6話 記憶の糸口
矢原君は僕を引きずりながら説明を始めた。
「ギターだよ和兎! 俺はギターがしたかったんだ!」
「いや、え? ギターがしたかったって……記憶の話ですか!?」
「多分そう!」
――いや、多分て……。
矢原君の適当さに若干の不安を感じながらも、僕は引きずられるまま彼に質問を投げかけた。
「何か思い出したんですか?」
「ギターを弾いてたんだよ! 中学生の頃、バンドでさ!」
「それだけですか?」
「それだけ!」
バンドメンバーや、自分の学校を思い出したりはしていないようだ。しかし、これで1つ光明ができた気がする。
何かの拍子に忘れていた事を思い出すように、矢原君もギターを触れば、何かを思い出すかもしれない。
出来れば早めに出身地を思い出させて、帰ってもらった方が良いだろう。彼の親御さんも心配してるだろうし。
「と、とにかく手を離してください! ギターを触れば何か思い出すかもしれません!」
「だよな! 急ぐぞ!」
「だから手を離して……!」
結局彼は、僕を掴んだまま離さなかった。
――記憶を取り戻した事で浮かれているだけかもしれないけど、矢原君、急に馴れ馴れしくなったな……。
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「たぁだぁいまぁ!」
「うわっ!」
僕が家の裏口を開けると、矢原君は急に僕から手を離し、肩からギターを下ろした。
「ま、まず手を洗った方が……」
「あっ! そうか!」
――因みに、僕の家には外に水道があったりする。これ、意外と便利。
ちゃぶ台を隅に寄せ、居間を少しだけ広げる。矢原君は僕との間にギターを置いた。
――楽器とは思ってたけど、ギターだったんだ。
あれほど酷かった昨日の雨でも、あまり濡れていなかった黒のケース。
濡れてないし、中まで確認しなくていいか、と思ったけれど、今になって少しだけ緊張してきた。
「よし、開けるぞ!」
「…………」
矢原君がファスナーに手を付けて、ゆっくりとケースを開く。
「…………おぉ?」
「……ん?」
ケースの中に入っていたのは、なんの飾りっけのない木製のギターだった。よくテレビなんかで見る、コードみたいなのが挿さってない方のギター。
「……アコギやん」
「アコギ?」
「アコースティックギターの略なんだけど……いや……」
木製のギターを前に、矢原君は少し言い淀む。何やら珍しい反応の彼が気になって、僕は思わず問いかけた。
「どうしたんですか? 壊れてたりとかしてました?」
「いや、さ……」
「はい」
矢原君はいつになく真剣な表情で答えた。
「エレキじゃないんだ、って思って」
「…………ギュイーンって鳴る方?」
「なんだそれ」
音楽に疎い自分の愚かさを嫌になりながら、僕は矢原君に提案をしてみた。
「肩にかけてみては?」
「……俺が?」
「他に誰が居るんですか……」
「それもそうか」
矢原君はそう言ってアコギを持ち上げて、幅のある紐を肩にかける。壁に当たらないか少しヒヤヒヤしたが、彼は意外と慣れた手つきで、ギターを上手く扱っていた。
「……立ちましょうか」
僕らはゆっくり立ち上がった。そして、僕はゆっくりと1歩下がる。
ギターをかけた矢原君は、意外と様になっていた。思いの外馴染んでいて、確かに彼が持っていても、違和感は無さそうだった。
「お似合いですよ、矢原君。どうですか? 何か思い出したりは?」
「…………」
「えっと、矢原君?」
「…………」
矢原君はおもむろに、弦に挟まっていた小さな三角形の板を取り出して、ギターの弦を抑えて、ゆっくりと右手を振り下ろした。
ジャラァン……
低いのか高いのかよく分からない複雑な音色が居間に響いた。
矢原君はじっと我が家の壁を見つめていたが、やがてそっと零した。
「約束だ。そうだ、約束したんだ」
あの時の僕は首を傾げただけだった。






