17 アートアルド家 家族会議 1
「アートアルド家ご当主様がご到着いたしました」
北門に設置されている待合室で父の到着を待っていた俺とティナに対し、門番がそう伝えてくれる。
すぐに立ち上がり移動すると、少し遅れて馬車がやってくる。
止まった馬車から、貴族として相応しい豪華な服に身を包んだ男性が出てくる。
レーニス・アートアルド。アートアルド家の当主にして、俺たちの実の父だ。
「お待ちしておりました、お父様」
「お久しぶりです、父上」
ティナの挨拶に添えるようにして、一言告げる。
レーニスはこくりと頷いた後、静かに応える。
「ああ、そうだな」
あまり心のうちが読めない返答だった。
そんな疑問を抱く俺の前で、レーニスは続ける。
「さっそく二人の近況を聞きたいところだが、この場でという訳にはいくまい」
「それでは、ゆっくりお話できる場所にご案内いたしますわ」
ティナの案内に従って俺たち三人と、レーニスについてきたであろう見覚えのある使用人たちで移動することになった。
第一学園には来客用の応接室、サロンが備わっている。
事前に申請を出していたため問題なく使用できる。
もっとも紅茶などを出してくれる者はいないため、自分たちで賄う必要がある。
今回は使用人の方々が用意してくれた。
紅茶と菓子が置かれた後、使用人はサロンから出て、三人のみが残される。
名目上、招待側である俺とティナが紅茶を一口飲み、それを見たレーニスもカップに口をつける。
用意したのはレーニスの使用人なのに不思議な感じだ。
「ではさっそくだが、直近の事柄についていくつか聞かせてもらおうか。特にルーク、お前が第一学園に転入することになった経緯について聞きたい」
「……分かりまし」「了解いたしました!」
了承しようとした俺の横で、なぜか元気よくティナが頷いた。
気のせいでなければレーニスがため息を吐いた気がする。
何故だろう? よくわからない。
ただ、楽なので任せることにする。
ティナから語られたのは、多少の誇張表現はあれど、ほとんど事実通りだった。
進級試験でAランク依頼を受け、特殊個体のロックドラゴンを討伐したこと。
さらには犯罪者パーティを捕え、転入試験ではAランクパーティを一蹴したところまで。
途中、どこから話を聞いてきたんだろうと疑問に思うところもあったが、まあティナだからと納得できた。
一通り聞いたレーニスは、手でティナの話を制す。
「おおよそは理解した。感謝する、ティナ」
「しかしお父様、お兄様の活躍を全て伝えるにはあと小一時間ばかりお話しする必要が――」
「座りなさい、頼むから」
「……かしこまりました。ではまた別の機会でということですね」
「問題ないから大丈夫だ」
……なんだろう、この光景は。
暴走するティナと、それを必死に宥めるレーニス。
なんだかまるで、ただの親子の日常的な喧噪のように見える。
今まで俺がレーニスに抱いていた印象とは180度異なる姿だ。言葉も少しおかしいし。
もしかして俺は何か勘違いしていたのだろうか?
「ルーク」
そんな疑問を抱いている俺に対し、レーニスは名を呼んでくる。
「経緯はどうあれ、第一学園に入ることができたのはアートアルド家の長男として誇らしいことだ。よくやった」
「……父上」
こんな風に褒められたのは、いつ以来だっただろうか。
自分でも驚くことに、俺は嬉しいらしい。
胸が温かく感じるのがその証拠だ。
しかし、どうして急に俺を認めてくれたのだろう。
その理由を訊いてみたくなる。
「父上が私を認めてくださるのは、第一学園に入ることができるだけの実力が私にあることが分かったからでしょうか?」
ずいぶんと捻くれた質問になってしまった。
しかしレーニスは首を横に振る。
「いや、私はただ第一学園に入るという事実を称賛しただけだ。ルークの実力自体は、とうの昔に認めている」
「なっ……」
これまでで一番の衝撃だった。
信じられない。納得いかない記憶が幾つもある。
俺がレーニスから期待の言葉をかけられたことなどなかったはずだ。
「魔術を使えない私をいつから認めてくれていたのですか?」
「三年前、お前がキングブラッドウルフからティナを救った日からだ」
「……あの時の」
それはティナが俺を慕うようになってくれた時のことだ。
何でも、俺が突然卓越した動きでキングブラッドウルフを倒したとティナは告げていた。
実を言うと俺にはその瞬間の記憶がなかった。
ティナを守ろうとし決意した次の瞬間にはベッドの上にいたからだ。
異世界に召喚されてからその理由を知ることになるのだが、それはまた別の話。
何も知らない当時の俺はティナが必死に主張する俺の活躍を、到底信じることはできなかった。
けれど――
「確かに以前の私はルークを優秀な魔術師としては認めていなかった。魔術を使用できないだけならばまだしも、魔力を外部に放出することすらできなければ、魔道具を使用することもできぬからな。しかしティナの話を聞いて認識を変えた。ルーク、お前は普通とは違う才能に恵まれているのだと。形はどうあれ、息子の才能を認めない親などいるものか」
「……父上」
――レーニスはそれでも俺を信じてくれていたらしい。
どれだけ感謝しても尽きない思いが溢れてくる。
同時に、幾つもの不可解な点がある。
それは俺がレーニスから認められていると気付けなかった理由とも一致する。
確かその日を境に、レーニスから俺に対する態度が硬化していたはずだ。
褒められたこともなかった。
その理由を聞かなくては。
「……ぐすっ。よかったですね、お兄様」
質問する直前、親子の感動の仲直りの光景に涙ぐむティナの姿が視界に入った。
ああ、なんて心優しい妹なのだろうか。
俺は感動した。
泣ける。