嫌いじゃない。
ちょっとまだ無駄に感じる所もあるけれど、それでも学校で得られる知識なんかは役に立ったりする。僕の入っている部活なんかは特に、知識が重要な時もよくある。
――矢原君の事で休んじゃってたからなぁ……。変な役職を押し付けられなきゃ良いけど。
そんな不安を残しながら僕は、学校への坂道を上りはじめた。
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1年の校舎は二階にある。
階段を上り、自分のクラス――2組の扉を横にスライドさせて、静かに教室へ入る。
右から二列目の一番後ろの席に座って一息つくと、鞄の中から本を取り出す。
仲のいい友達とは別々のクラスになり、新しい友達を作る勇気もない僕は、朝の時間を本を読む事で潰す。
自由な時間が少なかったり、祖父や家のことで少しだけ気まずいのは、僕がというよりその人が可哀想だ。
――他人に気を使いすぎだって言われるけどさ。まぁこれは仕方ないじゃん。
高校生になっても友達1人、自分で作れない僕は完全にクラスから浮いていた。
ホームルームが始まって、担任の先生が色々な朝の伝達を始める。嬉しい事に、僕には学級委員の仕事が押し付けられていた。
予想こそしていたが、こうも見事に不安が的中するのは初めての事。僕は狼狽え、流される形でクラスの学級委員になってしまった。
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それからはそんなハプニングも事件も起きず、あっという間に昼も過ぎ、放課後になっていた。
僕は簡単に鞄に荷物を纏めると、下駄箱ではなく4階にある図書室へと向かった。
ここの学校の図書室は品揃えがとても良い。ほとんど全てのジャンルが揃っているし、最近の学生はほとんど読まなくなってしまった近代文学も置いてある。
うちの古本屋にも近代文学はあるが、状態が悪いか古く、お世辞にも読みやすいとは言えない。けれども、ここの学校のは文庫本サイズで持ち運びも楽だし、とても状態が良い。
けれど、僕が図書室に来たのは、そんな魅力的な本達を借りるのではなく、
「おっ、和兎じゃん」
「昨日お前サボったな」
小学校からの数少ない友人、古東と橋下とプロット作りに励む為に来たのだ。
そう、僕は文芸部所属である。
「まぁまぁ座れよ。つか、昨日なんで休んだんだよ」
「いや普通に風邪だろ。一昨日雨エグかったし」
「一昨日はやばかった。マジで本が濡れるかと思ったもん……」
2人のトントン拍子な会話が子気味よく、僕は思わず黙って聞き入ってしまう。2人の掛け合いはいつ見ても面白い。
けれど、時間が限られている中、ゆっくりしている訳にもいかず、
「と、とりあえず、古東くん。橋下くん。プロット、作り進めましょうよ。僕も時間が無いですし」
「そうすっか」
「ういー」
僕達3人は参考資料片手に図書室でプロットを作り始めた。
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「コンセプト的にどうなん? 主人公が最終的に自殺するって」
「いや、言うて裏テーマの関係があるし、コンセプトにも反してねぇだろ」
「ありだと思いますよ、全然。救いのある自殺って観点、僕は好きです」
「ほら! 和兎も言ってるし! 橋下、お前のプロットはどうなんだよ」
「あんぱい。いい加減俺は書きたいんだけど」
「絵でも描いてろよ」
「文芸部じゃねぇじゃん。それ」
「あはは……」
天才、速筆の橋下君に、ありきたりな設定を上手くねじ曲げ、物語を作る古東くん。2人とも凄くいい作品を何個も出している。
それに対し僕は、書き上げた作品はひとつしかなく、それも中学二年の時の物。中三では少なくとも2作品は書いている2人とは大きな差がある。
――才能ないのかな。いや、悩んでも仕方ないか。
プロット書いては消して、書いては消してを繰り返す内に、いつの間にか時間になっていた。
「あ、もう時間! ごめん、2人とも。僕そろそろ行かなきゃ」
「おう、がんば」
「お前もなんか書いとけよ」
プロットをファイリングして、鞄の中に入れる。そして僕は、2人と別れて図書室を後にした。
「……なぁんか壁感じるよなぁ、橋下」
「それな。あのじいさんが死んじまった2月から全然。敬語も使い出すし」
「しかもアイツ、かなりいいプロット作ってたのに、それ普通に消してたからな」
「悩み過ぎ。あれで書きゃいいのに」
「中二の時の作品も、アイツが1番良かったべ」
「けどまぁ、悩みすぎだな、ありゃ」
「まぁなぁ……。大丈夫かな、和兎」
「さぁ?」