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その音が消えるまで  作者: 水打一人
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3話 龍真

 それから彼は、朝になっても目を覚まさなかった。何かを拒むように、何かに怯えるように眠る彼を、僕はなぜだか放っておくことが出来なかった。

 ――結局、休む事になっちゃったな……。

 彼をそのまま外に放り出して、知らぬ存ぜぬの態度で学校へ行く事も考えた。

 しかし、僕の頭からは、彼のあの、半身を千切られた痛みに耐えるような、何かに必死に縋るような痛切な表情が離れなかった。

 彼は今も眠っている。

 ――本でも読んで時間を潰そうか。溜めてる本結構あるんだよな。

 僕はゆっくりと腰を上げ、そのまま本棚から本を取りだした。



|||||||||||



 彼が目を覚ましたのは、お昼の事だった。

 僕が適当に昼ご飯を作っていた時に、ムクリと体を起き上がらせたのだ。

 思わず僕はびっくりした。

 火を扱う料理中だったって事もあったけれど、何よりも『ことは』事件が心配だったからだ。

 ――飛びかかられたりしたらどうしよう。

 しかし、彼の反応は僕の想定していた反応のどれよりも普通で、落ち着いていた。


「……ここどこ?」


 ――まぁ、そうなるよね。

 思わず頷いてしまう。彼はゆっくりと辺りを見渡し、僕を見つけるとこう言った。


「え? あんた誰? ここは?」


 僕は1度、その質問を無視した。

 申し訳ないけれど、料理がそろそろ完成しそうな頃だったのだ。

 作っていたのはお粥。結構な自信作だ。

 生姜を多めに入れてみたりと、色々と試行錯誤して作られたお粥は、お茶碗に盛り付けると、何とも言えないいい匂いが漂ってきた。


 ぐぅぅ~。


 居間に情けない腹の音が鳴る。僕のじゃない、彼のだ。

 ――しめしめ、腹を空かせているな?

 長い間1人で自分の作った料理を食べていた。部屋にいるのが誰であれ、食卓を複数人で囲めるのは普通に嬉しかった。


「細かい話はご飯を食べながらにしましょう。お腹、空いていますよね?」

「お、おう……」


 ――1度言ってみたかったんだよね。

 彼は困ったように、小さく頷いた。


|||||||||||


 彼は夢中で粥をかきこんでいた。

 だいぶ腹を空かせていたのだろう、思わず話しかけるのをためらってしまう程の食いっぷりだった。

 結局、彼が話し始めたのは、僕が多めに作っておいたお粥を全て食い尽くした後だった。


「ご馳走様でした。ホントに助かりました」

「い、いえいえ。お粗末さまでした」


 ――若干引いた。すげぇ食うもん。

 しかし逆に、僕はそこまで腹を空かせる程に何も食べなかった理由が気になった。

 食器を洗いながら、僕はまず軽い質問から入ることにした。


「名前はなんて言うんですか? 僕は熊谷和兎。熊の谷に和の兎で熊谷和兎です」

「えっと、矢原やはら龍真たつまって言います。弓矢の矢に原っぱの原に難しい方の龍と真実の真で、龍真です」

「年齢は? 僕は15ですけど……」

「最近、16になりました」


 ――歳上なのか。あいや、学年は同じだし、別に大丈夫か。

 食器の水気を切って、綺麗な布で拭く。食器棚にそっとお茶碗を戻して、コップをふたつ手に取る。


「矢原君も麦茶でいいですか?」

「あっはい、全然大丈夫っす」


 氷を何個か入れて、コップに麦茶を注ぐ。彼の前にコップを置いて、ちゃぶ台を挟むようゆっくり座る。


「色々と聞いてもいいかな? それに、矢原君も聞きたいことがあるだろうし」


 僕は一口だけ麦茶を飲んで、口を湿らせた。

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