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勇者


33


思わず…………佐藤を抱きしめてしまった。


どうしたらいいか……わからない…………。


周りの連中が、まるで大好物の餌のように……美味しそうな物を見る目で俺達二人を見ていた。


ハイエナか?!お前らはハイエナなのか!?


「みんな、こんな所で何してるの~?開始するって放送してもらっちゃったよ~?」

そこへババアがやって来て、ハイエナ化した。

「うるせ~!今行く!」


ようやく周りに気がついた佐藤は慌てて俺から離れた。

「あ、急いで顔洗って来ます!」

そう言って佐藤は走って去って行った。


佐藤がいなくなると、ババアが訊いてきた。

「え?何?何でこうなったの?」

「いや、それはその…………これは不可抗力!佐藤が教室から飛び出して来て、受け止めただけだから。今は……そうゆうノリだから!学祭だから!学祭特有のノリだよ!」

俺は必死で言い訳した。


だから嫌だったんだよ!親と同じ高校なんて!!親じゃなきゃ言い訳なんかしないし、誰もいなければ、いい感じの雰囲気になってたかもしれないのに!!


人生甘くねーな……。そういえば、梨理が意味不明な事言ってたな。神様は糖尿病だって。それ、なんか今ならわかる。


「隼人~!あ、廉だ!廉がいる!廉~!」

中庭に戻ると、隼人のお母さんと妹が来ていた。観客席からこっちに手を振っていた。


佐藤が墨の染み込んだ筆を手にすると、いよいよ書道パフォーマンスの本番が始まった。


音楽を流すと、ちらほらとさらに観客が集まって来た。書道に似合わないポップなラブソングがかかった。そのギャップがいいんだと稲葉と梨理に説明されたけど、俺にはよくわからない。


中庭からふと2階を見上げると、2階の渡り廊下のど真ん中に、里梨先生がいた。里梨先生がこっちに手を降っていた。


今度は隼人の方を見ると…………墨のバケツを持って、緊張していた。


え?もしかして、隼人お前、まさか砕けるつもり!?


そんな事を考えていたら、『大』の文字を書き終えた佐藤から、大きな筆を受け取った。俺が『好』の文字を書けば、また交代だ。筆の受け渡しも、文字を書くのも、割りとスムーズにできた。


練習どうり、なんとか『大好き』の文字を書き上げた。


が、しかし……。


ババアがやってくれた。携帯で写真を撮っていたババアと、バケツを持っていた隼人がぶつかって、隼人がバケツをひっくり返してしまった。その墨が……なんと、ババアにかかった。見事にかかって…………全身真っ黒だ。


そして、さらにババアが何もない所でつまづいて、紙の上に倒れた。


え…………それは…………


ババアよりによって、そこに人拓はダメだ!!

そこはまずい!そこに点はつけたらダメだ!!大の文字に点がつけば、意味が違って来る!!


観客が、口々に言った。


「犬好き?」

「犬好き……。」

「犬好き?」

完璧に『大好き』が『犬好き』になってる!!


すると、2階の渡り廊下の窓から、里梨先生が叫んだ。

「私も!私も犬、好きだよ~!」

里梨先生…………!?


その場にいる誰もが思った。


それ…………違うと思う!!


佐藤が慌てて、犬の点にバツをつけたけど…………それでも、犬好きに読める。


すると、とっさに隼人がゴルゴてるてる坊主を大の字のバツ印の上に置いた。そのてるてる坊主の顔を見て、観客が口々に言った。

「ゴルゴ13」

「ゴルゴ……。」

「ゴルゴ?」

点を隠す物がオカシイだろ!!


もっとベストな物ないか?あったんじゃないのか………?


隼人は2階に向かって大きな声で言った。

「里梨先生!バツ無しでお願いします!!」

「あははははは!ありがとー!!」

あれは全然伝わってないな……。


それでも、思わぬ所に伝わった。

「大森?里梨先生に告るとか、あいつ勇気あるな~!」

誰かがそう言うのが聞こえた。


「お兄ちゃん、勇気ある?」

「え……?」

「お兄ちゃん、勇者?勇者お兄ちゃん?」

隼人の妹に話しかけられていた隣の男子生徒が困っていた。


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