11話 交換条件
「い、いやごめんて。悪かったって、和兎」
「……そういう問題じゃないんです、そういう問題じゃ!」
僕は矢原君から取り返したプロットを守るように胸に抱えながら、慌てて謝る矢原君に文句を言った。
「いやまじで、ごめんて。ゆるして、な?」
「許すとかじゃなくて、許すとかじゃなくて……!」
しかし僕自身も、矢原君に何をして欲しいのか分からずにいた。謝って欲しい訳では無いのだが、無いのだが……。
「い、いい話だと思うぜ! 主人公が……」
「言うなぁぁぁぁ!!!」
なんだかんだ僕が1番ご近所さんに迷惑をかけているような気がするが、今はそれどころじゃなかった。
僕は矢原君に飛び掛り、思い切り彼の口を抑えた。
「モガァァァ!! モガフガ!」
「お願いですから言わないでください。何も言わないでください。そして自分のデリカシーの無さを恥じてください」
「オモガガガ!」
矢原君は素早く2度頷いた。僕は彼から口を離し、馬乗りの体制を辞めた。
「飛び掛るのは……」
「…………」
「すいませんでした。以後気をつけま――」
矢原君が謝ろうとした瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
「……どうしました? 矢原君」
頭を下げようとしている中途半端な状態で固まりながら、矢原君は何かを手繰り寄せるように呟いた。
「屋上の女……? か、さ、こ? こと? この、こと……」
――『ことは』だ。
僕はそう確信し、矢原君に小さな声で聞いてみた。
「『ことは』さん、ですか?」
「こと、は? ことは……。琴葉だ! そう、琴葉だ!」
矢原君は顔を思い切りあげて、大声で確信したように叫んだ。
「夜の屋上で、琴葉と約束したんだ! そうだ、そうだ!」
矢原君は喜びで顔をキラキラに輝かせながら、僕の手を取りこう言った。
「思い出した! 約束だ! 約束なんだ!」
「えっと……約束というのは……?」
矢原君にそう聞き返すと、彼は「それはもちろん……」と言いかけて止まった。そして、少しの間考えた後、今までに見せたことのない、ニヤリとした笑みで答えた。
「お前が小説を読ませてくれたら、教えてやる」
…………?
「はぁ!?」
思わず聞き返す。
矢原君は面白そうにケラケラ笑った。
「いや、いや、え?」
「いや、わりぃわ、ごめん……」
矢原君はひとしきり笑ったあと、僕と目を合わせるように背中を屈める。
「悪いけどさ、お前に手伝って欲しい事があるんだ」
「……なんですか?」
矢原君の雰囲気が、一転して真面目なものになったので、僕も思わず真剣に聞き入ってしまった。
「ライブをしたいんだ。色々と大変だと思うし、やる事も多い。無理にとは言わねぇ、頼まれれてくれるか?」
「……それは、約束の事ですか?」
僕がそう聞くと、矢原君はゆっくり頷いた。
「あぁ。約束の話だ。嘘じゃない」
矢原君はそう言い切ったあと、ハッと思いついたように顔を上げた。
「そうだ! いいこと思いついた!」
僕が何か言う暇も与えず、矢原君は続けざまにこう言った。
「交換条件だ! 俺は和兎の小説を読もう!その代わり、和兎は俺の事を手伝ってくれ!」
すぐ前に言った、「小説を読ませてくれたら、約束を教える」という約束は、無かったことになったらしい。
――って、え?