36 ブルームとの模擬戦
ユナがここにいるのは驚きだ。
俺と同じく五年生のCクラスに転入したはずだが……
その疑問について尋ねると、ユナは答えをくれる。
「えっと、五年生は昨日、学年全体の模擬戦があったんだ。そこで転入試験を見て私の実力に興味を持った人たちと戦ってね。そのうちの何人かがAクラスだったんだけど、全員に勝てちゃって。そのままAクラスに入れちゃったんだよ」
なるほど。相手が学生か魔物かが違うだけで、大まかな経緯は俺と同じか。
俺の事情についても説明すると、ユナはこくりと頷く。
「そっか。昨日エピゾの森でヒュドラが目撃され、しかも学生によって討伐されたって話は聞いてたんだ。やっぱりルークのことだったんだね」
どうやら昨日のことは噂になっているらしい。
まあ、王都のすぐそばにSランク魔物が出現したという情報はすぐ共有されるべきだろうし、特に問題はないだろう。
談笑に花を咲かせていると、講義が始まる。
「それじゃあ、今日は二人一組になって模擬戦を行ってもらう。勝敗が成績に反映されないとはいえ、真剣に取り組むように」
とのことだった。
どうやら模擬戦の相手は自分で決めるらしい。
ふと、周囲から視線を感じた。
多くの者の注目が俺に集まっているのは気のせいではないだろう。
耳を傾けると、少しずつ彼らの声が聞こえる。
「アイツが炎黙の顎を圧倒した片割れか」
「昨日でミアレルトの実力は分かったけど、あっちについてはどうなんだ? 本当に強いのか? 変な武器持ってるけど」
「誰か挑んでこいよ。Aランク以上の奴がさ」
ふむ。聞こえてくる言葉からは、疑いというよりも俺の正確な実力を把握したいという意思の方が多いように感じる。
誰なら相手として相応しいかを悩んでいるみたいだ。
そんな中、一人の男が近づいてくる。
茶髪の優男――ゼーエンだ。
「やあ、ルークくん。よければ僕と組まないかい?」
「別に構わないが」
「なら決定だね。さっそく執り行おう」
俺の相手がゼーエンに決まり、空いたスペースで向かい合う。
周りの者たちは自分の戦いよりもこちらに注目している様子だった。
「おい、ゼーエンがアイツと戦うぞ!」
「ブルームと渡り合えるかどうか、見させてもらおう」
それぞれが模擬戦を行う場なのに、俺たち以外は誰も戦おうとしない。
注意すべき教師達ですら、興味深そうに観戦していた。
「ルーク、頑張って!」
「お兄様に負けはありえませんわ」
ユナとティナの応援に頷き、ゼーエンに向き直る。
ゼーエンは楽しそうに笑う。
「では始めようか。君はその剣とやらを使うんだね?」
「ああ、問題ないか?」
「もちろんさ。全力できてくれないと意味がないからね」
「なら、ありがたく」
これは模擬戦だ。審判はいない。
お互いに準備が整ったタイミングで、模擬戦は始まる。
「――フレイムウォール!」
「ほう」
ゼーエンが火の中級魔術を詠唱破棄で発動する。
眼前を覆うような巨大な炎の壁が俺に迫ってきていた。
だが、甘い。
「はっ!」
力強く剣を振るう。
ただそれだけで炎の壁は真っ二つになり消滅する。
「フレイムウォールが消されたぞ!」
「風魔術か!?」
ただ剣を振るって風を起こしただけだが、外野は何をしたのか見破れなかったらしい。
それよりも、問題はゼーエンだ。
さすがにブルームである彼が、この程度の魔術で俺を足止めできるとは考えていないだろう。
怒涛の連撃に身構えるも、ゼーエンは他の魔術を放ってくる気配がなかった。
どころか。
「――焦がし尽くす火炎、紅蓮の雄、破壊するは――」
「最上級魔術の詠唱か?」
しかも詠唱破棄ではなく、一から唱えている。
本当にあんな中級魔術で時間を稼げると思っていたのだろうか?
だとしたら甘すぎる。期待していたブルームの実力もそう大したことはないようだ。
俺は半身に構え、剣技を放つ。
「――神威」
大怪我を負わせないよう、ある程度威力を抑えた突きを放つ。
渦巻く旋風がゼーエンに迫る。
これで決着がつく――そう思った瞬間、ゼーエンがにやりと笑う。
「ははは、かかったね、ルークくん!」
「なに?」
ゼーエンは最上級魔術の詠唱を止めると、自身の杖を前方に突き出す。
すると杖の先に埋め込まれていた純白の宝石が力強く輝きだす。
途端に外野が騒ぎ始める。
「あれはゼーエンが得意とする反射魔術だ!」
「ああ、あの宝石に埋め込まれた術式が、自身に迫る魔力に反応し、数倍の威力で術者に跳ね返す! あれでやられた奴を何人見たことか!」
「転入生だから知らなかったのか!? けどこれで、ゼーエンの勝ちだ!」
その言葉を聞き、ゼーエンは楽しそうに笑う。
「その通りさ! その魔術がどれほど強力であれ、我がランプロン家に伝わる秘術の前では無力だぶほおっ!」
高らかに叫ぶゼーエンに、旋風は跳ね返されることなく衝突する。
ゼーエンの体は遥か後方まで吹き飛ばされていった。
「な、ぜ……僕の反射魔術は、かん、ぺき、だったのに……」
何度か地面を跳ね、ゼーエンは理解できないといった表情でそう呟いた後、がくりと気絶した。
「何が起きた!?」
「転入生が勝ったぞ!」
「反射魔術を掻き消す程の威力だったとでもいうのか!?」
外野も勝敗に驚いているようだ。
……うん、まあ、あれだ。
俺が放ったのはただの風で魔力は込められてなかったから、うん。
――ドンマイ、ゼーエン。
反射魔術。通常なら脅威となるその魔術を、俺は相変わらず筋力で打ち破った。
そうして俺は模擬戦で勝利した。
「さすがはお兄様ですわ!」
「うん、やっぱりルークはこうでなくちゃ」
あの二人だけは、俺のことをよく理解してくれているみたいだった。




