10話 何見てんだ
少し固めに炊けたご飯を口にしながら、僕と矢原君は約束について話し合った。
「約束というのは、やはりギター関連なのでしょうか?」
「わかんねぇな。もかしたら、浮気すんなよ、みたいな約束かもしんねぇし、そもそも約束かどうかすら怪しいんだよな……」
「場所とかは思い出せますか? 誰と、どんな約束かは分からずとも、場所や時間なんかは……」
「……寒かった」
「はい」
「…………」
「ぜ、全然気にしないでください! だ、大丈夫ですから! ね!」
しかし、それ以降どれだけ質問を重ねても、答えらしい答えやヒントは見つからず、お茶碗はいつの間にか空になっていた。
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結局、僕らは今日の考察をあきらめ、お風呂に入ることにした。
お風呂に入ったらアイディアが浮ぶ! なんて事を期待したのだが、そんな事はちゃんとなかった。
僕は湯船に浸かりながら考える。
――けど、本当に取っ掛りが掴めないなぁ。なにか、「彼女」に対して明確な、明確な……。あっ!
僕はそこで、ようやく思い出したのだ。「ことは」という女性の名前を。
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和兎のヤツが風呂に入ってる間、滅茶苦茶に暇だったから、俺は居間を物色して時間を潰す事にした。
――そういや、和兎の家の構造ってどうなってんだろ、古本屋ってことは分かったけど。 それらしき暖簾はあるのだが、勝手に入ったら怒られそうな気がして、俺はそこに行く事を躊躇った。
仕方なく俺は、居間をくまなく探索する。
ガスコンロに台所、テレビは無く、布団を入れるための押し入れがある。
壁には俺のギターケースと、和兎の学校の鞄があった。
――き、気になる……。
まだまだ3日の付き合い。俺はまだ、熊谷和兎という人間を、全然理解していなかった。
――の、暖簾はダメだけど、鞄くらいだったら……ね?
自分の好奇心に適当な言い訳をつけて、俺は和兎の鞄に手を突っ込んだ。
……その時だ。
「あっ! ダメですよ、龍真! 他人の物を勝手に物色しては!」
女の声。和兎のじゃない。
俺は後ろを振り返った。キョロキョロと辺りを見渡して、声の主を探す。
しかし、いくら探しても女なんて見つからなかった。
――幻聴か? やべぇな、俺の耳。
妙に聞き覚えのあるような声だったが、俺はその奇妙な感覚が鬱陶しく、思わず頭を振った。
そして俺は、気を取り直して和兎の鞄に手を突っ込んで……。
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歯を磨き、髪も乾かし終えて、僕は洗面所を出た。
「矢原君、お風呂出ました――」
そこで僕は、自分の家の居間で、信じられない光景を目にした。
矢原君が何かを一心不乱に読み込んでいる。それだけならまだいいのだが、問題はその、読み込んでいる物。
それは、それは……
「おっ、和兎! これ、お前が書いたの?」
厳重にしまっておいたハズの僕のプロットだった。
「何見てんだてめぇぇぇぇ!!」
月明かりがぼんやりと浮かぶ夜に、1人の創作者の絶叫が響いたのだった。