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その音が消えるまで  作者: 水打一人
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1話 拾われた夢

 何も見えない。

 真っ黒で分厚い雲は月明かりを隠し、唯一の希望である携帯電話の光も、大粒の雨にかき消されてしまった。

 自分の勘だけが頼り。

 どこへ向かっているのか、どの方向を向いているのか、どこへ向かえばいいのかすらも分からない。


 道に迷っている暇などないと言わんばかりに雨は傘を何度も叩く。大きな水たまりをふむ度に靴下は濡れて、足はどんどん重くなる。

 僕はせめて荷物を濡らさないよう、鞄を抱きしめるようにして歩き続ける。しかし、冷えきってしまった体では、どこに雨が落ちているのかすら分からなかった。

 震える体を抱きしめるように温めて、せめてこれ以上濡れないようにと体をまるめて。

 ぐっしょり濡れた足でゆっくりと、ゆっくりと歩いていると、不意に、すねに何かがぶつかった。


 ゆっくりと足元を見下ろす。


 それは倒れている人だった。

 長い間外に居たのか、長い髪の毛はぐっしょりと濡れてしまっている。服はボロボロで、ズボンなんかは擦り切れて所々肌が見えている。そして、首にはヘッドフォン、背中には楽器らしきものを背負っていた。


「だ、大丈夫、ですか?」


 大丈夫な訳が無い。けれど、それ以外に言葉が出なかった。

 反応はもちろんない。

 僕はゆっくりと膝を下ろして、その人の首筋にそっと手を当てた。


「わっ!」


 ――冷たい。

 そう認識した瞬間、僕の体は勝手に傘を手放し、その人を抱き寄せ、揺らしていた。


「お、起きて下さい! このままだと!」


 死んでしまう。

 そう言いかけて、口を噤んだ。その言葉はあまりにも無責任と感じたからだ。

 ――助けなきゃ。


 僕は雨にうたれながら、その人をそのまま持ち上げると、傘を放置したまま、自分の家があるであろう方向へと走り始めた。

 これがきっと、僕が小説家をハッキリと志す事になったキッカケのキッカケだ。



||||||||||



 裏口の鍵を乱暴に開けて、僕は倒れるように家へ入った。

 ――と、とにかく体を温めないと!

 急いでその人をお風呂に入れようとしたが、その瞬間、脳裏にある情報が閃いた。


 急に体を温めるとかえって危険。


 ならどうしようと、僕は必死に考える。

 とにかく僕は、荷物達をまるごと玄関のすみに投げて、開けっ放しの扉を閉める。

 そして、びしゃびしゃのまま洗面所へ行き、バスタオルを2枚とる。

 そのうち1枚は自分の肩にかけ、そして、気を失っている(多分……男性?)彼を引っ張って、居間に寝かせた。

 ――えっと、服は脱がせた方がいいよね?

 僕はまた洗面所へと行って、自分の私服を2枚とって、彼の脇に座る。ブカブカになるだろうけど、そこは我慢してもらおう。

 服を脱がせるとか、本当に男性なのか、とかを考える暇はなかった。


 僕は彼の服を剥ぎ取る。

 そしてそこで、僕はバスタオルを手に取ったまま固まってしまった。

 これは別に、僕にそう言う趣味があるわけじゃなく。その理由は、ただただ、彼の体が傷だらけだった事にある。


 本当に女の子なんじゃないかと思ってしまう程に華奢な体には、その体に似合わない、誰かに殴られたような青あざ、真っ赤な切傷、滲んでいる擦り傷なんかが何ヶ所も見つけられた。

 ――か、彼は一体どんな……

 一瞬、彼の経緯を考察する為にと僕の頭は切り替わるが、今はそんな場合ではないと、思い切り思考を捨て、傷をあまり触らないよう、優しく丁寧に彼の体を拭き始めた。


 彼の体を拭き、ズボンとシャツだけ変えると、僕は洗面所からドライヤーを取りだし、今度は髪を乾かした。

 何日間も風呂に入っていないのか、すこしだけ彼の髪の毛からは甘ったるい嫌な匂いがした。よく見れば、爪もだいぶ長い。

 ――やはり気になる……。けれど、それよりも先に彼の介抱だ。

 そう僕は自分に言い聞かせ、彼の髪の毛を乾かし続けた。


 着替えさせて髪を乾かし終わった時には、だいぶ彼の体温も上がってきたような気がする。けれど、まだまだ指の先やお腹周りは冷たく感じた。

 僕はタンスからカイロを取り出して、彼の体を火傷させないような適度な距離に置いておいた。

 さて、彼のことは一段落した。けれど……


「ハクション!」


 次は自分自身の世話をしないと行けないみたいだ。

 僕は洗面所へ行き制服を脱ぎ捨て、お風呂を沸かし始めた。

 ――取り敢えずシャワーを浴びよう……。

 張り詰めていた空気を吐き出すように、僕はひとつ、大きくため息をついた。

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