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その音が消えるまで  作者: 水打一人
7/11

7話 とある日常の小さな朝

【和兎の日記】


 結局、矢原君が思い出したのは、自分の身の振り方、約束があるという事、ギターをやっていた過去の3つだった。

 親や地元。バンドの話や、ここに来た理由なんかは今でもわからない。

 彼にそれらしく質問してみても、


「いやぁ……? 覚えてないし……」


 と、微妙な反応をされるだけだった。

 正直僕は、大事になる前に矢原君に記憶を取り戻してもらい、帰ってもらった方がいいと思っている。

 別に居候が嫌という訳ではなく、彼は今行方不明の身。大事になり、地元の人達に迷惑をかけてしまったら申し訳ないし、彼の親御は今でも心配しているはずだ。

 いま僕にできることは、矢原君に衣食住を提供し、記憶の復活の手伝いをする事。

 祖父が死んでから少し寂しい居間が、矢原君が来たことにより、少しだけ賑やかになった気がする。

 そういえば結局、矢原君は「約束」について何も話してくれなかった。「ことは」についても同じ。

 きっと、約束と「ことは」は矢原君の記憶を取り戻すには大切な鍵になると思う。



|||||||||||



 小鳥が鳴く声で目が覚めた。

 薄い色の朝日が射し込んでいる居間の中で、横になっている小さな背中がひとつ見えた。矢原君だ。

 小さな寝息をたてて、静かに眠っている彼の背中を見ていると、なんだかやり切れない気持ちが浮かんだ。

 僕とほぼ同い年の彼が、大切な人も家族も、慣れ親しんだ土地も忘れてここに居る。

 彼は今どんな気持ちなのだろう。明るく振舞ってはいるが、本当はどうなのだろう。他人の気持ちは分からない。……分からないことを考えても、意味は無い。

 ――変なこと考えた。やめよ。

 僕は小さく頭を振って、朝ご飯を作る為、ゆっくりと体を起こした。


|||||||||


 矢原君が目を覚ましたのは、僕が朝食をちょうど作り終えた頃だった。


「んぁ……おはよ」

「おはようございます」


 短い挨拶を交わし、矢原君は顔を洗うために洗面所へと姿を消した。


「カゴに入れておいてください。後で洗濯機を回すので」

「うぃー」


 矢原君にそう伝えて、僕はフライパンの上に卵を落とした。


|||||||||


「僕が学校に行っている間、矢原君はどうするんですか?」


 目玉焼きをつつきながら、僕はふと、矢原君に聞いた。

 矢原君は少しだけ考えて答えた。


「うーん……。今日はまだ家に居ようかな。まだ本調子じゃねぇし」

「分かりました。今日中に合鍵を作っておきますね」

「頼むわ」


 会話が途切れる。

 カチ、カチ、と茶碗に箸が当たる音だけが聞こえる、


「というか和兎は学校行ってるんだ」

「……まぁ 」

「一人暮らしだし、働いてんの?」

「そうなります」

「へぇ……」


 矢原君はそう零して、


「は? 働いてるって?」


 もう一度聞き直した。


「まぁ、はい」

「あいや、どこで」

「……ここで」


 僕、熊谷和兎は、古本屋の店主である。祖父から継いだ形にはなるが、本格的に営業はしておらず、学費は殆ど祖父の遺産だよりだったりする。


「一人暮らしできんの?」

「まぁ、大変ですけど」

「すげぇな……」


 矢原君は素直に感心した様な声を漏らした。

 

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