学祭当日
32
どうしよう……涙が止まらない。
涙が止まらなきゃここから出られない。
「おーい!佐藤!?」
「佐藤さん、どうしたの?」
みんなが活動教室の戸を叩いた。
やっぱり……無理だよ…………。
学園祭当日。明け方まで降っていた雨で、中庭のタイルは濡れていた。天気は曇りで、かろうじて雨は降っていなかった。
私達は朝一番から、中庭のタイルの水を取り除く作業に追われた。
「これで、雨さえ降らなきゃなんとかできそうだね~!」
大西先生が両手にバケツを抱えて言った。
「そろそろブルーシート敷こうか~!」
ブルーシートを敷き、紙も敷かれた。あとは…………筆と墨。音楽がかかればスタートできる状態になった。
ススタート直前、私は田辺君に想いを伝えるべく、サッカー部模擬店に行った。忙しそうにたこ焼きを焼いている人に話しかけてみた。
「あの、田辺君は?」
「田辺は実行委員だから、本部!」
そう聞いて、すぐに本部のある校門へ行った。
「田辺君なら、休憩がてらクラスの方に行くって言ってたよ?」
この調子じゃ、スタートの時間までに田辺君を見つけられるか心配になってきた……。
それでも…………奇跡が起きた。
偶然、中庭に出る途中、下駄箱に近い休憩スペースで友達と話をしている田辺君を見つけた。その話を思わず立ち聞きしてしまった。
「お前、あちこちに種蒔きすぎ。刈り取れなくなるぞ?」
「僕は別にそうは思ってないよ。女子が勝手に勘違いするんだよ。奇跡だとか運命だとか……。」
思わず、柱の後ろに隠れた。
「でも…………多少はそう思わせてる所はあるかな?」
「やっぱり意図的じゃん!お前は魔性だな!」
「奇跡は起こるものじゃないよ。作り出して、起こすものだよ。」
じゃあ、あれも…………奇跡じゃないの?意図的?
それから私は、活動教室の戸口の鍵をかけて、ひきこもった。
今は……誰にも会いたくない。
何だか、今度もやっぱり…………自分の選択ミスを嘆いた。自分のバカさ加減に落ち込んだ。
だから嫌だった……。何もかも、もう嫌……!!
しばらくすると、私を呼ぶみんなの声が聞こえて来た。
「おーい!佐藤!」
「佐藤さん、どうしたの?」
私がここにいることに気がついて、みんなが戸を叩いた。
「やっぱり…………やれない。」
「どうして?」
「失敗……する……。」
こんな気持ちじゃやれない。
今はどんな顔して筆を持てばいいかわからない。どんな気持ちで、『大好き』だなんて…………
「失敗する?だから逃げて隠れてればいいのか?」
大西君は大きな声で、怒鳴りつけてきた。
「お前、それはずるいだろ!ノーリスクハイリターンなんて、世の中そんなに甘くねーんだよ!!ふざけんな!頑張ったとしても報われない事だってある!そりゃ、もしかしたら、ハイリスクノーリターンかもしれない!それでもやるんだよ!」
大西君は、引き戸を壊すんじゃないかという勢いで叩いた。
「そうじゃなきゃ、今はただ…………確実に、ノーリスクノーリターンだ!!」
「大西、落ち着け。とりあえず、落ち着こう!」
沙紀と大森君が、大西君をなだめていた。すると、水野さんがノートに文字を書いて大西君に見せた。
え……ちょっと、そのカンペ…………普通にここから見えてるんだけど……。
「え?これ読むのか?」
大西君はものすごい棒読みで、そのカンペを読んだ。
「ミス選択ミスって呼ばれない為にも、ちゃんと成功させようよ。」
水野さんは慌てて新しくカンペを書き直した。
「廉、あんたはどうしてそんなに棒読みなの?あ、これは声に出して読まなくていい?」
「廉~!!お前はバカか?ポンコツか!?」
私だって、ミス選択ミスって呼ばれるのが平気な訳じゃない。でも…………
「でも、私……また間違った。選択ミス……。」
作られた安っぽい偶然を、奇跡だなんて言って……よく知りもしない人を好きになって、勝手にがっかりして…………
「あーもう!めんどくさい!!早くここ開けろ!!間違ったっていいんだよ!何度間違えても、何度でも立ち上がるのが、佐藤のいい所じゃねーのか?」
それ…………そのセリフ……そんなセリフ、カンペにあった?それって…………大西君の本心?
大西君に好きと言われた事はない。けど、なんだか…………不思議。好きの一言より嬉しい。
その一言に勇気づけられると、いつの間にか、涙は止まっていた。
だから嫌だった……。
きっとまたそう思う。何度でもそう思う。
それでも、一歩踏み出す方がいい。一歩踏み出せば、そこには…………きっと、大西君や、みんながいてくれる。




