46 ティナVSマギサ 1
私――ティナ・アートアルドの前には一人の女魔族がいた。
血塗られたかのごとき赤髪に、その身を覆ってしまえるほどの大きさを誇る漆黒の翼。
余裕を隠すこともなく、嬉しそうにペロリと舌舐めずりする。
「ふふっ、いいわね。キラキラと輝く、まるで宝石のような青色の瞳。くり抜いて私のコレクションにしてあげたいわ」
「……気持ち悪いですね」
「ふふっ、その理解できないものを見下すような視線、素晴らしいわ。その気高さが今から地に落ちると思えば、ゾクゾクするもの」
「――死んでください」
会話を続けるのも不快だった。
私は詠唱破棄で氷の上級魔術を放った。
しかし、
「あらあら、いきなり攻撃だなんて失礼ね。まあ、そこもまた素敵なのだけれど」
上級魔術は彼女の翼によって簡単に弾かれてしまう。
傷一つ与えることはできなかった。
私は思わず、ギリッと歯を強く噛み締めた。
「あら、そういえば自己紹介がまだだったかしら。だから親しみが持てないのね。仕方ないわね」
私の様子には気付いていないのか、女魔族はそう言ってその場で一礼する。
「私は魔族の中でも特別な力を持つ、竜族のマギサよ。どうぞよろしくね、お嬢さん?」
「――――ッ」
女魔族――マギサからとてつもない量の魔力が吹き荒れる。
戦闘準備を終えたということだろう。
間違いなく自分よりも上位の実力者であることを肌で実感する。
だとしても退くことはできない。
私たち四人が分断された以上、目の前の敵は自分自身で倒す必要がある。
――もう、お兄様には頼れない。
「氷石!」
最大限まで圧縮した氷の石を、瞬時に数十個生み出しマギサに向けて放つ。
「甘いわ!」
だが、マギサは焦った様子もなく漆黒の翼で自身の体を覆う。
氷の石は翼の防御の前に呆気なく砕け散っていく。
……あの翼がある限り、私の攻撃は通じないみたいですね。
マギサの防御の要が何であるかを把握し、すぐに策を練り始める。
相手がどんな魔術を放ってこようが、対応できるだけの注意はしておく。
しかし誤算があった。
今回私が相手にしているのは人族ではなく魔族なのだ。
魔術を使わずとも、彼女たちには――
「それじゃあ、次はこちらの番ね」
「ッ!?」
――十分な攻撃手段がある!
マギサは翼を羽ばたかせると地面を蹴り、恐るべき速度で私に迫る。
けど、お兄様の全速力にはとても程遠い。
何とか対応が可能だ。
「喰らいなさい!」
「断ります!」
マギサの大振りの拳を、バックステップで躱す。
安堵しかけたその瞬間、信じられない光景が視界に飛び込んでくる。
マギサの拳は躱した。
しかしその背後から、何かの塊が私目掛けて襲い掛かってくる。
「氷壁!」
反射的に生み出したのは、硬質な氷の壁だった。
だが、それはパリン! という甲高い音と共に呆気なく破壊される。
氷壁を破壊した塊は、そのまま私の体に叩きつけられた。
「がはっ」
骨が何本も同時に折れる感覚がした。
瞬時に治癒魔術を使うも、瞬時に回復することは不可能だ。
私は着地に失敗し、片膝を地面につける。
そして私を攻撃したものの正体を見た。
「尻尾……?」
マギサから生えているのは、紛れもない尻尾だった。
確かに彼女は自身のことを竜族だといった。
竜の特性を持っているのは間違いない。
翼だけではなく、尻尾もその範疇だったという話だろう。
ボロボロの頭で分析する私に対して、マギサは無傷だった。
楽しそうに口角を上げる。
「ふふっ、素敵よ。やはり美しいものが傷だらけになる姿は良いわね」
コツ、コツと。
マギサは両腕を広げながらゆっくりと近づいてくる。
私に反撃する気力がないと見ているのか、それとも攻撃されても対応する自信があるからか、隙だらけだ。
ならばまだ現状を打開する手はある。
この戦いではまだ使用していていないが、私にはとっておきの手がある。
それを使用すれば、挽回の可能性はある!
そのとっておきをお見舞いするためにも、私はさっそく呪文を唱え始めた。