49 レオノーラVSカテーナ 2
なんだ、これは……?
私は自分に訪れたある変化に疑問を抱く。
まるで世界の流れが遅くなってしまったかのように、ゆっくりと光景が過ぎ去っていく。
同時に思考速度が何倍にも引き延ばされたかのようだ。
広がった視野で状況を確認してみれば、今までに気付けなかったことを確認できる。
まず、カテーナ。
彼女は私に追撃してこないわけではなく、その場で小刻みに体を動かしていた。
その動きは戦闘の構えというよりはむしろ、意図的に隙を作っているように見えた。
先ほどまでの私なら、直感でその隙を認識し攻撃を放っていただろう。
……攻撃を誘っている?
もう一つ。
カテーナの二本の角が、純白に戻っていた。
先ほど色が変わっていたのは一時的なものだったのだろうか?
違和感を覚える。
「――――まさか」
瞬間、一つの考えが私の頭に浮かび上がる。
その予想が正しければ、彼女の力は非常に厄介だ。
まずは確証を得なければならない。
ずっと思考の中にいる私に痺れを切らしたのか、カテーナは少し苛立ったように声を上げる。
「ねえ、いつまでも動かないみたいだけど、降参ってことでいいのかな? だったら次は私が攻撃しちゃうよ?」
「……いや、お望み通り喰らわせてやる」
私はカテーナに向けて、再び魔術を放つ。
今度は七属性ではなく、複合属性も含めた四十四色。
「死色光」
「っ、ははっ! あいかわらずとんでもない!」
言葉ではそう言いながらも、カテーナに焦った様子はない。
カテーナは両手に黒色の魔力を集めると、襲い掛かってくる光に向けて放つ。
「さあ、無力化するよ!」
「――――」
見ろ!
この瞬間の光景を、絶対に見逃すな!
カテーナから放たれた黒色の魔力は、魔術の威力を削ぐ効果があるのか、光の勢いがみるみるうちに衰えていく。
しかし完全に消し去るには至らない。
死色光は威力を落としながらも敵の魔力を打ち破り、カテーナに直撃した。
その時私は確かに見た。
カテーナの角に死色光と同じ色が付いたのを。
「やはりか」
もう間違いないだろう。
カテーナは私の魔力を、いや魔術そのものを吸収している。
だとするなら――
「じゃあ、もう一回お返しだよ!」
カテーナの手から放たれたのは、死色光そのものだった。
私の退路を塞ぐように、360度から襲い掛かってくる。
やはりそうだ。
カテーナは吸収した魔術を発動することが可能なのだ。
初見では動揺のあまり対処しきれないのも仕方ない。
――が、分かっていれば対処は容易い。
「死色光」
私は再び死色光を放つ。
相手が私と同じ魔術を使うのなら、相殺してしまうのが一番早い。
数十の爆発が起きる中を、私は全速力でカテーナ目掛けて駆けていく。
「へえ、もうタネが分かったんだね。けど、それはちょっと愚策かな!」
カテーナは、私が接近戦に持ち込もうとしていることを悟ったらしい。
ここにきて、カテーナは初めて獰猛な笑みを浮かべた。
「魔族相手に、身体能力で勝つつもり!?」
「ああ、その通りだ!」
「なっ、速い――」
身体強化を用い、二段階ほどギアを上げる。
ルーク師匠に教わっておきながら、恥ずかしくも今まで辿り着けなかった領域。
この土壇場に来て、ようやく至った。
「けど、その程度じゃまだアタシには敵わないよ!」
「そんなことは、やってみないことには分からない!」
私はまだルーク師匠から剣技を教えてもらっていない。
故に、接近戦の方法など肉弾戦しか知らない。
対するカテーナもそうなのであろう。
生まれながらの恵まれた肉体を持つ彼女は、自身を制限する武器を必要としない。
だから私たちは拳を振るった。
それぞれの一撃が、お互いの横顔にめり込む。
「ガハッ!」
「くうっ!」
ズシン! という重々しい音と共に、私たちの体は後方に吹き飛ばされる。
しかし退くことはできない。
地面に足を滑らせるようにして着地し、再度駆けていく。
アッパー気味の拳がカテーナの横腹にめり込み、
死角から放たれた蹴りが私の腕を粉砕し、
倒れそうになった態勢を利用し振り上げた足がカテーナの顎を蹴り上げ、
反撃を考慮しないような両拳の振り下ろしが、私の後頭部に叩きつけられる。
魔術師同士ではありえない、恐ろしいまでの痛みが伴う戦い。
それでもなお、私の胸に生じたのは歓喜だった。
しかしこの時間が永遠に続くことはない。
均衡した状況は、カテーナの行動によって崩されることになる。
「ははは! 人族風情がここまでやるとは驚いたよ! けど、それもここまでだ!」
「なっ!」
カテーナの体から純白の魔力が広がっていき私の体を包み込む。
その瞬間、私の動きは鈍化した。
遅れてカテーナの角が透明に輝く。
これはまさか、身体強化の魔力が奪われたのか!?
「黒魔力は消滅、白魔力は吸収だから、覚えておくといいよ――まあ、貴女はもう死ぬんだけどね!」
動きが止まった私の前で、カテーナは大きく腕を振り絞る。
拳には大量の魔力が込められており、あの一撃を喰らえば私の体は跡形もなく消滅するだろう。
そしてとうとう、私の命を奪う殴打が放たれる。
そんな絶望的な状況の中で。
私は笑った。
「いや、死にはしない。ずっと待っていたんだ、この瞬間を」
「――――え?」
私が選んだのは防御でも回避でもなく、前進だった。
カテーナの殴打をかいくぐるようにして、彼女の懐に潜り込む。
僅かに拳が当たっていたのか、頬から血が噴き出すが気にしない。
私は両手をカテーナの腹に添えた。
そして大量の魔力を集めていく。
それを見たカテーナは驚愕の声を上げる。
「無駄だよ! 分かってるでしょ!? 私に魔術は通じないよ!」
「いいや、通じる。貴様の許容量を超える威力ならば」
「――、気付いてッ!?」
その仕組みに気付くのは、そこまで難しいことではなかった。
彼女が本当に全ての魔術を吸収できるのならば、私の魔術を躱す必要も、威力を殺そうとする必要もなかった。
角に蓄えられる魔術には許容量があり、それを超えないように対策しているのだと私は気付いた。
その許容量がどの程度のものかは分からない。
けれど、今彼女は私の身体強化を喰らい大量の魔力を蓄えている。
倒せるのは、今この瞬間しかない!
私はルーク師匠に鍛えられ、新たな力を手に入れた。
けれどそれはこれまでの戦い方を捨てることではない。
私は万能の魔術師だ。
ありとあらゆる力を利用し、遥か高みに辿り着く。
そんな決意と共に、私は唱えた。
「千色砲」
「うそ、私が、こんなところで負ける訳――」
放たれた最大最強の魔術。
それはカテーナの許容量を遥かに上回った。
二本の角は虹色に輝き、膨張し、そして。
周囲一帯を吹き飛ばすような爆発を生み出した。
熱と暴風の中を、私はゆっくりと歩きながら進んでいく。
「まだ、全ては終わっていない。先に進もう」
この先には更なる強敵が待ち構えていると。
私の直感はそう告げていた。