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その音が消えるまで  作者: 水打一人
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5話 ギター

 春特有の柔らかい暖かな日差しに、それをチラチラと反射し輝く水田と、みずみずしい色をした小さな稲。決して快晴とは言えないものの、バラバラな雲がゆったりと浮かんでいる澄んだ青空は、春の気候にピッタリの良い空模様だった。

 そんな気候の元、僕は今、半ば彼に引きずられるような形で、矢原君と一緒に響町を歩き回っている。

 彼の看病という大義名分がある上での欠席は全然心に響かないが、しかし、矢原君は全然元気で、しかも学校を休んでまでわざわざやるような事ではないと考えると、なんだか物凄く申し訳ない気持ちになる。

 けれど、


「おっはぁ! 何もねぇ! すげぇ!」


 ここまで楽しんでいる矢原君を引き止めて、「学校があるから、また」なんて言うのも気が咎めた。

 ――それにしても、廃商店街への道だけで1時間潰すのは凄くない……?

 今は大体2時くらい。帰るのはだいぶ遅くなりそうだ。


「カニだ! カニがいるぞ!」


「竹だぁ!」


「森だぁ!」


「河川敷もある! てか川デカッ!」


「なげぇ階段がある!」


 ――うん。彼は絶対都会っ子だ。それだけは確信を持って言える。

 僕よりも1個上ということが、半ば信じられない矢原君であった。



||||||||||||



 結局、僕らが目的地である廃商店街に着いたのは、太陽がだいぶ傾いてきた頃だった。

 寄り道に寄り道を重ね、かなり高いテンションをあびせられた僕はもうクタクタの状態で、正直もう帰りたかった。

 けれど、身一つの僕に対し、楽器を1つ背負っている矢原君は疲れを見せる気配すらなく、1人で廃商店街に盛り上がっている。


「おはぁ!! すげぇ! ホントに廃商店街だぁ! かっけぇ!」


 ――かっけぇ?

 彼の独特な感受性に若干引きながらも、僕は矢原君について行った。


 階段をのぼり、くだり、右にそれ、左にそれ。途中で天井に登ったりと、好き放題していた矢原君は途中で、ある小さな駄菓子屋に気づいた。

 それは今もなお、細々と経営を続けている駄菓子屋だった。

 矢原君は興味を惹かれたのか、外に陳列されている駄菓子達を、立ち止まってじっくりと見ている。


「……? どうかしたんですか、矢原君」

「……いや」


 ――もしや駄菓子が欲しいのか?

 一瞬だけそう考えたが、その考えはすぐに違うとわかった。

 矢原君の視線は、陳列棚の駄菓子ではなく、駄菓子屋の壁に注がれていたのだ。

 壁を見ている。その事実に若干の気味悪さを覚えたが、僕はまだ見た事ない彼の表情を前に、何もすることが出来なかった。

 長いこと、長いことじっと、矢原君は駄菓子屋の壁を見ていたが、やがて満足したかのように頷いて、僕にこう言った。


「満足した! さぁ、帰ろう!」

「……えぇ?」

「ん?」


 あまりにも帰宅の決意があっさりすぎて、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 一体僕が矢原君に何を求めているかは分からないけれど、こうもあっさりとした帰宅の報告は、なんだか妙な感じがした。


「な、なんか無いんですか!? こう、総評とかでいいですから」

「あぁ……? 総評……?」

「そそ、感じたこととか、なんか気に入ったとことか……」

「感じたこと……。感じたこと……」


 突然の僕の暴挙に、矢原君は嫌な顔せず真剣に考えてくれた。彼は長い間考え込んでいたが、やがてふと、零すように言った。


「駄菓子屋は……気に入った」

「駄菓子屋? ここの?」

「うん。なんか……」


 矢原君はもう一度駄菓子屋の壁を見て、こう言った。


「なんかいい。好きだ」

「なんですか、それ……」

「なんかいいんだよ。なん……か……?」


 駄菓子屋の壁から目を離した矢原君は急に、何かに見入るように言葉をとぎらせた。

 ――ん?

 彼の視線は僕の背後に注がれていた。僕はゆっくりと振り向き、彼の視線を辿った。

 そこには、


「おぉ! すっごい綺麗な夕焼けじゃないですか」


 そこには、真っ赤に燃える太陽と、その密色の光を吸収し、オレンジ色になった雲たちが浮かんでいた。

 周りに建物がない状態だからこそ見れる空の表情。思わずため息をついてしまう程に美しい景色が、僕らの目の前にあったのだ。

 矢原君はしばらく、その見事な夕焼けを見つめていたが、やがてふと、言葉を零した。


「…………ギターだ」

「ん? 矢原君?」


 矢原君は何か重要なことを思い出したのか、僕の肩を掴み、思い切り揺らして叫んだ。


「ギターだ! 和兎! ギターだよ!」

「は?」


 思わず素で聞き返してしまう。

 けれど、彼はそんな事を気にする様子などなく、憑き物が落ちたようなスッキリとした表情で繰り返した。


「ギターだ! そうだ、そうだ!」

「いや、え?」


 僕が次に聞き返した瞬間には、矢原君はもう僕の肩から手を離し、走り出していた。


「和兎! 帰るぞ! ギターだ!」

「……はぁ?」

「いいから! 早く!」


 僕はまた、半ば押し切られるような形で、帰宅させられてしまうのだった。

 ――いやホント、なんだ? これ。

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