37 最強との遭遇
「っと、もうこんな時間か」
王都にある雑貨屋を出ると、外はもう暗くなっていた。
帰路につきながら、俺はここ数日のことを思い出す。
第一学園に通うようになってから、もう数日が過ぎた。
実戦演習や模擬戦を重ねるうちに、俺は少しずつ周りから実力を認められるようになっていった。
しかし俺から皆に対する感想は、正直なところ拍子抜けもいいところだった。
ブルームと呼ばれる者たちも、ティナの実力に遠く及ばない。
単独で魔族を打ち破ることすらできないだろう。
俺が異世界からこちらの世界に戻ってきて思ったこと。
それは多くの実力者と戦い、自分の力を試すこと。
そのため最初の目標が第一学園の者たちと戦うことだったが、そろそろ次の段階に進んだ方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと違和感を覚える。
「なんだ? 人の気配がしない?」
貴族が暮らす北区でこんな時間に出歩く者は普通いないため、人がいないのは理解できる。
けれど今に限っては気配すらなかった。
……他人の侵入を防ぐような大規模な結界が張られているのか?
けど何のために?
そんな疑問を考えている余裕はなかった。
「シャァアアア」
「――む」
背後から、高音と共に何かが襲い掛かってくる。
俺は前方に跳んだあと、身を翻し剣を構える。
「こいつは……」
そこにいたのは蛇型の魔物だった。
それも一匹や二匹ではない。数十匹の魔物がいた。
「これは……」
直前まで気配を感じなかったということは、今この場で召喚された魔物だろう。
でも一体だれが――
「ふっ、躱すなんてつれないねぇ」
「――お前は」
飄々とした男らしき声と共に、暗闇から何者かが姿を現す。
ローブに身を隠しているが、それでも二本の黒い角は隠せていない。
ほぼ間違いなく魔族だ。
「僕かい? 僕はベルク。ただの魔族さ。エレジィよりはちょびっとだけ強めのさ」
エレジィのことを知っているのか。
「俺にエレジィの話題を出すってことは、もう知っているんだな」
「もちろん。君がエレジィを殺したんだよね? ああ、いいんだよ別に。責任は感じなくていい。僕たちは魔族と人族、敵同士だ。殺し合うことにいちいち文句なんてつけてらんないからね」
「なら何で俺のところにきた? わざわざ結界まで張って」
「決まってるじゃない。気分だよ気分。仲間を殺したあげく、僕が使役する最強の魔物であるヒュドラを瞬殺する人族に興味を持つのは当然だろ?」
「あのヒュドラもお前のせいだったのか」
「うんうん、手っ取り早く王国の学園生を殺せると思ったんだけど、君に防がれちゃった。まあいいよそれは別に。そんなことよりもさ――早く殺し合おうよ!」
瞬間、目の前に異様な光景が広がる。
ベルクと名乗った魔族の両腕が人体の法則を無視したかのようにぐにゃぐにゃとうねると、巨大な蛇に変貌する。
四つの金色の眼が俺を射抜く。
「さあ、死んじゃってよ!」
ギュンっと伸びるようにして俺に迫る二匹の巨大な蛇と、数十匹の小さな蛇たち。
厄介なことになったと思いながら、俺は剣を構えて力強く振るう――
直前、“それ”は起きた。
「シュナイツ」
透き通るような声が高らかに響いたかと思えば、上空から数十もの光の柱が落ちてくる。
その光の柱に触れた蛇の魔物たちは、一瞬のうちに浄化されていく。
「何者だ!」
突然の出来事に声を荒げるベルク。
しかし返ってきたのは名ではなく、詠唱だった。
「ジャッジメント」
それは数十の光の柱を一つに集めたような、巨大で強力な光だった。
「ふざけるな! こんな訳のわからん流れで、僕が滅ぶわけ――」
その光を浴びたベルクは、言葉を最後まで紡ぐことなく消滅する。
強力な魔族を瞬殺する、圧倒的な魔術だった。
ただ、ここからが本番だった。
上空から射す光の中を、一人の女性がゆっくりと下っていく。
赤みがかった茶髪を腰元まで伸ばし、翡翠の瞳を持つ美しい女性。
その女性は着地した後、静かに俺に視線を向ける。
「やっと見つけた」
ドクンと心臓が跳ねる。
この感覚を俺は知っている。
異世界で嫌というほど経験してきた。
自分の命を脅かす強敵と邂逅した時に感じるものだ。
「君がルーク・アートアルドだね?」
その女性は間違いなく俺のことを知っていた。
「お前は一体……」
その問いに、女性は答える。
「私かい? 私はレオノーラ・フォルティス。ただの通りすがりの冒険者だが――」
国内最強の魔術師と名高い、Sランク冒険者の名を。
「とりあえず、君に決闘を申し込もう」
瞬間、レオノーラの周囲に七色の光が集い、その全てが俺に向けて放たれた。