34 ルークは火魔術()を習得した
第一学園、三年Cクラスの実践演習を行う中、俺様――セルパン・ヴィペラは苛立ちを抱えていた。
第二学園から新しく入ってきたルーク・アートアルドという奴を取り巻きにしようと考えていたが、断られたからだ。
俺様はCクラスの中では最も強い。
ランクもBだ。そんな俺様の配下になることを断るなど失礼極まりない。
一人で今回の実践演習を受けることになったアートアルドは、どうせCランク魔物しかいないこんな森でも苦戦していることだろう。
対して俺様たちは――
「いまだ、一斉に攻撃を仕掛けろ!」
「「「おおっ!」」」
捜索中に現れた、10体以上のゴブリンの群れに向けて先制攻撃を仕掛ける。
所詮はCランクの魔物。俺様たちの魔術を喰らい、跡形もなく消え去る。
その光景を見て、俺様は高らかに笑う。
「ははっ、やっぱりこのパーティがCクラスで最強だな!」
「ええ、セルパン様」
「その通りです。ゴブリンだけではなくやがてはBランク、いえAランクにすらすぐ勝てるようになりますよ!」
「ああ、その通りだ! 皆、よく分かってるじゃないか、はっはっは!」
さすがは俺様の配下なだけはある。
よく俺様の実力を分かっている。
気分が良くなり、さらに捜索を続けようと足を踏み出す。
次の瞬間だった。
「危ないです、セルパン様!」
「――――はっ?」
突然配下に襟を掴まれ、引っ張られる。
突然のことに喉が締められて苦しい。
いきなり俺様を傷つけた怒りを叫ぼうかと思ったが、すぐにそんな考えは吹き飛ぶことになる。
先ほどまで俺様がいた場所に紫色の液体が飛んできて、それを浴びた足元の草花が溶けていったからだ。
「なんだと!?」
衝撃的な出来事に、目を見開く。
さらに絶望するのは直後のことだった。
遠く離れた木々の隙間から、蛇の顔が出てくる。
それも一体じゃない。二体、三体、四体――九体にも及ぶ。
しかもそれらの頭は一つの体から生えていた。
その特徴を持った魔物を俺様は知っている。
けど、こんな場所に現れるはずがない。
だから現実だとは思えなかった。
「ひゅ、ヒュドラだ……」
配下の一人が、俺様が認めようとしなかった名を口にする。
ヒュドラ。それは巨躯と猛毒、そして九つの頭を持ったSランク魔物。
普通なら迷宮の最深部にいて、こんなところにいるような魔物ではない!
戦うなんて無謀。勝てるわけがない。
どうやって生き延びるかに目標が変わる。
恐怖に体を強張らせながら後ずさろうとするも、金色の瞳が俺様を射抜く。
「あっ……」
もう動けない。
周りの配下たちも、腰を抜かして倒れている。
俺様に精々できるのは、大声を上げることだけだった。
「た、助けてくれぇッ!」
けど、こんなことを叫んだところで無意味だった。
ヒュドラの九つの頭のうち、六つの頭が俺様たちに襲い掛かってくる。
「う、うわぁあああああああああ」
恐怖に目を閉じる。
だが、いつまで経っても痛みは感じない。
もう俺様は死んだのだろうか?
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。
俺様たちの前に立つ一人の男。
そしてヒュドラの六つの頭が、なぜか胴体から離れ地面に落ちていた。
「お、お前は――」
そこにいたのはアートアルドだった。
こいつが何らかの手段でヒュドラの首を落としたのだろうか?
でも信じられない。初級魔術すら使えないこいつがどうやって……
「グルゥァアアアアアアアアアアア」
思考が遮られる。
ヒュドラが残った頭で雄たけびを上げた瞬間、信じられないことがおきた。
斬られたはずの頭が再生したのだ。
それも、一つの胴から二つの頭が生える。
――6×2+3、すなわち15個の頭がそこにはあった。
少しだけ沸いた希望が瞬時に消える。
「無理だ、勝てる訳ねえ! 俺様でも敵わねぇんだ! さっさと逃げろよ!」
咄嗟に出た俺様の言葉は、アートアルドには届いていないようだった。
「なるほど、これだけの再生能力があるのか……なら」
何かを呟いた後、アートアルドは何らかの武器を構える。
武器の持ち込みは禁止されていたはずなのに、いったい何を――
「――木の、枝?」
気のせいだろうか。
いや気のせいではない。
間違いなくそれは木の枝だった。
そんな棒切れで一体何ができるというのだ?
そんな疑問が浮かぶが、次の瞬間、俺様はさらなる衝撃を受けることになる。
「グラディウス・アーツ流、五の型――瞬雷」
「なっ!」
アートアルドの姿が消えたかと思った次の瞬間、再びヒュドラの頭が落ちる。
今度は15個同時に。まさか、あの木の枝で斬ったとでもいうのか?
だが、これではまた再生する――
「まだだ」
アートアルドの追撃は続く。
首を落としたにも関わらず彼は木の枝を振るい続ける。
その最中、シュッという音が響いたかと思えば、ヒュドラの付近の草木が発火した。
「なっ!」
アイツは火魔術が使えないはずでは!?
俺様の疑問を掻き消すかの如く、火花は燃え上がり巨大な火炎を起こす。
その火炎はヒュドラの切り落とされた断面を焼き、やがて体全体を燃やし尽くした。
「こんくらいで平気か――神威」
次の瞬間、暴風が吹いたかと思えば火炎は消える。
残されたのはヒュドラの燃えカスだけだった。
アートアルドの手にある木の枝も燃え尽きていた。
「摩擦による発火と、ただ無理やり起こした暴風だが……」
その光景を眺めながら、アートアルドは小さく呟いた。
「これはもう、火魔術と風魔術を習得したということでいいのでは?」
何を言っているのかはよく分からなかった。
ただ、俺様はもうこの者に対して頭が上がらないということだけは理解できた。